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10.天地がひっくり返っても


「走れぇぇぇっ!!」


 狭い路地を必死に走る、エルフ国兵達と瀧ら。


「皆さん急いでっ! 早くっ!!」


 大勢の駆け足に、レフィの叫び声が薄暗い空間に反響する中。


「「「フフ……アハハハハハハハハハッ!!!」」」


 その後ろからは、(おびただ)しい数の西洋人形たちが、口から長い牙をむき出しにしながら追いかけ、襲い掛かってくる。


「こいつらどこまでついてくるんだっ!?」


 地形は複雑に変形し、足場は悪く。みな、どこに逃げていいかも分からない中、微かな灯りだけを頼りに、迫りくる人形たちに捕まらないよう懸命に走り続けるも。


「「「「「アハハハハハハハハハハハハハッ!!」」」」」


 そんな彼らを嘲笑うかのよう、人形たちは更に口角を上げると、狂気じみた表情で宙を移動し続ける。


「はぁ……はぁ……! おいっ! さっきの時みたいに、お前の魔法でこいつらどうにか出来ないのかっ!?」


 逃げ惑う最中、何度か後ろを振り返っていた瀧が唐突にレフィに向かって訴えるも。


「はぁっ!? 無理ですっ!! 私の術は一度に一体までの範囲っ! あんな大勢相手にだなんてっ……! すぐに取り囲まれるだけですっ!!」


 レフィはメルクーリオの手を引っ張っては駆け抜けながら、瀧の要求は不可能だと言い返す。


「それにっ! ゴースト系の魔物には必ずそいつらを操っている術者がいるはずですっ! その者を仕留めない限り、あの人形だけを何度倒しても意味はありませんっ!!」


「じゃあどうしろと「うわぁぁっ!!」」


 その時、瀧達の背後から、一人の野太い悲鳴が。


「た、助けてくれぇぇっ!!」


 その声につられ瀧らが後ろを振り返ると、そこには逃げ遅れた一人のエルフ国兵が人形たちによって四肢を掴まれ、宙に高く浮かされていた。


「っ!? まずいっ!」


 それを見たレフィはその場で足を止めるとすぐに、エルフ国兵の身体中に群がる人形たちに向かって両手をかざし、先程放った術を再び発動させようと狙いを定めるが。


「(……ダメッ! 数が多すぎてっ! どれから倒せばいいか……!)」


 一度に仕留められるのはたったの一体だけ。大勢の人形がエルフ国兵に纏わりついているがため、どれから優先して倒せばいいのかと、レフィの中に迷いが生じる。


「う、うわぁぁぁぁっ!? やめっ……やめてくれぇぇぇっ!」


 そして、再びエルフ国兵が悲鳴を上げた時。一体の人形が、エルフ国兵が落とした武器を拾い上げると、そのまま武器の刃先を、身動きが取れないエルフ国兵の前に向けて突き立てたのだ。


「危ないっ! 逃げてっ!!」


 レフィが叫ぶも、壁際に力強く押さえつけられるエルフ国兵は手も足も出ず。


「アハハハハハハハハハッ!」


 そして、人形は笑いながらエルフ国兵に向かって持っている武器を突き刺そうとした。


 その時だった。


「”あぁ、幾多の苦しみを背負いし者よ”」


 突然、一節の言葉が空間中に響き渡る。


「”定められし命を昇らせんと。もがき、足掻いて生を全うす”」


 それは、旋律となり、幾層にも重なり。


 やがて、一つの歌となる。


「いけませんっ! メルさ」


「”されど尽きる際まで報われん。それはあまりに酷なこと”」


 詠唱を行うは、メルクーリオ。


「”差し伸べられる手もなくば、どうその苦しみ解き放たん”」


 己が胸に両の手を組むと、詠唱を旋律に乗せ、彼女はそれを歌として発動させる。


「美しい……」


 それはあまりに美しい響きで繊細に奏でられ、詠唱が始まった途端、一瞬時が止まったかのように皆、動きを止め、思わず目を奪われる。


 エルフ国兵達はもちろん。それは、人形でさえも。


「(………………キレイ……だ)」


「”あらば私が代わりとならん。どうか、この時だけは、安らかに”」


 そして。


「”…………癒技。 ” שקט נפש(シェィケット)י ” ― 安寧を-」


 詠唱の全てが終わり、メルクーリオが技を唱えた瞬間。


「「「…………ピギャアアアアアアアアアアッ!?」」」


 メルクーリオの歌声に動きを止めていた人形たちが、一斉に断末魔の叫び声を上げると、身体中から青白い炎が発生し、そのあまりの熱さに苦しみ、地面に落ちてはのたうち回る。


「うわぁっ!?」


 もちろん、エルフ国兵の四肢を押さえつけていた人形たちも騒ぎ出し、拘束から解放されたエルフ国兵は、そのまま地面へと落下する。


 暫しの間、人形たちの耳を劈くような甲高い悲鳴とメルクーリオの歌声が入り混じる状況が続いていたが。


 それもやがて。


「ア……アァ……」


 燃やす炎を掻き消そうと暴れていた人形たちは、次第に動きが鈍るとその場でグッタリと倒れ、レフィが討滅した時と同様に、身体は(まと)う炎によって灰となり、完全にかき消されてしまった。


「はぁ……はぁ……」


 こうして瀧達を追っていた人形は全て消え去り、程なくして帰ってきた静けさに、メルクーリオの吐息だけが微かに鳴り響く。


「す、すごい……」


 メルクーリオが起こした技に、エルフ国兵達がみな目を見張る。


「あ、ありがとうございますぅぅぅっ!」


 更には、人形によって寸でのところで殺されかけたエルフ国兵も、眼を泣きはらしながら頭を地面につけ、メルクーリオに感謝する。


「い、いえ……私、は……」


 そんなエルフ国兵に対しメルクーリオは謙遜すると、目の前で土下座をするエルフ国兵を起こそうと手を差し伸べた。


 次の瞬間。


「……っ! ゴホッ! カハッ!」

「っ!?」

「メル様っ!!」


 突然、メルクーリオは喉を抑えては膝から崩れ落ち、その場で苦しみだしたのだ。


「メル様っ! どうして無理をなされてっ!」


 すぐに介抱へと、傍にいくレフィ。


「ど、どうしたんだ……」


 急な事態に、周りの兵士達からは動揺の声が上がる。


「メル様っ! 早くこの薬をっ!」


 そんな周りのことは一切気にも留めず。レフィはかつて瀧の前でもメルクーリオが呪いの発作によって倒れた際に飲ませた薬を懐から取り出すと、苦しむメルクーリオの口を無理やりにこじ開け飲ませる。


「それは、あの時と……」


 その光景に見覚えがあった瀧。


「えぇ、そうです。メル様は技を扱うこと自体は出来ますが、呪いによるその反動によって、技を使えば必ずその身が傷ついてしまうのです。それでも……メル様は困った方を見かければ、構わず手を差し伸べ助けようとする。たとえ、自分の身が滅んだとしても……」


 珍しくも瀧の言葉を拾うレフィだが。


「それを無駄だと仰る貴方には、この光景すらも馬鹿にされるのでしょうけども」


 こうして口を聞くとはいえ、以前に受けた屈辱を忘れることなど決してなく。背後で見ている瀧に向かっては、言葉を吐き捨てる。


「…………」


 それを言われた瀧は何かを言い返すわけでもなく。ただじっと、レフィとメルクーリオの二人のことを黙ってみているだけだった。


「ワタシにもっと、力があれば……」


 そして、レフィは主人の介抱を終えると同時、己の力不足を恨むよう、下唇を噛み、悔しさを滲ませる。


 暫くして。


「ご……ごめん、なさい……レフィ……」


 薬の効果が効いてきたことで、少し楽になったメルクーリオ。

 ゆっくと目を開け、すぐにレフィに向かって謝る。


「いいのです。これもワタシの御役目ですので」

「レフィ……私、は……」

「さあ、メル様。ワタシの肩に掴まれますか? 敵の追撃が来ないうちに、急いで出口を探しましょう」


 続けてメルクーリオが何かを言いかけるも、レフィは急いで辺りを見渡し、新手の人形が来ないことを確認すると、メルクーリオの腕を自身の肩へと回し、立ち上がらせ移動を始める。


「お、オレ達も急いでここから出よう……!」


 そして、彼女らが再び暗闇の中へと進む中、それを見たエルフ国兵達もつられるよう、足早にその場から移動していく。


「…………」





「はぁ……はぁ……」


 それからというもの。


「どうして……どうしてどこにも出口がないのよっ!?」


 あれからひとしきり、幾度も歩き続けたレフィ達。

 ここまで一度も足を止めずに移動を繰り返してきたにも関わらず、出口らしきものはどこにも見当たらず。


「くっ……! もう、足、が……」


 流石に体力の限界が。

 ここまでメルクーリオを背負いながら歩いてきた分、レフィにかかる負担は大きく圧し掛かり、ついには地面に座り、動けなくなってしまう。


「ここも、駄目なのか……」

「おい……オレたち、もしかしてこのまま」

「やめろっ! やめてくれ……! そんな、こと……」


 どれほどの距離を歩いたか。

 どれほどの区域を移動してきたか。


 もはやそれは、誰にも分からず。

 何度見たかさえも忘れるほど。変わらない、穢れた光景だけが、ただただ彼らの目の前に広がるだけ。


「め、メル様……申し訳ございません……。少しだけ、休憩を……」


 地べたに座り込むレフィ。メルクーリオに詫びを言うと、自分の膝上に主人の頭を乗せ、少しでも早い回復に臨もうと休み、呼吸を整え始めた。


 その時。


「……お、おいっ! あれ見ろっ!!」


 出口はないかと、少し離れた辺りで探していたエルフ国兵が、突然みなに向かって大声を上げた。


「どうしたっ! ……あれはっ!」


 すぐにもう一人のエルフ国兵が駆け付け、大声を上げたエルフ国兵が指差す方向を見ると。


 そこには。


「瘴気だっ! みんな早くここから離れるんだっ!!」


 地面をゆっくりと這い、徐々に舞い上がる紫色の煙がレフィ達に向かって近づいてきていたのだ。


「瘴気だとっ!? なぜそんなものが生命の樹の中にっ!」


 仲間からの報告に騒然とするエルフ国兵達。

 瘴気を見つけた者が戻ってくるや、瘴気が迫る方向から真反対に逃げようと一斉に駆け出す。


「そんなっ……! こんな、時にっ! メル様、立ちましょう! 早くここから……!」


 騒然とする一同。

 知らせを受けたレフィも急いでその場から離れようと、再びメルクーリオを担いて立ち上がろうとする。


 だが。


「くぅっ……! 足がっ……!」


 蓄積した疲労は全く回復しておらず。

 ようやく立ち上がるにも、一歩踏み出すのさえやっと。


 そんなレフィの背後にはジリジリと、高濃度の瘴気がやってくる。


「動いてよっ……! ワタシのっ……足っ!!」


 諦めず、懸命に瘴気から離れようとするレフィ。


「れ、レフィ……。もう、いいから……私は……あなた、だけで」

「絶対にっ……! ここからメル様を……! お助けしますからっ!!」


 彼女を支えるものは、もはや主人への想いだけ。


 それでも、一歩ずつ、一歩ずつ進もうと足を前に出すが、瘴気の迫る速さには敵わず。


「レフィ……!」


 そして、遂に瘴気が彼女たちの真後ろまで迫った。




「擬・癒技。 ” טָהֳרָה(ザホラ) ” ― 清めよ ―」


 その時だった。


 突然、瀧が彼女たちと瘴気の間に立つと、瘴気に向かって両手を構え、そこから清浄な空気の流れを発生させると、そのまま勢いよく瘴気を押し返したのだ。


「あ、あなた……どうして……」


 あまりに意外なことに、レフィが思わず目を丸くする。


「……これきりだ」


 だが、瀧はそう一言だけ話すと、瘴気の様子を窺い、すぐに彼女たちから離れる。


「これくらい瘴気との距離があれば、ちょっとは休めるだろう。あとは自分達でどうにかしろ。俺は先に」


 そして、レフィに別れを告げ、出口を探す為その場から移動しようとした。


 瞬間。


「お、おいっ! なんだっ! この音!?」


 突然、先を走っていたエルフ国兵達が何かを聴くと、困惑し、みなその場に足を止める。


「なに……? 今度はなんなの……?」


 立て続く異変にレフィも理解が追いつかず、その場で混乱していると。


「……音?」


 レフィの耳にも入ってきたのは、とある管の音色。


「これは……なにかの、曲?」


 最初は囁くよう、か細く、小さなものだったが、それは次第に大きくなっていく。


「なんなのこれ……聴いたこともない……」


 薄暗い空間に鳴り響く、不気味な旋律。

 だが、その旋律に対して誰も身に覚えはなかった。


 



 この男を除いては。




「(…………なぜ)」


 出口を探そうと、歩き始めていた瀧。


「(…………なぜこの曲が)」


 鳴り響く旋律に、思わず足を止める。


「(…………どうして、こんなところで)」


 それがここで流れることなど、瀧にとっては天地がひっくり返ってもあり得なかったこと。


「(…………この曲は)」


 なぜならそれは。


「(俺が……ピアノを辞める前)」


 彼が地球で最後に弾いた曲だったのだから。


ここまで読んでくださりありがとうございます。

少しでも、「面白いっ!」と思っていただけたら、幸いです。

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