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バイト先の毒舌後輩ちゃんの先輩改善計画。  作者: 神無桂花
真面目な後輩は少し不器用です。

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先輩、夏祭りですか?

 「夏祭り、ですか」

「あぁ」


 裏の在庫置き場、随分とスッキリしたなと思っていたら、シフトの時間を終えた香澄と恵理がバックヤードに来たから、早速話を振ってみた。


「先輩がその話をするのは意外ですね」

「うん。でも、行ってみたいなーとは思ってたんですよ。まさかセンパイが」


 恵理がニマニマと笑う。

 まぁ、イメージ無いよな。俺だって、チーフに言われたとはいえ、こうして話していて違和感しかない。

 さっき飯田にメッセージ送って誘うことで予行演習してみたがそれでも違和感は拭いきれなかった。ちなみに飯田はもう部活の奴らと行く約束立てていて無理とのこと。来週のことだと言うのに、お早いことで。


「じゃあセンパイ、行きます?」


 下から覗き込んでくる、悪戯っぽい輝きを宿した瞳。俺はその輝きから目を逸らして、「うん」と頷く。


「楽しみですね」


 そう言って笑ったのは意外なことに香澄で。

 なるほど確かに。気を許せる人とただ遊ぶ予定を立てるのは楽しいかもしれない。気を許せる、か。変なこと言っているな。

 背負うものが少ない方が歩きやすく、守るものが少ない方が戦いやすい。

 でも俺は、選んだ。関わってくことを。人と。


「なぁ、香澄」

「はい」

「頼みがあるんだ。……美玖を、祭りに誘ってくれ。もし美玖が行きたいと言ったら、俺が絶対に連れ出す」


 俺は思い出した。戦いの基本を。

 敵を自分の得意な戦場に引きずり下ろすこと。何で俺は受動的だったのか。機を待つというのには機を作る努力をすることも、含まれているというのに。

 なんで俺が、美玖とのコミュニケーションを香澄に任せるか。それは単純に美玖に友達を作って欲しいというものもあるが、大きな理由としては俺に対しては大きな遠慮がある。美玖は。美玖は俺相手には絶対に本音を漏らさないだろう。

 だからこその香澄。香澄なら、香澄ならきっと、美玖の本音を引き出してくれる。そう指示られる。不器用なところもあるが、その分ごちゃごちゃ考える俺と違い、馬鹿正直に真正面から突撃する香澄なら、きっと。

 行きたい。その言葉だけ引き出せれば良い。そうすれば、後は俺が勝つだけなんだ。そして俺は、負けない。

 もう、負けない。

 ステージにすら上がれなかったあの時とは、違うんだ。


「あ、すいません。水筒忘れました。休憩室に戻るので待っててください」

「あぁ」


 香澄が早足でバックヤードに戻って行く。従業員用の出入り口のすぐ外。ここは商品の搬入口でもある。


「コーセイ君」

「ん? どうした」


 搬入して使わなくなって、回収してもらうために外に置いてる台車。その一つに背中を預け、恵理はぽつりと。


「妹さんのこと」


 と、呟くように言った。


「美玖のことか? どうした」

「綺麗な子、だったよね、確か。一度、チラッと見たこと、あるよ」

「そうだな」


 恵理と小学生の頃仲良くしていた頃、か。小3だな、その頃の美玖は。


「センパイって、わりとシスコンですよね」

「なんだと」

「あはは。そういえば、そろそろややこしい手続き終わるみたいで。裁判所の人達が気を使って急いで手続きしてくれたみたいで」

「そっか、よかったな」

「はい……本当に、変な気分です。結城さんっていたじゃないですか」

「あぁ」

「あの人のおかげで、あたしの母の消息、早く分かったみたいで。だから理事長の耳に一番早く入ったみたいで。本当、助けられてばかり。良いのかな、本当。あたし、こんなに助けてもらって」

「……助かるのに、助かろうとしない方が、ダメだろ」

「そう、ですかね」

「あぁ。可哀想な自分でいたいなんて、だめだ」

「弱さを許さない、強くある事こそが正しいと考えるセンパイらしい答え、ですね」


 ボーっと恵理は空を眺めて。


「センパイ」

「ん?」

「助けたんですから、責任、取ってくださいよ」

「責任?」

「はい、責任、です。あたしの人生、変えたんですから。もしかしたら、終わるかもしれなかったのに、道が続いてしまったんですから」


 恵理の笑みは、どこか蠱惑的な雰囲気があった。油断したら頭の中が蕩けてしまいそうな熱を放っていて。


「お待たせしました」


 香澄の声が聞こえなければ、そのまま俺は、何を言っていたのかわからない。

 そのまま三人で歩いていく、帰宅する。いつも通り香澄のマンションの前で二人を見送り、俺は駅前に戻って家に帰る。

 ……恵理の引っ越しを阻止したかった。けれどできなかった。力が無かったから。知識も無かったから。それらを補う思考力も無かったから。何も無かった。小学生の頃の俺は。

 でも当時の俺はできると信じていた。世界は優しくて、正しいことを大事にして、間違いと悪は許さないと信じていた。

 そして思い知らされた。自分が如何に無力で。力が無ければ正しさを訴えることもできない。黒も白になる。正しいことも間違いになる。力があれば間違いも正しいことにできる。

 ただの子どもは、どんなに声高に叫んでも、大人の機嫌次第では、助けてはくれないんだ。

 子ども一人社会システムから零れ落ちたところで何の影響も無くて。明日も電車はいつも通り動くし、蛇口を捻れば水が出てくる。コンビニもスーパーも問題無く営業する。

 たかが子ども。誰かにとって掛け替えのない存在でも、また別の誰かにとっては、道端に転がる石と同じくらい、どうでも良い。

 市役所で訴えた。仕事の邪魔だと追い出された。警察署で訴えた。被害が生じたわけでなく、事件性が無いからどうにもできないと言われた。学校で訴えた。嘘つき呼ばわりされた。

 恵理がいなくなった。強くなると誓った。大人がいなくても自分で全部できるようになろうと、誓った。二度と同じ後悔をしないように。大人の力を借りなくても、助けられるように。


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