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12.全ての訪れた者に、賛美と祝福を


三人称視点



 最小限の灯りで照らされる、基地内でも特段に大きな部屋。

 数多くの精密機器に埋め尽くされ、さらにはその中央。分厚いアクリルパネルに覆われた円形の大型装置が、ゴウゴウと、野太いモーター音を鳴らしセットアップに勤める。


 地面には無数の線が彫られては、淡い緑色の光がその線に沿い、規則性を伴って流れては消え、また再び流れてを繰り返す。


「…………ふぅーーーー」


 今まさに起動準備が進められる転送装置の上。そこには専用エレマ体を装着した天下烈志が、どこかを振り向くわけでもなく、ただじっと。異世界アレットへと繋がるワームホールだけを見つめ、深呼吸をして静かに転送の瞬間を待ち続けていた。


「おいっ! 天下っ!!」


 扉が激しく開く音。

 その時、制御室からここまで大慌てで走ってきた井後が怒鳴り声をあげ、息を荒げながら転送装置所へと入ると、そのまま転送装置へと向かう。


「今すぐそこから離れろっ!! どういうつもりでいるんだっ!!!」


 頭に太い血管が浮き出るほど怒り、般若の形相で烈志の下へと迫る井後。

 だが、井後の言葉に烈志は動揺する様子もなく、静かに、ゆっくりと井後のほうを向く。


「総隊長……すみません」


 開口一番、烈志から出た言葉は、謝罪の一言。

 井後に見せる表情には何かを悪巧む様子は覗えず、むしろ真剣に、何かを決心したような、そんな顔をしていた。


「あれだけの失態を犯しておきながら、まだ規定違反を重ねるというのかっ!!」


 既に転送装置は作動し、外から侵入することは出来ず。井後は目の前のアクリルパネルを叩きながら、再三にわたり烈志に転送するのを止めるよう言う。


「隊長……」


 そんな烈志が、次に井後に向けて放った言葉。それは。


「いま、フィヨーツにいるみんな、ヤバいんですよね」


「っ!」


 彼が知るはずもない、フィヨーツでの魔族襲来について。


「お、お前……なんでそのことを」


 このことを烈志が知っている。それは、井後にとっては到底あり得ないこと。


「どこでそれを聞いたっ!!」


 この話は制御室にいた者のみしか知られていない。これまでずっと謹慎を受け、自室にいたはずの烈志がその件を口にするなど、もってのほか。


「天下、今すぐそこから離れろ…………俺の話に答えるんだっ!!」


 転送装置へと集約される光が、徐々に眩さを放ち始める。


「-位相確認。座標特定完了。まもなく、異世界アレット、フィヨーツへの転送を行います-」


 転送を知らせるアナウンス音が、井後の叫び声をかき消していく。


「隊長……」


 そして、光が転送装置所を真っ白に染め、埋め尽くさんとした時。


「必ず、みんなを連れて帰ります」


 烈志は、叫ぶ井後の下へと近づき、その目の前で頭を深々と下げる。


「おいっ、天下っ! あましたっ!!」


 そして。


「…………天下」


 眩い光が消え去った時、そこにはもう、烈志の姿はどこにも見当たらなかったのだった。


* * *


「はぁ……はぁ……」


 生命の樹内部、別空間。


「ここは一体、どこなんだ……私は、どこに飛ばされたというのだ…………」


 瀧と同じくして、また一人。

 変わり果てた空間の中、そこでは出口を探して彷徨う者が。


「通信はもはや機能すらしてない……。他の皆とも繋がらない。これまでに集めた位置情報も、構造図も。何一つとして一致しないなんて……」


 焦る表情。目の前の青パネルを何度も操作し続け、なんとか打開策はないかと足掻くも、未知の空間に光明など見出せず。



 そこは、-創造の間-だった場所。



 変化が起こる前。そこには多くの草木や花々が茂り、蜜を求めては蝶が舞い、木の実を求めては鳥が羽ばたいていた場所。木漏れ日に溢れ、優しく暖かく。悠久の風が訪れる者全てを歓迎するかのよう、絶えず静かに心地よく流れていた。


 だが今、左雲彩楓を囲う景色にそのようなものはどこにもなく。


 草木は枯果てボロボロに。地面は朽ちた花々の色に染まっては、足元に視線をやると、そこには大量の蝶と鳥の死骸で埋め尽くされていた。


 更には。


「この、壁になったり離れたりする物体は何なのだ……。さっきからずっと……気味が悪い」


 彼女が異様に気にしたもの。それは、地面以外の、空間の五つの面を模る灰色の壁。


 その壁面。無数の球体が埋め込まれては、それぞれの球体に集約されるよう赤色の筋がびっしりと張り巡らされ、よく観察すれば奇妙にも、それらは微かに動き、隆起と収縮を小刻みに繰り返していた。


「まるで生き物みたいな…………」


 自分を見張っていたエルフ国兵もいない。物音も何一つしない。

 たった一人。自分しかいない空間で、周りの不気味さも相まってか、彩楓は少し恐怖を感じ、背筋を凍らせる。

「頼むから、誰か応答してくれないか……」


 なるべく周りの景色を見ないよう、一向に応じる気配のしない通信画面とのにらめっこを繰り返す彩楓。


「他の皆は、無事なのだろうか……」


 彼女もまた、出口を探し広大な空間の中を延々と歩き続ける。


* * *


「(なんで……この建物が。こんなところで……)」


 穢れた空間に突如として出現した一つの入り口。

 聴き慣れた曲、かつて訪れたことのある建物が、ここ。異世界アレット、生命の樹内で現れたことに、茫然と立ち尽くす瀧。


 決して、目の前に建つ物を受け入れることが出来ず。


「夢だ……。これは、夢なんだ…………」


 魂が抜けた顔でブツブツと、何度も眼を瞑っては開けと、現実からの逃避を繰り返していた。


「タキ……さ、ん」


 そんな瀧の様子を見て心配するのはメルクーリオ。


 瀧の擬技によって一時的とはいえ動きを止めた瘴気から辛くも逃れた彼女は、レフィによって建物の傍へと座らされると、顔色を悪くする瀧を、じっと見つめる。


「なんですか、この建物……」


 薄暗い場所に忽然と姿を見せた、ガラス張りの建造物。

 その違和感に、主人を降ろしたレフィが重く疲れた脚をひきずりながら、堪らず訝しげに建物の全体像を見渡す。


「この先に、出口があるのか……?」

「なにやら物が沢山置かれて……」

「椅子に、あれは……文机(ふづくえ)か?」

「こんな建物、今まで見たことがない……」

 

 集まっていたエルフ国兵たちも、初めて見る建物を前に騒めいては、誰も中へ入ろうとはせず、ガラスの表面に顔を近づけ、建物の奥がどうなっているかと覗き込んでいた。


 その時。


「フフフ…………」


 どこからか。


「フフフフフ…………」


 再び不気味な笑い声が木霊する。


「アハハハハハハハハハッ」


 その声は、建物に寄りかかる彼らの後ろから。


「っ! まさかっ!」


「「「アハハハハハハハハハッ」」」


 彼らが振り返った先。そこには大量の西洋人形たちが建物目がけ物凄い速さで迫ってきていたのだった。


「うわぁぁぁぁ!」

「またあいつらだっ!」

「急いで建物の中へ入れぇっ!!」


 阿鼻叫喚。

 迫る西洋人形たちの姿を見たエルフ国兵達は、入口扉を開くと一斉に建物の中へと入っていく。


「そんなっ!」


 メルクーリオの隣で休んでいたレフィもすぐさま起き上がると、メルクーリオを抱えてエルフ国兵たちに続き、急いで建物の中へと避難する。


「急いで椅子とテーブルを入口前にっ! 奴らが入ってこないよう積み上げるんだっ!!」


 先に中へと入っていったエルフ国兵達は、人形たちが侵入してこないよう、建物の中にあった椅子とテーブルを扉の前に積み上げ、辺りに張られるガラス窓の前にも、あるだけの物を置いていく。


「メル様っ、さぁ中に……。っ! ちょっと、貴方っ!」


 築かれるバリケードの隙間を潜り、建物の中へと避難するレフィだが、入り際、迫る西洋人形たちの様子を見ようと後ろを振り返ると。


「俺は入らんぞ……こんな、馬鹿げた所……早く…………」


 そこには、大量の人形が後ろから来ていることに気付いていない瀧が、未だ入口の前でうわ言を喋っては動こうともしていなかった。


「何しているのですかっ!? 早く中に入ってくださいっ!」


 そんな瀧を見て叫ぶレフィ。だが、それでも瀧は動く気配を見せず。


「…………もうっ!」


 すると、痺れを切らしたレフィは、メルクーリオをなるべく入口から遠ざかる場所へ座らせると、そのまま外へ向かって走り出し。


「っ! お、おいっ! お前、なにを」

「何やっているんですかっ!? 後ろから奴らが来ているのですよっ!?」

「や、やめろっ! 俺はこんな建物、入りたくはっ!」


 外へ出ては瀧の腕を掴み、強引に引っ張って建物の中へと連れ込む。



 そして。



「はぁ……はぁ……」


 間一髪、目前まで来ていた西洋人形たちを振り切り、レフィは瀧を建物の中へと避難させたのだった。


「お前っ! なんで余計なことを」

「なんでじゃありませんっ! 人が危ないと言っているのに! 貴方はな……ぜ…………」


 建物に入って早々、レフィに向かって文句を言いつける瀧。

 そんな瀧に対し憤慨するレフィが、怒鳴りつけようと顔を上げるが。


「……? 急に黙ってどうし……。っ!」


 急に顔を青ざめるレフィを見て変だと思った瀧も、レフィが見つめる先が気になり思わず振り返ると。


 そこには。


「…………なんて、悍ましい……」


 建物の入り口正面のガラス張り窓。

 そこには、先程まで瀧達を追っていた夥しい数の人形たちがびっちりと、声を出さず、狂気的な笑みを浮かべては、顔をガラス窓に張りつき中の様子をじっと見つめていたのだった。


「絶対に中へ侵入させるなっ!」


 人形たちが建物の中に入ってこないよう、懸命に築いたバリケードを抑えるエルフ国兵たち。


 だが。


「…………? こいつら、中に入ってこない……?」


 人形たちはバリケードを壊したり、窓を破壊したりするようなことは一切せず。どれだけ時間が経っても、ガラス窓に張り付く以上の行動はしてこなかった。


 やがて。


「フフ……フフフッ」


「お、おいっ! こいつら、少しずつ離れていくぞっ!」


 瀧達の様子を窺っていた人形たちは、一体。また一体と、ガラス窓から離れていき、そのまま薄暗い空間の奥へと姿を消していき。


「…………一体も、居なくなりやがった」


 遂には、最後の一体も、他の人形たちど同様に、ゆっくりと窓際から離れ、そのまま暗闇の中へと浮遊していったのだった。


「な、なんだったんだ……」


「ここは安全なのか……?」


「と、とにかく助かったぁ……」


 危機を脱したことに、ようやく安堵の雰囲気が訪れた兵士達。みなこれまでの疲れが一気に溢れ、その場でへたり込んで深く息を吐く。


「……はぁ。嫌なものを見ましたわ…………」


 気味の悪い人形たちがいなくなったことで漸く安堵したレフィ。


「瘴気も見えないですし、一先ずここで足を休めましょう」


 今一度、周りの安全を確認してから、皆より少し遅れて地べたへと座り込む。


 そんな中。


「……やはり、そうだ」


 ただ一人、その場に立っては確かめるように辺りをじっと見る瀧。


 その中身。

 大理石で造られた地面の上には赤いカーペットが通路状に敷かれており、天井には大きなシャンデリアと、均等に設置されるシーリングライトが点けられ、それらは壁面に飾られる数々の絵画を照らし。広々としたロビーの中央には上階ホワイエへと続くよう左右対称に階段が造られ、人間の男女を模った裸彫像が、それらを支える柱となっていた。


「ここまで精巧に……幻じゃ、ないのか…………」


 まだ心の中で嘘だと願っていた瀧だったが、カーペットの繊維に絵画の質感、手すりの滑らかさに触れては、それら全て。あまりに自身の記憶との一致さに、その願いは虚しくも砕かれる。


「音も。ずっと……誰が流している…………」


 ロビーに設置されるスピーカーから絶えず流れる協奏曲に耳を澄ませば、ただひたすらに歩き、その出所を探し続ける。


 すると。


「お、おいっ! あれ!」


 その時、休んでいたエルフ国兵らのうち、一人の兵士が一点を指差しては驚いた様子で声を上げる。


「う、嘘だろ……」


 彼が指差した方向、ロビー中央から見て右隅にある両開きの扉が、


「扉が……勝手に」


 誰の手も借りず、一人でにゆっくりと、音もなく開く。


「誰か、いるのか……?」


 まるで、見えない何者かが、彼らを誘うかのように。





「何も見えないぞ……」


 恐る恐る、開く扉から奥へと入る一同。

 扉をくぐればその先は、灯り一つなく、真っ暗な空間だけが広がる。


「イタッ! ちょっと! 足を踏まないでくださいっ!」

「うるさい、俺は踏んでない」

「タキ……さん、私、は……だい、じょうぶ……です、よ」


 視界が悪い中、はぐれないようお互い身を寄せ合いながら前へと進んでいくが。


「(嫌な予感がする……)」


 初めて見た時からずっと、瀧の頭の中にあった黒い靄。


「(確か……この先は…………)」


 それは一歩ずつ進む度に濃くなり。次第に、胸の騒めきへと移りゆく。


 そして。


「……おい」


「…………? なんですか?」


「……引き返そう」


「……はい?」


 その場に立ち止まり。


「だから、引き返すと」


 元来た道へ戻ろうとした。



 その時だった。


「「「っ!」」」


 突然、大量の照明が灯される。


「な、なにっ!?」


 あまりの眩しさに、みな思わず目を瞑ったが。


「こ、ここは……」


 再び目を開けると。


「なに、この場所……こんなの、見たことない…………」


 目の前に広がっていたのは、円状に造られた大劇場だった。


「お、おいっ!」


 そして。


「あそこ、誰かいるぞっ!」


 その最前。広く取られた舞台の上には一つの影。


 そこにいたのは。


「紳士、淑女の皆様方」


 身体の右半分が道化師の男に。


「ようこそ、お越しくださいました」


 身体の左半分が、赤のドレスを纏った女の。


「「今宵は素晴らしい劇をお届けいたしましょう」」


 一体の、化け物の姿があった。

ここまで読んでくださりありがとうございます。

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