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バイト先の毒舌後輩ちゃんの先輩改善計画。  作者: 神無桂花
真面目な後輩は少し不器用です。

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センパイ、あーん。

 「はい、お兄様、あーん」

「自分で食える」

「良いですから、ほら、あーん」

「くっ」


 レンゲをニコニコと差し出してくる美玖。綺麗な卵色をしたお粥は恵理が作ったらしい。

 くっ、こんなことしている暇など無いのに。


「実の妹にお口アーンされてむくれるおにーさん。良いですねぇ。コーセイ君。恵理ちゃんおすすめお粥ですよー。ほら、食べてくださいなー」

「……香澄とチェンジだ」

「ほほーう」

「あいつは自分で食わせてくれた」

「ふふーん」

「恵理……」

「コーセイ君。くーるだうん」

「あ?」

「たまには甘えなさいな」

「微熱で大げさな」

「ふぅん」

「それに、こんなことしている暇があるなら、準備を進めなければならないんだ」

「ちゃんと練習してますよ。ねー、美玖ちゃん」

「はい、お兄様が提示してくれた五つの曲、譜面はもうさらったので」

「ん? さらう?」

「? あっ、復習するという意味で使います。弾いたことある曲だったので、全部」

「あ、あぁ」


 そうか……それは。


「だから安心してください。お兄様」


 頭が上手く回らなくなっていく。考えなければいけないことは山積みなのに。どこのストリートピアノを使うか、決行する日の選定、時間帯。動画投稿する時間とそれの宣伝方法。


「今はゆっくりと、お休みください」


 冷たい手が額に当てられたのがわかった。瞼が重い、目を閉じるのが、心地良い。




 「お兄様が風邪を引くのは、随分と久しぶりのことでして」

「へぇ、最後っていつ?」

「中学生の時でしょうか、いっぱい勉強していた時期ですね。お兄様、取り憑かれたように浸食も言われるまで忘れるような有様でして。熱で倒れても目が覚めたら参考書を読み始める始末で」


 食器を洗いながら、美玖ちゃんの話に耳を傾ける。あたしがいなくなってから、そんなことになっていたんだって。

 コーセイ君にとって。信じられるのは自分だけ。信じられる自分が弱いならそれは。


「……恵理さん」

「んー?」

「お兄様をお願いしてもよろしいですか? 行きたいところが、あるんです」

「うん。良いよー」

「ありがとうございます


 家を飛び出す美玖ちゃんを見送る。

 大好きなお兄さんを預けてもらえるとは、信用はされていると思って良いだろう。


「……んー」


 悪戯したい気持ちが無いわけじゃないけど……我ながら結構欲が強いと呆れたくなるけど、預けてもらった信頼には応えよう。

 なんとなく見たカレンダー。気がついたらお盆と呼ばれる期間は終わっていた。あとは夏が終わるだけ。

 なんとなく手を合わせた。仏壇もお墓もないけど。儀式らしいこと結局何もできなかったけど。良いかな?


「母さん。母さんが言っていた頭のおかしい人ばかりだよ。あたしの周り」


 そんな人たちと一緒に頑張るのも、悪い気はしないよ。

 夏祭りは明後日か。

 呼び鈴が鳴った。覗いてみるとそこにいたのは宅配便の人で。すぐに扉を開ける。


「……こんなに?」


 せっせと次々運ばれてくる荷物たち。大きい。そしてまぁ、重そうだ。荷物を置く度袖で額の汗を拭っている……お盆明け早々、お疲れ様です。


「……届いたか。昨日注文した奴」

「センパイ、起きて大丈夫なんですか?」

「飯食って薬飲んで寝たら大概マシになる」

「何を買ったんですか」 

「録音機材とかカメラとか」

「へ、へぇ」

「これらを使ってこれから美玖をプロデュースしていく。んで、美玖は?」

「用事があると」

「ふぅん」

「ほかには、それだけじゃないですよね、この量」

「組み立て式の防音室だ。今から組み立てる」

「い、今から?」

「あぁ。美玖が思い切り練習できる環境を作らなければな。そのためにキーボードも注文したんだ。昼は本物のピアノ、夜はこの防音室で練習できる。組み立ててもらうこともできたが、作業スタッフを手配するのに時間かかりそうだから自分で組み立てることにした」

「で、でも、センパイ、今」

「いいから、恵理は明けた段ボールを解体してまとめておいてくれ」


 無理をするなと目が言っている。けど、ここが無理のしどころだ、ここが。


「……手伝います。手伝いますから、さっさと終わらせてコーセイ君は休んで!」

「お、おう」


 有無を言わさぬ圧があった。そして気づく、いや、目をそらしていただけだ。


「悪い、心配かけた」

「急にどうしたんですか?」

「あ……いや」


 視野が狭まっているのに気づいたというか、周りが見えていない自分が嫌になったというか。そしてそこまで考えて自分が変わったことを初めて実感した。

 目的さえ果たせればなんでも良かったじゃないか、過程なんて最短で最速で仕掛けて目的を実現できればよかったじゃねぇか。

 これが人と何かをするということか、自分一人でやっているわけじゃないことを思い出して、それだけに周りを気にするなんて、前の俺のなら最低限体調と機嫌さえ気にしていれば良いだろと。こっちに向く気持ちなんて考えたことなかったのに。


「だいすき、ねぇ」

「んー? どうかしました?」

「いや、何でもない」


 その言葉に、感情にこたえる言葉を、俺はまだ持ち合わせていない。


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