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バイト先の毒舌後輩ちゃんの先輩改善計画。  作者: 神無桂花
真面目な後輩は少し不器用です。

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センパイ、解き明かしてください。

 何かを解き明かす時の基本。結果から過程を逆算して原因を探る。原因から辿って結果を推測する。原因、過程、結果。この流れは絶対だ。

 何の理由も無い現象なんて存在しない。あるとしてもそれは現時点の俺達が解き明かせないだけだ。

 だからそれは、人間関係にも適用される筈だ。

 恵理が望む結果、それを考え、作るための起点を探る。

 リビングで、テーブルを挟んで向こう側に座る恵理に、俺は。


「……センパイ」

「ん?」

「そんな真剣な目で、見つめられると……」

「なんだよ、あんだけ、なぁ。あれか、防御力皆無的な」

「回避盾ですから、受けてカウンターなんてできません」

「いや、まぁ、そんなことはどうでも良いのだが」


 恵理がどうしたら納得してくれるか。恵理は大方、自分がしてもらったこと、最低でもそれに対して同等。もしかしたらそれ以上の何かを返そうとしている。

 現に普通の男子高校生なら喜んでコロッと落ちているであろうことを仕掛けてきたわけだ。

 さて、これは言い負かせば良いということではない。少しずつ、少しずつ、絡み合った糸を解すように慎重に。わかり合わなければいけない。勝利ではない。合意を目指すのだ。


「さて、恵理」

「何でしょうセンパイ」

 そう言っていつも通りニコッと笑う。

「俺は君に考えを改めてもらいたい」

「と、言いますと?」

「俺は……恵理、俺は君に、もっと自分自身を、恵理自身を、大事にしてもらいたい」

「どういう意味ですか?」

「それ以上でも、それ以下でもないよ。恵理、そんな投げ売りみたいな生き方をするな」

「わからないよ。コーセイ君の言ってること、難しくて、わからないよ」

「わからないはずがない。わからないというならわかるように言う」


 息を吸って吐いた。大丈夫。俺ならできる。できないわけがない。俺は天才。考えろ。材料さえそろえば、俺に解き明かせない問題なんて一つも無いんだから。

 俺は、天才だ。

 今、恵理を、本当に、解放するんだ。


「恵理、君は……」


 考えろ。恵理はどうしてこんな自分を傷つけるようなことをする。ただ昔、少しだけ縁があっただけの先輩にどうしてあそこまでできる。

 親の影響でそういうやり方しか知らないからなら、今までの恵理が説明つかない。違う。恵理は男女問わず好かれている。様々な人間関係におけるアプローチを仕掛けている筈だ。キャンプの手伝いの時もその片鱗を見せてくれた。

 自暴自棄だから。いや、馬鹿か。そうなっている原因を今考えているんだ。

 あんな一歩間違えれば、なんて状況。


「君は怖くないのか?」

「何がですか?」

「俺がどんな乱暴をするか、想像しなかったのか?」

「乱暴? 別に良いですよ。いえ、殴られたりは流石に困りますけど」


 あっけらかんとにまっと笑う。いつも通り、恵理は笑顔を見せる。


「コーセイ君のなら受け入れるよ」

「……君は俺のことが好きなのか?」

「好きだよ」

「恋愛的な意味で?」

「それはちょっと違うかな」


 考える。見えた情報をまとめる。さながら、トレーディングカードゲームで。相手の手札を推測して、そこから何を狙っていくデッキか予測するように。


「あたしは駄目なんだよ、そういうの」

「……そっか」


 根拠は足りないけど、もしかしたらという可能性が見えたら、それを突き詰める。それが思考の取っ掛かり。

 そのために俺は手札を一枚切る。


「恵理、君はもしかして」


 いや違うな、このカードは違う。アプローチの仕方が違う。最終盤面は決まっていてもそこに至るまでの道は少し変えなければ。慎重に。少し、遠回り気味に。


「恵理。君は、その……」


 でも、どう言えば良い。どう伝えれば良い。俺が……人を信じ切ることなんてできない。未だにできていない俺が。

 俺と香澄を、信じてくれ、なんて。どの口が言うんだ。

 いや。怯むな。


「恵理……怖がらなくて、良い」


 恵理の目が見開かれる。核心に近付けた。その手応えを与えてくれる。


「俺も香澄も、君を見捨てたりしない」


 そうだ。俺は、読み違えていた。自暴自棄になっていたわけじゃない。もっと必死だった。切実だった。恵理は、繋ぎ止めようとしていた。差し出せるもの何もかもを差し出してでも。


「今は、一人じゃない。一人は怖かったよな」

「……はい」


 か細い返事。小さな頷き。傍に近寄り、俺は抱きしめて。


「大丈夫だ。もう」


 そうだ、発想をひっくり返すだけで良かったんだ。たどり着けたんだ。


「大丈夫なんだよ。もう。置いて行かない。一人にしない。大丈夫だ」


 恵理にとっての人間関係は、失うもの。一時的なもの。でも。それは変わった。でも、それでも。それが本当かなんて、わかるわけが無いんだ。

 そう見えたけど、実は何も変わらない。また失う。

 期待したけど結局馬鹿を見てしまった。なんてことが起きないと、恵理に誰が保証した?


「不安だったんだな。怖かったんだな」

「あはは……コーセイ君、何でも、わかっちゃうんだね」


 失うことに慣れるなんて、難しいことだ。

 恵理の中の相反した感情。失わないように繋ぎ止める。どうせ壊れるならさっさと自分で壊してしまえ。それがあんな行動に繋がった、と考えて。


「大丈夫だ。俺達は、恵理が手放さない限り、失われない」


 しっかりと、言葉じゃ届かない分まで伝えたくて、しっかりと抱きしめて。


「必死になって繋ぎ止めなくて良いんだ、もっと自分を大事にして良いんだ。しないのなら、俺達がその分、大切にするから」


 流れる涙を隠すように、顔を埋めてくる恵理を受け止めて。

 それからどれくらいだろう。恵理が立ち上がって。


「もう大丈夫です」


 というまで、抱きしめていた。それからすぐだ。呼び鈴が鳴ったのは。

 俺は本当に届けられたのだろうか、解けたのだろうか。わからない。実感が無い。でも。

 恵理の目が、澄み渡って見える。どこか力んでたような雰囲気が無くなった気がする。無駄な明るさが落ち着いた気がする。


「センパイ、呼び鈴、良いんですか?」

「あ、あぁ……はい」

『先輩、香澄です。美玖さんを連れてきました』

「あぁ。わかった。はいってくれ」


 そこまで言って振り返る。恵理はと言えば。


「えっ、カスミちゃん。どうしよう。うわ、顔洗ったら収まるかな。目元やば」


 とか言っている。さて、恵理のこと、どう説明しよう。難題に次ぐ難題だ。


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