先輩と夏祭り。
祭りなんてあまり来たことない。去年もチラッと見に来て人の多さに退散した。今年も、チーフから何も言わなければバイト入れるつもりだった。美玖のことがあったから休みにしておいて良かったと思っている。
まだぬるい風。それに乗って香る祭りの香り。懐かしさを感じさせる。
良い思い出なんてほとんどないのに、瞳の奥から何かがこみあげてくるような感じがする。不思議だ。
「先輩」
「ん?」
「お祭りって、何をするんですか?」
「俺もあまり知らない。恵理」
「そーですねー、じゃあセンパイ、とりあえずあれ取ってほしいです」
「あれ?」
指を指した先、小学生から大人まで、おもちゃの銃にコルクを詰めて真剣に狙いを定めていた。恵理が指さしているのは大きなクマのぬいぐるみだろうか。
「射的ってやつか」
「はい。センパイ。欲しいです」
「ふむ……」
難しそうだ。と直感が言っている。
「うーん」
後ろから見ていても、コルクを自由自在に当てるための最適な発射位置、角度を導き出すのは難しい。そこからのコルクに当たる空気抵抗、それに伴う軌道の変化も、割り出すのは厳しい。必要なことはわかっているがそれを達成するための諸々が揃っていない。
「……ふん」
いや。
俺たちの番が来た。
「へぇ、女の子三人連れか。良いとこ見せないとな」
屋台の主人は何というか、めちゃくちゃ若い男だった。二十代半ばくらいだろうか。
コルク弾五発分、五百円置いた。
「どうぞ」
脇からスッとアルミ皿に乗ったコルク弾を差し出してきたのは、香澄より若干背の高い女性。仏頂面で俺の隣で銃を構える別の客を見て、フルフルと首を横に振った。と同時に放たれた弾は棚に当たって明後日の方向に飛んで行ってしまう。
コルク弾を手に取る。あまり凹凸は感じられない。そうは言っても、銃口に詰める過程で若干の形状変化が起きるのは否めないだろう。
構える。あの熊の人形か。……眉間をぶち抜ければいけるか。見る限り、棚自体は狭い。クリーンヒットさせれば……だが倒れるほどの威力を出すには……あぁ。一発では足りないな。複数回当てて倒す前提だろう。
「ほう」
「お兄様……」
「任せろ」
「頼みますよ、センパイ」
ごくっと香澄の息を飲む音も聞こえて。
弾を渡してくれた女性がどこか微笑ましいものを見るような顔で小さく笑って。
引き金を引いた。放たれたコルク弾は。
「……くっ」
熊の頭すれすれを掠めるように飛んでいく。若干軌道が変わった。当たってはいる。だが、クリーンヒットではない。
「っ……」
こめかみを流れる汗。さっきよりも若干低く。……だめだ。銃口がふらふら揺れてしっかり定まらない。
「肘を落として脇を占めて、手首の力を抜いてみてください」
そんな声が聞こえて。
その通りにすると、確かに揺れて定まらなかった銃身が安定して構えられて、狙いがしっかりとつけられる。引き金を引く。飛んで行ったコルク弾は人形の頭に当たる。が。
「……くっ」
ちょっと揺れるがすぐに安定してしまう。
「ダメか」
どうやら、俺が見えていない何かが必要なんだ、これには。
どうすれば良い。もう一度当てられるのか。いや、今の当たりですら不完全だ。
いや、わかっている。熊の眉間ではなく少し突き出た鼻先を、下から穿つように当てられれば。だが、それで威力は足りるのか。この銃から放たれるコルク弾はあの熊の人形にアッパーカットのようなものを決めて後ろに倒すことは可能なのか?
「先輩」
「ん?」
「あれ」
「えっ?」
香澄が視線で促した先。一人の男性客が、台から身を乗り出し、腕を目一杯伸ばし、的に銃を近づけていた。
「……あれは、ありなのか」
「店主さん何も言いませんから、アリでは?」
「……ふん」
なんか気に食わん。あれをやったら負けな気がする。
「ご、ごめんなさい」
「いや、香澄は悪くない。俺が変にこだわっているだけだ」
「あの、先輩」
「ん?」
「弾は……残り三発。でしたら……先輩、一発で落とそうと考えずにいきませんか?」
「……どうする」
「少しずつずらしていきましょう。人形の腕を狙ってください」
「あ、あぁ」
一発ではなく、少しずつ動かそうと。
あと三発。いけるか……いや。
今、香澄の考え以上の手段が浮かばない。つまり、やるしかない。
ねらえ、そして、うちこめ。
「っ!」
「……やった」
狙い通り右腕に当たり、熊の人形は少しずれる。
「次は、逆の腕行きましょう」
「あぁ」
いける……いけるはず。香澄の考え。これなら。
「くっ」
足りない……当たったけど、微妙な当たり方だ。いや、ちゃんと当たってはいるのか。右腕側が下がった分、左腕を押し下げるのに必要な力が増えたのか。
「どうすれば……」
いや、一か八か。まったく動かなかったわけではない。そう、押し込めばいい。
右側が下がり、熊の鼻先が横から狙いやすくなった。
「いけっ」
引き金を引いた。放たれた弾は……。
「あはは、残念でしたね、センパイ」
「くっ……あれ、落ちるのか?」
「惜しかったですね。しかしながら妙なことを言いますね、落ちる可能性があることはご自分で証明されたでしょう」
そう言ったのは手伝いの子だろうか、先ほど弾を渡してくれた、小柄な、歳はそんなに離れてなさそうな女の子。
「模範解答をお見せします」
そう言ってその子は屋台から出て、コルク弾を込め。構え、一切の迷いなく引き金を引いた。
先ほど俺たちがずらしたところからしっかりと戻された熊の人形、その鼻先、下から抉るようにクリーンヒットしたコルク弾。人形は大きく傾き、そして。
「スゥッ」
息を鋭く吸う音ともに再び放たれた弾は、人形の姿勢が戻るのを許さず、後ろに倒し落下させる。二撃必殺。正直、見事だ。
「まぁ、こんなところです」
「すごいですね」
「いえ」
ペコっと頭を下げた店員さんは持ち場に戻る。
「あなた方も、ちゃんと攻略の道筋を立てられていました。それを実行する技術が足りなかっただけです。ですが、やり方を見出す能力があるだけで後悔する機会は減ることでしょう」
「結愛、そろそろ」
「はい。すぐに戻ります。先輩」
結愛と呼ばれた少女はコルク弾を拾い集め、軽く磨いていた。あぁ、そっか。弾道にあまり変な癖を感じなかったのは、この子の気遣いか。
「お兄様、花火、どこで見ますか?」
「そうだな……香澄、おすすめの場所は」
「……申し訳ありません。実は私、いつも家から見ています」
「あぁ……まぁ、あそこからならよく見えるよな。うん。恵理は?」
「いやー、三年ぶりにこの街のお祭りに参加するのでわからないですねぇ」
「そうか……うーん」
「あ、あの。お兄様」
「うん?」
「でしたら、その……」
「ん?」
「あの。あのビルの最上階」
「ん? 駅ビル?」
「はい」
「……多分、混んでるぞ」
「それでも、良いです」
駅ビルの最上階は展望台になっている。花火大会の今日はそのために展望台の開放時間を延長しているらしい。
「しかし、なぜわざわざ」
「……美玖が、たくさんの人から拍手をもらった初めての場所、その一番上の階で、初めての友達と花火を見る。素敵じゃないですか?」
「……まぁ、そうだな」
エレベーターに四人で乗り込んで。止まることなく展望台の階まで。
そして扉が開く。
「? 誰もいねぇ」
「ですね」
「なんでだ」
その疑問の答えは、花火の音ともに解消された。
「……見えねぇ」
「あのマンションが、絶妙に」
「あれ、うちのマンション」
そう、香澄が住むマンションが絶妙に花火を隠しているのだ。
「カスミちゃーん?」
「わ、私のせいじゃありませんよ」
「あはは」
「どうする?」
「今からでもおりましょうか。うちに行きましょう」
「ですね。あはははは」
ツボに入ったのか。美玖は肩を震わせながら立ち上がる。
途中の屋台でたこ焼きとか焼きそばを買って。花火の音を聞きながら歩く。日常の中にないけど、知っている音。腹の底から全身を震わせてくる音。
「……楽しいな」
誰に聞かせるわけでもない感想。
心の底から笑みを浮かべたのは、最後はいつだっただろうか。




