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バイト先の毒舌後輩ちゃんの先輩改善計画。  作者: 神無桂花
真面目な後輩は少し不器用です。

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先輩、頭上げてください。

 「どしたの、有坂君」

「あぁ、チーフ。お疲れ様です?」


 休憩室に入ると、ちょうど休憩していたチーフと遭遇した。

 少し早く着きすぎたなと思いながら、椅子に座り、途中コンビニで買ったおにぎりを開ける。


「デート失敗したとか?」


 メガネの位置を直しながら、山辺チーフはにまっと笑う。


「デートなんてしてませんよ。妹と香澄と恵理、四人で行きましたし」

「ふぅん。両手に花どころか三刀流してるじゃん」

「はぁ」


 冗談はここまでと、メガネ越しのチーフの目がスッと細まる。こういう時、この人十年以上社会人やってるんだと実感させられる。


「んで、元気無いようだけど」

「いつもですよ」

「いつもより無いから言ってるの。仕事前にそういうなんだろ、集中を乱すような要素、なるべく和らげたいんだよね。あたしでよければ相談して欲しいな。ほら、大人だし。頭の良い君でも足りない、経験ってやつがあるからさ」


 経験……思考力だけでは埋めきれない要素。


「……なんだろう」


 俺は解決した。勝利を収めたと言っても良いはずだ。

 いや、わかっている。よくわかっている。俺がどうして、勝ったとはっきり言えないのか。いや、勝ち負けじゃない。勝ち負けで語っている時点で、俺は間違えている。

 そう、勝ち負けじゃない。正しいか正しくないか。そう、そもそもの論点が違う。


「約束、守れなかったんですよ」

「ふぅん。良いやつじゃん。有坂君。約束守れなかったことで落ち込むとか、真面目か」

「真面目なら、最初から求めれた通りにやってますよ」


 そういうとやれやれとチーフは両手を上げて。


「これは有坂君だからって話だけどさ。有坂君は守れるなら、絶対に守ってたと思うんだよ。有坂君の中では無理だったんじゃない?」

「無理……はい、俺には、わかりませんでした。その約束を果たすにはどうしたら良いか」

「どっちかというと、あきらめか」

「そう、かもしれません」


 チーフはマグカップを唇を湿らせるように傾け。


「有坂君」

「はい」

「前にも言ったけど、君は優秀だよ。それは自分でもわかっている。それ故に自分の出した答えに無意識のうちに自信をもってしまう。物事を多角的に見るにも限界がある。主観の呪縛からは誰も逃れられない」


 チーフは時計を見上げ、立ち上がる。もうそんな時間か。俺も出勤の準備しなければ。


「君は無意識のうちに最初から諦めてたんじゃない? どう考えても無理だ、方法なんてない。そう思っていた。じゃ」


 休憩室を出ていくチーフを見送る。

 おにぎりの最後の一口を口に押し込んで。そして。

 先入観からくる固定観念か。何かを考える上で真っ先に捨てなければならないもの。意識して俺もフラットに物事を見れるように切り捨てるようにしているのだが。

それでもまだ残っているというのなら。それをさらにゼロに近づけるために必要なこと、それはより自分を疑うということ。そこに待っているのは苦しい思索の始まり。


「いや、違う」


 そうなってしまうのは、一人で挑もうとしているから。

 ようやく見えた。俺一人の現時点の能力の限界点。今そこに、俺は立っている。

 出勤していつも通り、品出しして、レジのヘルプをして、値引きをして、閉店作業を進めていく。ついでに時間が残ったから、明日の販促物も設置する。

 今日は平和だった。退勤して、店を出て。家に帰って眠る。眠りながら考える。

 一人での現時点の限界点が見えた。なら、より成長するにはどうしたら良いか。

 一人の世界で完結しているのなら、その世界を広げるためには。

 そんな答え、一つしかない。じゃあ、それをするには? 


「誠意、か」


 誠意の示し方、俺はそれを真剣に考える。




 「香澄、教えてくれ。俺は、どうしたら良い」


 次の日の朝、俺たちの方から香澄の家に訪れた。事前に用事があるからこっちから行く旨を伝えた。

 扉が開いてすぐ。俺は頭を下げた。

 後ろから一緒に連れてきた美玖の戸惑ったような視線を感じる。


「せ、先輩?」


 香澄も恵理も、茫然としている。


「俺には、わからない。俺は、失敗したんだ。俺は、笑って見送ってもらうことを実現するという約束を、無理だと判断して、諦めて、それを狙うための計画を実行するどころか、練ることすらしなかった、思考を放棄していた」 

「あ、あの、頭を」

「俺一人では、無理だ。ここが俺の限界だ、母親の心を折って泣かせて狙いを達成するのが、今の俺の限界だ」


 でも、それは一人だから。俺一人の頭だから。


「一緒に、考えてほしい」


 静かだ。言い切った。考えていた言葉をすべて。

 何秒経っただろう。人に大真面目に頭を、頼るために頭を下げたの。ここまで真剣に、無力感に苛まれながら……いや、何を言っているんだ俺は。あのテスト答案の時だって。その時だって。認めたくなかったんだ俺。自分の今の限界を。自分の弱さを。

 でも、こうしてしっかりと、突きつけられたから。

 襟首をつかまれ引き上げられる。


「いつまでこうしているんですか。先輩らしくもない。さっさと話し合いますよ」

「あ、あぁ」

「仰々しいです」

「すまん」


 そこまで言って香澄は口元を少し緩めて。


「ちゃんと戻ってきたんですね」


 それだけ言ってさっさと先を歩いていく香澄、その後を追う。


「センパーイ、素直なのは美徳ですよ」

「うっせ」


 この時俺はようやく。ちゃんと一歩踏み出せた、そんな気がしたんだ。


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