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19.賭けを、しませんか


 瀧を見つめ、怪しく笑いかけるツァーカム。


「さぁ、どうされますか?」

「右京、瀧様」


 しかし、依然として瀧は何も語ることはなく。

 撫でるような声で囁かれては、顔色を悪くしたまま唇を震わせ、舞台上で謳うツァーカムの姿を見まいと、ずっと目を逸らし続けていた。


「どういうこと……?」

「タキ……さ、ん」


 そんな両者のやり取りに、傍で窺っていたレフィは眉をひそめ、また、メルクーリオは変わらず心配そうな表情を浮かべていると。


「…………ふむ」


 暫くして。


「仕方がありませんね」


 口を堅く閉ざし、返事をしようとしない瀧に対し、ツァーカムは顎の下に手を添えては思案顔になり。


「彼は、何も話さない」

「これ以上待ってしまっても」

「物事は前には進みません」


 ゆっくりと、舞台上を歩き始める。


「一度この話は置くことにしましょう」

「そうですね。プリマドンナ」

「では、次の話を」

「そうしましょう。そうしましょう」


 会話を交える化け物が向かった先は、先程息絶えた、エルフ国兵の亡骸がある場所へ。


「では」


 そして、その亡骸の前に立ち、客席を見ては。


「彼の身に何が起きたのか」


 両腕を大きく広げ、謳い直す。


「彼は、役者を傷つけました」

「恐ろしく狂暴な、その刃で」

「役者の胴を、貫きました」


 数えきれないほどの人形に埋め尽くされ、なお静まり返った劇場に響く、二種の声。


 ツァーカムはその場でくるりと周り始めると。


「役者は大事な存在です」


 後ろで転がる亡骸を見つめてはしゃがみ。


「彼は、報いを受けたのです」


 大きく穴が空いた胴体に触れ、あちこちを。


「ほら、このように」


 丁寧に。


「「胴に大きく穴を空けて」」


 そっと、撫でていく。


 その手を離せば身に着けた純白の手袋には、血がベットリと付き。

 ツァーカムはそれをじっとり眺めると、恍惚な表情を浮かべる。


 すると。


「……まさか」


 何かに気づいたか、ツァーカムの話を聞いていたレフィの。


「いや、そんな……。もしも、そうなら」


 顔色が、みるみるうちに青ざめていく。


「彼は役者と同じ運命をたどりました」

「胴を貫き、胴を貫かれて」

「ほら。段々と解ってきたのでは?」


 亡骸を見つめていたツァーカムは、自らの言葉への反応を確かめるよう顔を傾け、横目で客席をちらっと覗くも。


「何をさっきからベラベラとっ!」


 身構えるエルフ国兵達にはツァーカムの言う事がピンとこず。


「貴様……! だからどんな手を使ってっ!」


 むしろ、そのまだるっこい言い回しにイライラし、痺れを切らしていた。


「あぁ、そうですか。そうですか」


 そんな彼らの反応に、ツァーカムはどこか寂しそうな顔をすると。


「それでは、顛末を告げましょう」


 亡骸から離れ、軽快に発声する。


「ここに来られる前。一度、御客様方は我がアトレに襲われました」


「ですが、それは見事に倒されて。皆様全員、難を逃れました」


「知っています。えぇ、気付いています」


「とても、強力な浄化魔法でした」


 ツァーカムが話すは瀧達が建物内へと避難する前に起きたこと。


「その時どなたも劇場にはいなかった」


「だから、何も起きなかった」


「アトレが倒された後も」


「誰も傷付かず、命を落とさず」


 メルクーリオが放った技により多くの人形が消滅させられたが、その時は誰も。メルクーリオ本人でさえ、槍で人形を貫き倒したエルフ国兵が死んでしまったようなことは起きなかった。


「ですが、この建物の中において」

「アトレを倒した者は」


 だが、次の瞬間。


「例外なく」


 ツァーカムの口からは。


「「命を、落とします」」


「「「「「――っ!?」」」」」


 衝撃的な言葉が、告げられる。


「ど、どういうことだっ!」


 その言葉を聴いた瞬間、酷く困惑する一同。


「うそ……そんな、の……。勝ち目なんか、あるわけ……」


 先ほどから顔が青ざめていたレフィも、その言葉を聴くや目を見開き、口元を両手で覆い恐怖で身体を震わせた。


「これは我が主、魔族オーキュノス様から頂いた素晴らしき力っ!」


「この建物内では、アトレを傷つけた者は漏れなくその身も傷付けますっ!」


「腕を切ったらその腕を失い、脚を失えば同じくその脚が切られっ!」


 喜び、大らかに化け物が謳う。


「そ、それってつまり……」


「こいつらに少しでも傷を負わせたら」


「俺達も同じようになるってことなのかっ!?」


 ようやくツァーカムの言っていることを理解したエルフ国兵達。


「そんな……こ、と。あって……いいわ、け……」


 反撃すれば、死んでしまう。


「メル様っ! 私が転移魔法を発動させますから、いますぐここをっ!」


 そんな、あまりにも理不尽な能力に。

 対抗できる手段があるわけがなく。


「外へは逃がしませんよ?」


「――っ!」


 絶望が、彼らの身を包み込む。


「さぁ我がアトレ達っ! 劇の続きを行ってっ!」


 ツァーカムの手を叩く音を合図に、人形たちが宙を浮き、全ての出入り口を塞ぐと。


「残虐に、無慈悲に」


 次には鋭い牙と長い爪を生やし。


「もてなして差し上げなさい」


 彼らに向かって。


「や……やめろ」


 襲い掛かる。


「やめろぉぉぉぉぉっ!!!」


「「「「「キャハハハハハハッ!」」」」」


 劇場内を駆け巡る悲鳴と絶叫。


「くるなっ! くるなぁっ!」


「た、助けてくれぇ!!」


 持っている武器など意味がない。

 抵抗したところで、負わせた傷は全て己へと帰ってくる。


「た、頼むっ! 外に出してくれぇっ!!」


 襲い掛かる人形たちの間を掻い潜り、出入口へと走り抜けようとした所で。


「ぎゃあああああっ!」


 背後から切り付けられ、転んだところを捕えられる。


「し、しまっ!?」


 迫る人形に反射的に反応してしまった兵士は。


「ピギャッ!?」


 咄嗟に構えてしまった武器に人形の腕が当たった瞬間。


「ぐあぁぁっ! 腕が、腕がぁっ!!」


 吹き飛ぶ人形の腕と同じくして、舞い散る真っ赤な鮮血と共に自らの腕を失ってしまう。


「嫌だぁぁ!」


「誰かっ、誰かぁっ!!」


 暴虐な人形たちに、次々と兵士達がやられていく。


「いやっ! 止めてっ!」


 劇場後方で身を隠していたメルクーリオ達にも、人形たちが襲い掛かる。


「くそっ! こっちに来るなっ!」


 瀧の身体に纏わりつこうとする人形たち。

 それらを振り払おうと、瀧は目いっぱいに腕と脚を振り回すが。


「ぐっ!?」


 思わず人形を叩き落とした瞬間。

 装着しているエレマ体に大きな衝撃が与えられ、そこから緑色の粒子が飛び散ると同時に、その耐久値を削っていく。


「--っ! タキ、さ……ん!」


 その時、瀧が人形たちから襲われているのを見たメルクーリオが、起き上がり急いで瀧の下へと向かおうとするも。


「――っ!? メル様いけませんっ!!」


 すぐにレフィがメルクーリオへと飛び掛かり、再び地面に伏せさせる。


「「ふふ……あはははははっ!」」


 右へ走れど左へ走れど。

 外へと出られる希望はなく。


 迫り来る人形たちに為す術もなく。

 蹂躙され、断末魔の叫び声が上がりゆく。


「「あぁ素晴らしき光景かっ!」」


 そんな地獄絵図を舞台上から眺めるツァーカム。


「我が目的は、マナの実の回収」

「そこで邪魔する者がいるならば」

「殺してよいとのお告げあり」

「オーキュノス様に感謝の意をっ!」


 意気揚々、声高々に歓声を上げ。


「さぁ、もっと! もっとぉっ!!」


 目を輝かせ、踊り、謳い、人形たちを使役し続けた。


 が。


「「ですが」」


 次の瞬間。


 何を思ったのか、ツァーカムは。


「「これでは何も、面白くはない」」


 二度、軽く手を叩くと。


「” תפסיק(ダフシィーク) ” -止まれ-」


 襲わせていた人形たちの動きを、一斉に止めさせたのだ。


「はぁ……はぁ……。な、なに……?」


 突然人形たちの動きが止まったことに動揺する一同。


「一体、何を……」


 舞台上で身動き一つ取らないツァーカムを見ては、強い違和感を覚える。


「オーキュノス様には感謝します」

「このような、素晴らしき力を授けてくださったこと」

「心から、喜び申し上げます」


 再び皆の視線が集まる中。


「我は求めます」

「心の奥底から踊るような、激しい感動を」

「このような一方的な、蹂躙も」

「爽快感は、堪りません」


 先ほどと打って変わり、淡々と。


「ですが、ここはあくまで劇場です」

「生きた証を見せて欲しい」

「抗い、乗り越え、その先へ」

「激動の物語を、作って欲しい」


 天井一つを見上げては。


「皆殺しにせよと、命ぜられました」

「申し訳ございません。オーキュノス様」

「たとえ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「我が信念だけは、曲げられませぬ」

 

 抑揚のない声で語らい続ける。


 二つの顔は、どこか哀しく憂う表情を見せ。


「賭けを、しましょう」


 そして、次に呼び出したのは。


「右京、瀧様」


「――っ!」


 またしても、瀧のことだった。


「先ほど記憶を覗きました」

「貴方には不思議な力が宿っている」

「それは、もしや我が心が求めるものやもしれない」


 心当たりなど、彼のどこにも存在しない。


「(こいつらは、さっきから何を……)」


 ツァーカムの言葉に、瀧は心を揺さぶられていく。


「いま劇場内に流れている、この不思議な音楽」

「これが一体どういう音楽なのかは、私には分かりません」

「ですが、これだけは分かります」

「貴方の記憶を覗いたのですから」


 すると、ツァーカムは懐に手を忍ばせれば。


「貴方は楽器が弾けますね?」

「そして、この音楽についても知っている」

「この曲には」


 そこから取り出したものは。


「続きが、ありますね?」


 一本の、細長い棒。


「(あれは……)」


 それは、瀧にとってはよく知った物だった。


「” להופיע(レゴフィーア) ” - 現れよ -」


 その棒を、ツァーカムが一振りすれば。


「っ!?」


 舞台上に現れたのは。


「(まさか……)」


 一台の、グランドピアノだった。


「その続きを、御聴かせください」

「貴方が奏でるその音で」

「我が心をば、奪い去ってください」


 瀧に対し、深々とお辞儀をするツァーカム。


「(なぜ……こんなこと、を)」


 だが、突然敵が演奏をしろなど要求してくるとは微塵も思ってなく。

 目的がなんなのか、その存在、思考全てが瀧にとってはもう理解不能でしかなかった。


「何が……目的、だ」


 思わず瀧が、口を開く。


「あぁ、ようやく彼が口を聞いてくれました」

「嬉しいです、喜ばしいです」

「難しい理由はありません」

「ワタシはただ、心打たれたいだけ」


 瀧の返答に、少しだけ口角を上がるツァーカム。


「もし、我が欲望を満たしてくれれば」

「ここにいる御客様全てを」

「見逃して、差し上げましょう」


 彼に、その対価を示す。

 

「嘘はついてはおりません」

「ここまでの言葉、全て真実です」

「救われるか、救われないかは、貴方次第」


 そして、挑戦的に見つめるその二つの眼は。


「さぁ」


 どこか、見透かすように。


「どうされますか」


 いたずらに、彼の心を試すのです。


ここまで読んでくださりありがとうございます。

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