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バイト先の毒舌後輩ちゃんの先輩改善計画。  作者: 神無桂花
真面目な後輩は少し不器用です。

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先輩、それ何のゲームですか?

 金だけを送ってくる母だったけど、住んでた場所から逃げ出して、次の寄生先を見つけるまでの間、母とあたしで二人の生活をする期間があった。

 基本的に殆ど会話は無かった。ぽつりぽつりと、学校でのことを聞いてくることはあったけど、それでも殆ど話はしない。

 でも、毎日のように聞かされていた言葉がある。


「恵理」


 優しく呼びかける声で始まって。


「恩は売るものじゃない。相手は買ってるなんて思わない。だから対価なんて払わない。恩は売ったと思わず、あげたと思いなさい。物でもなんでも、貸し借りは成立しない。貸したとはあげたと考えなさい」


 なんて言っていた。


「何も返ってこないものよ。不満が募るだけ。助けを求められたから助けた。けれど、こっちが助けを求めても助けてもらえるとは限らない。なんなら期待しない方が良い。そんなものよ。用が済めば捨てられるだけ」


 それから。


「人に期待なんてしちゃだめ。良いことをし続けたからって、誰かに施し続けたからって、報われることなんて無い。この世界、図太い人が生き残る者よ。上手に生きるためには他人のためなんて考えない方が良い。身を削るだけ損する」

「与えられる側になる。それが上手に生きるコツ。愛されなさい」


 母に聞く。「人のためになにかしちゃだめなのか」


「ダメとは言わない。ただ、やるなら賢くやりなさい」

「賢く」

「そう。相手が自分は好かれていると思い込むように」

「好かれている」

「そう。好きな人にしかやらないようなことをされれば、ね」


 妖しく微笑む母、それがどういうことなのか、当時まだ小学生のあたしでもすぐにわかった。


「恩返しなんてこの世界には無いの。お世話になったらなりっぱなしになるのが良いの。誰も誰かのためになんて考えないのだから」


 母の教えが頭にこびりついている。


「誰かのために生きようと頑張る奴なんて、頭おかしいのよ」


 母の言葉が、心に焼き付いてる。

 ねぇ、香澄ちゃん。

 あなたの行く末、あたしは見たいの。だからあたし、あなたの友達やめないから、どこまでも振り回してよ。

 コーセイ君の誕生日会のセッティングくらい、いくらでもするから。センパイと仲良くなるためのお膳立てもするから。


「ふふん」


 出来上がった招待状を見下ろして微笑む。

 松江さんにも根回しは完了している。センパイの誕生日を祝いたいと言ったら快諾してくれた。カスミちゃんのこと、かなり大事に思っていることが伝わって来た。

 ……優しい人ばかりだ。

 あたしの中の常識が、壊れそうになるくらい。

 



 「……先輩、何してるんですか?」


 次の日の朝、先輩の部屋を訪れると。


「あぁ、おはよう」


 チェスをしながらカードゲームをしていた。パソコンで。


「……オンライン対戦って奴ですか?」

「そんな感じだ」

「同時にできるものなんですか?」

「二つの対戦までなら問題無い」

「はぁ」


 その言葉通り、先輩は迷いなく駒を進め、カードを選択してる。……トランプ、じゃない。


「どんなルールのゲームですか?」

「これか。最近オンラインでできるようになったトレーディングカードゲームでな。相手のライフをゼロにしたら勝ちだ」

「へぇ。先輩にそういう趣味が」

「趣味というか、戦略を考える時の思考法の基礎に返りたくなったらやってる」

「と、言いますと」


 居住まいを正す。先輩は少し考える様子を見せて口を開く。


「チェスとカードゲームの大きな違いは、チェスは簡単に言えば二人零和有限確定完全情報ゲームに分類されるわけだろ」

「簡単に言えてないのですが」

「あぁ……プレイヤーが二人でプレイヤー間の利害が完全に対立して、必ず有限の手番で終了して、ランダム要素が全くなく、全ての情報がプレイヤーに公開されている状態でゲームが進行するわけだ」

「最初からそう言いましょうよ」

「これらのことを短く言うとさっきの言葉になるんだ」

「覚えておきます」


 こういうところは本当に素直だな、こいつ。


「要は何が言いたいかって、ランダム要素も無くお互い懐に何も隠し持つことなくゲームを進められるのがチェス。それに対してトレーディングカードゲームにはデッキと手札という非公開領域があり、さらに、次に何を引くかというのは基本的にはデッキの持ち主でもわからない。最初に引く五枚もランダムときた。相手のデッキも相手が動かない限りわからない」


 首を傾げる。先輩の話が珍しく見えてこない……いや。そっか、そういうことか。


「つまり、チェスは理論上全て想定可能。カードゲームには想定外が盛りだくさん。ってことですか?」

「そうだ。カードゲームは自分が持っているもので相手が仕掛けて来たことにどう解答するか。それを考える訓練になる。相手の握ってる非公開情報を想定しながらな。こちらへの妨害手段を切らせるための揺さぶりをかけたり、逆にこっちは妨害をどこで切るか考えたりな」

「じゃあ、チェスは?」

「お互い手の内が見えている状態で、相手の行動を制限したり強制したりすることを考えるんだ。相手に悪手を打たせるにはどうすれば良いか、どう誘導すれば良いかって。よし、チェックメイト。こっちも勝ちだな。そしてカードゲームは……ふん、それは流石に予想外だな。だが。まだ勝ち筋は残っている」


 先輩は不敵に笑う。多分、本命の戦略が潰されたのかな、でも、先輩は諦めない。


「ゲームも馬鹿にできないぞ。いや、むしろゲームから学んだことは多い。あの母親なら鼻で笑うだろうがな……よし。結果論だが妨害札ばかり引いて、動くためのカード引けてなかったか。よし。最初の一手は決まりだ」


 俺は考える。そして結論する。


「明日は学校に行かなきゃな」

「が、学校?」

「理事長に妹を紹介するところからだな。まずは」

「理事長?」

「味方は多いに越したことはないからな。ただ、顔を通すだけだ。いざという時知らないなんて状態にはさせない」


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