先輩と里帰り。
「先輩の誕生日をどう祝うか考えましょう」
「あはぁ、折角買ったプレゼント、仕舞いっぱなしだからねぇ」
「色々ありましたからね。頭から吹っ飛んでいました」
明かりを落とした部屋でも、少しずつ目が慣れてきて、暗闇の向こう、恵理さんがにへらと笑っているのが見えた。
恵理さんは今月末に引っ越すことになった。正直、こうして寝る前、私の部屋で、恵理さんと眠くなるまで話す時間が無くなるのは寂しいけど。仕方ないことだと思う。
そのことをうっかり漏らしてしまったら『あはは。香澄ちゃんが良ければまた泊まりに来て良い?』なんて笑ってくれて。これからも友達でいられることを思い出した。
「センパイ、自分では絶対言わなさそうですからねぇ」
「言わないというか、興味無いというか、祝われることを期待していないというか。とにかく、サプライズになるなら無いで言えば、間違いなくなるのですけど」
「問題は喜んでくれるか、だよね。香澄ちゃんの考えてること」
「そうなんです」
「迷惑ってことはないと思うけどねぇ」
「そうだと良いのですけど。どのようにすれば良いのか」
「まぁ段取りは任せてよ。これでも慣れてるから。カスミちゃんがどうしたいか、それだけは示して欲しいけどさ」
「ありがとうございます。なるべく早く決めます」
「うん!」
どうしたいか。先輩の誕生日を、どう祝いたいか。
ふと頭に浮かんだ先輩の妹さん。せめて、連絡先だけでも交換できていればな。……そうだ!
「美玖の連絡先? そりゃ、持ってるけど」
「いただいてもよろしいですか?」
「あ、あぁ。良いが。多分意味ないぞ」
「どうしてですか?」
朝、先輩の家。私は早速思いついたことを試していた、のだけど。
「あいつの連絡先、俺とか母親とか、あとは付き人とか、そういう人以外登録できない。そこら辺の権限は母親が持ってる」
「先輩の方でどうにか……」
「できないな」
「で、ですよね」
過保護過干渉がデフォルトのあの母親にとって、アプリのインストール制限とかネットの検索制限なんて当然付けるべき仕様なのである。
「が、そうだな……いい機会だ。真面目に考えてみるか」
「どうするつもりですか?」
「……はぁ。久々に里帰りと行くかね」
「えっ」
俺の家はここから電車で一時間ほど。しかしながら、よく来れたものだな、美玖。電車なんて乗ったこと無い筈だけど。
「……高級住宅街」
「あまり関わるのはやめとけ、マウント取りしか能の無い忙しい連中ばかりだぞ」
「果てしない偏見が含まれてそうですね」
「否定はしない」
が、この辺のマウント取りの頂点にいたのがうちの母親だからな。世渡り上手な奴は母親にとりあえず媚びるという選択肢をとる。車椅子の手伝いも積極的にして心象をよくすることも欠かさない。
「はぁ。しかし良いのか?」
「何がです?」
「ついてくるのは良いが。正直面倒な人だぞ」
「先輩がそこまで言うのも珍しいですね」
「いや。まぁ、なんだ」
見えてきたのはそこそこ大き目の、二階建ての一軒家。
「俺はあの人を反面教師に生きて来た」
門の前に立ち、自分の実家を真っ直ぐに見上げる。
「俺は自分にこう指導した。自分を可哀想だと思わないこと。自分は責められるべき人間ではないと思わないこと。自分を被害者だと最初から考えないこと。自分を弱者だと思わないこと。自分を尊重されるべき人間と思わないこと。他者の意見もちゃんと検討するために聞くこと。自分を肯定しない意見でもちゃんと聞くこと」
ため息を一つ。俺はちゃんと、守れているだろうか。自分の教えを。
「まぁ、外面は良いから。急に噛みついてきたりはしないさ」
「自分の母親を凶暴な珍獣扱いしないであげてください」
「大差ないさ」
……先輩でも、こういう感情的なこと言うんだ。
嫌いなものはとことん嫌い。先輩の母親に対する嫌い様は正直、相当だなと思った。
門をくぐる。
先輩が提案したこと。それは。
私が、美玖さんの友人に値すると、先輩の母親に評価してもらうこと。こっそり追加するのも考えたけど、すぐに消されるのが関の山だと。
「あの母親は自分の子どもを所有物だと勘違いしているからな。プライバシーなんてものは存在しないぞ」
だから、正面突破が一番確実だと。
……大丈夫。できる。
「安心しろ、俺もフォローする。俺はなまじ結果出してるからな。あの母親、権威主義なところあるからな、そういうのに弱いんだ」
そういう先輩の顔、いつものように仏頂面だけど、私には、酷く緊張しているように見えた。




