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バイト先の毒舌後輩ちゃんの先輩改善計画。  作者: 神無桂花
真面目な後輩は少し不器用です。

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夏も熱いラーメン。

 「おっす」

「あぁ。……焼けたな、随分と」

「お前が白過ぎるんだ」

「どうだかな」


 駅前、飯田が飯行こうぜと突然連絡してきたので来てみたら、どうやら練習試合だろうか、その帰りのようで大きなスポーツ鞄を肩にかけていた。


「んで、何食べるんだ? 奢るよ」

「良いのか?」

「世話になってるからな。テストのこととか、部活連のこととか」

「ほう、じゃあ……」


 連れてこられたのはラーメン屋。行列具合から結構人気の店だというのはわかる。


「どういう店なんだ」」

「俺も来たこと無い。人の金で初見の店を開拓するリスクを取る。合理的だろ」

「それはそうだな」

「この理屈に速攻で納得するの、お前くらいだと思うぞ」

「どうだろうな」


 まぁ並び具合から見れば大して心配はいらないだろう。

 三十分ほど炎天下に焼かれていたら順番が回って来た。


「俺のも選んでくれ」

「おう」


 差し出した二千円を受け取った飯田が手早く食券を買い。カウンター席に座る。


「夏に熱いラーメン食いたくなるの、なんでだろうな」

「さぁ、塩分不足じゃないか?」

「お前と話してると。ふとした疑問にもあり得そうな答え返ってくるから楽しいわ」

「そんな感想で俺と会話するの、お前くらいだと思うぞ」

「くははっ、どうだろうな」  


 俺と話していると疲れる。そう言ったのは母親だった。人と話すのが億劫になったのはその頃だったか。

 ラーメンが届いた……これは。


「あ、あかい」

「おう、この店の一番人気。辛さは大辛がお勧めらしい」

「そ、そうか」


 迂闊にも、メニューを確認せずに選ばせたのは俺。出て来た物は全て食べるべき。つまり。


「いただきます」


 この場の俺に、逃げる選択肢は存在しない。

 まずは一口目。大丈夫だ、食べられない辛さではない。……いや、後から来るぞ。後から、舌を、口の中を、突き刺してくる。

 だ、だが。う、美味い。噴き出す汗。暴れる辛味。それでも訴えかける旨味。なんなんだ、これは。 

 認識がグルグルと頭の中を駆け巡る中。

 目の前で平然とずるずる啜っていく飯田。


「……辛いの好きなのか?」

「ンア?」


 そんな間抜けな声を上げながら飯田が手に取ったのは、物足りない時に足してくださいという。さらに辛くする、なんなんだ、あの赤い物体は。


「好きだな。辛いの。後で胃が痛くなるとわかっていても舌が激辛を求めるんだ」

「何かしらの病気を疑うぞ」

「くはははは。いずれわかる。癖になるぞ、こういう辛さは」

「わかりたくないな。確かに美味しいが」


 それから黙々と麺を啜り続け。


「ごちそうさま」


 と、並んで店を出る。このままさっさと帰るのもあれだから、駅まで見送ることにする。

 溶けそうな道。暑さにどこか、街中がくたびれているように見える。


「ところでよ」

「ん?」

「お前、彼女とか欲しいと思わないのか?」

「考えたこと無いな」

 唐突な問いを投げて来た飯田は、やれやれと笑って見せて。

「だろうな。でもよ。考えといて方が良いぜ。もし告られた時、相手をあんまり待たせるべきじゃないからな」

「……あぁ」

「何言ってるかわからねぇって顔だな」

「そうだな」

「相手を待たせるのは不誠実だろ」

「なんで俺が告られる前提なんだ?」

「告る方か?」

「そういう話ではない」

「俺は、割とすぐだと思うぜ」

「はぁ」

「くくくっ」

「お前はいたことあるのかよ。恋人」

「あぁ。あるぜ。大抵の科目はお前に負けるだろうが、こと恋愛なら俺の方が上手だ」

「そうかい」


 駅前に着いた。改札の向こうに向かって行く飯田を見送る。

 誰かを好きになって、誰かに思われて。

 誰にも見せたこと無い顔を見せてもらって。誰よりも密接に関わって密着して。

 その人にとっての一番の特別になって。自分にとっての一番の特別になって。

 疎まれることの方が多かった。見捨てられる事の方が多かった。だから一人でいた。一人で這い上がった。

 そんな俺が。


「先輩」

「お?」

「今、帰りですか?」

「お前も?」

「はい、今、バイト終わりです。恵理さんがもうすぐ来て、一緒に夕飯食べるんです。一緒にどうですか?」

「……たまには二人で行ってこい。俺はさっき、飯田とラーメン食ったし」

「そうですか。では、また明日」

「あぁ」


 一人で帰る道。何でだろう。俺は今、断わったことを少しだけ後悔している。無理してでも腹に押し込んででも一緒に食べる選択肢もあったんじゃないかと思っている。

 風がどこか物寂しくて。今からでもやっぱり行く、と言いたくなる。

 でも。それでも足を動かし続ける。家に向けて。

 一緒にいると決めても。それでも、一人でいる寂しさ。それを忘れてはいけない。そんな気がしたから。


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