お兄様、キャラ付けってやつですよ。
「へぇ、結構見える」
「ですね」
「花火がこんなに近く感じるなんて」
香澄の家にお邪魔して、窓際に並んで座った。
ドンと鳴って消えていく。夜空を彩る。それだけの景色。どうして目を奪われるのだろう。それに生涯を捧げる人もいる。
無駄を省く。断捨離。論理的思考をする上で必ず踏む過程。
最近考える。徹底的に無駄を省くこと、それは目先の利益に囚われているだけなんじゃないかって、それは。いや、一概には言えないとは思うけど。
「お兄様」
「ん?」
「とっても、楽しいです!」
合理的になるのも、限度がある。少なくとも合理的なだけじゃ、この笑顔は守れない。
結局のところ帰結するのは正しさとは何なのかという根本的な部分。
スマホを開くとすぐに美玖の動画を宣伝するSNSアカウントが表示される。
フォロワーは順調に増えている。動画の再生数も。少しずつ、少しずつ。
亀の歩みの状況に焦りはある。こんなことに意味は無いかもしれない。子どもの抵抗に過ぎないかもしれない。少ない手札から繰り出せる最善手も、吹けば飛ぶようなその場しのぎの抵抗にしか見えないかもしれない。それでも。
無駄を楽しむこと、遠回りを選ぶこと。それはまた一つ。余裕なんじゃないかって。
空が煙って花火が止んで。
「終わり、ですか?」
「ううん。ちょっと休憩ってやつ」
「休憩……いいですねぇ」
そんな時間すら、美玖は楽し気に弾んだ声を上げて。
「んー? なんで?」
「次の花火が揚がる時間を待つのって、なんかよくないですか?」
香澄も恵理も首をかしげる。そんな二人に美玖も首をかしげる。
「どんな花火が上がるのだろうとか、さっきまでの賑やかさの気配が残る静けさとか」
「し、詩人ですね」
「えー、大袈裟ですよ」
エアコンの音が微かに聞こえる。整えられた空気の中でも、美玖には夏の夜の温い空気の中漂ってくる煙の香りを、身体を震わせるような音を感じている。
ようやく晴れたただの夜空に、思いを。
その時が来た。
花火大会から二日経って、その間も美玖は順調に活動を重ねていた。
朝、美玖に起こされ目を開け、突きつけられたスマホ画面に表示されたメール。
「来たか」
ネットニュースの取材依頼。謎の美少女ストリートピアニストに直撃というタイトルだ。しかも結構メジャーなところから。
「どうする、美玖?」
「お兄様の計画なら、ここで受けるのが望ましいのでしょう」
美玖は淡く微笑む。
「……変わっていかなければ、いけないのでしょうか」
俺は迷いながらも美玖と向き直る。言葉を考える。
だってまぁ、おかしいよな。普通の子どもが当たり前にできること、その権利を手に入れるためにこうして色々大袈裟に動かなければいけないなんて。
「必ずしも、必要とは言わない。取材を受けないなら、別のプランを取れば良いだけだ」
「でも、お兄様風に言うなら、これが最短、なのでしょう」
「あぁ」
「……美玖的に」
「おう」
「謎の美少女ストリートピアニストってキャラ付け、結構気に入ってたんですよね」
「ん? おう」
「取材受けちゃったら、それが崩れちゃうの、嫌だなーって」
それは取材を受けるのが怖いというネガティブな感情をごまかすための言い訳ではなく、むしろ瞳の中にあるのは、ワクワクとした熱を隠し切れない輝き。輝きの持つ熱。
「キャラ付け、ってやつか。確かに、大事だな。プロデュースする上で」
「はい、神聖な感じは出せているので、このまま、謎の美少女路線で行きたいです!」
「くくっ、わかったよ。その方針で組み立てなおすよ。計画」
「はい!」
表現者はわがままなくらいが丁度良い。頭を悩ませ苦労するのはこっちの仕事だ。
のびのびやってくれ、美玖。




