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バイト先の毒舌後輩ちゃんの先輩改善計画。  作者: 神無桂花
真面目な後輩は少し不器用です。

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71/110

先輩、いつか来るその日まで。

 意識を取り戻した美玖を連れて俺と香澄はとりあえず駅前に来た。


「……なぁ、香澄」

「何でしょう」

「高校生って休日どこに行くものなんだ?」

「私にわかると思いますか?」

「そうだな。悪かった」

「そこで謝られてもなんか腹立ちますね」


 文明の利器たるスマホに頼ることにしよう。


「えっと、高校生、休日……ふーん。うーん。カラオケ? アミューズメントパーク? どれが良い?」

「どのようなことができるのです?」

「歌って踊るか、ビリヤードとかダーツとかするか」

「あ、お兄様とまた玉突きしたいです」

「じゃあ、行くか」

「はいっ!」

「……ふすぅ」

「ん?」


 香澄が変な息を漏らしている。


「どうした?」

「何でもないです。行く場所が決まったのであればさっさと行きましょう」

「お、おう」


 なんだ。少し前の、冷たかったころの香澄を思い出すぞ。最近柔らかかった分、温度差で風邪をひけるぞ。

 まぁ良い。良いのか。良くない気がする。どうなんだ。この場合、俺はどうするのが正しいんだ。

 悩んでいる間に目的地も付いて、さっさと受付もして。


「じゃあ、美玖、はい、ビリヤード、やるか」

「はい。では、ブレイクショットは誰に致しましょう」

「どうぞ。美玖さんが」

「良いんですか? では、早速」


 一球も落ちなかったけど、無難に玉が弾かれる。


「どうします?」

「香澄、良いぞ」

「やったことはありませんが、ルールは知っています。……自身がおありなんですね」

「まぁ」

「では」


 ビリヤードキューを構え、真剣な眼差しを手球に注ぐ。ルールはナインボール、香澄は一の的玉に当てなければいけない。とは言ってもそれは手球の目の前。最悪香澄はちょっと突いて転がして当てれば良いだけ。


「っ!」


 突き出したキューは、見事に空振り。玉の上を先端が勢いよく通り過ぎる。まぁ、セーフだ。


「……双葉さん、ちゃんと先の方を押さえないと」

「わ、わかりました」


 ここでアドバイスを素直に聞けるのが香澄の美徳だ。


「先端を、抑えて……」


 今度は慎重にキューを突き出して、しっかりと当てる。だが、身長になり過ぎたな、ころころ転がるも、本当に、当てただけ。大した威力は無い。


「むぅ。先輩の番です。随分自信ありげですが」

「まぁ見てろ」


 久々だが、キューを握れば感覚が戻ってくる。

 さて……。香澄の視線は訝し気というよりは純粋な興味だ。そんな目を向けられては、嫌でも結果を出したくなる。

 そんなわけで。


「流石です! お兄様」

「す、すごい」

「あぁ。存外覚えているものだな」


 懐かしい。スネークショットやらジャンプショットやらカーブショットやら練習していた時は、美玖がキャーキャー喜ぶものだから、散々練習したものだ。


「じゃあ、美玖、ほら……」

「お兄様、次はダーツ。ダーツをしましょう」

「えっ、えぇ……」


 手早く片付け美玖は俺と香澄の手を引き、受付からダーツの道具を借りてくる。

 そんな調子で、一日、美玖は他の思想であったが。


「いつも、こんな感じですか?」

「あぁ。こんな感じだ」


 少し前を上機嫌に歩く美玖を眺め、香澄は嘆息。


「殆ど自分は遊ばず。私と先輩が遊ぶのを見て喜ぶだけ、ですか」

「そうなんだよなぁ」

「先輩が促しても、そこまで積極的でなく、私たちを遊ばせたがっていた」

「人のためにあれ。人のためであることを喜びにすることなく、純粋に人のためであれ。『私』を滅せよ」

「なんですか、それ」

「美玖に施された教育方針、だよ」

「……なんですか、それ」


 同じ言葉でも、声に込められた感情が明らかに違うのがわかった。


「俺は優秀だった。圧倒的に。同年代の中でも。でも、美玖は普通の範囲に収まってしまうんだ。何事も。それに、女の子だ。あらゆる要素が、あの家に……有坂家に縛り付ける」


 結婚して旦那を喜ばせて、家で子どもを世話する。安泰な人生じゃない。そうしなさい。と言ってしまえるのがあの家だ。『そうしなさい』を削るだけでも幾分か違う。

 別に俺は、社会に出て自分の力で生きるばかりが幸せとは思わないし、家庭に入り家族のために尽くすのが正しいとも思わない。

 俺が気に入らないのは、美玖から意思を奪い、人生を操作しようとすることだ。

 美玖は今、俺のところにいる。予定が幾分か早まったが、チャンスは今、機会が目の前に転がって来た。どんなサイコロの巡り合わせだろうか。

 やるなら、今だ。あの家の手が、俺達のところに伸びてこない。いつ伸びてくるかわからない。今家に帰ったら既に迎えが来ているかもしれない。

 美しい家族、正しい家族。それに妄信的なまでに拘るあの家の魔の手が、伸びているかもしれない。


「……先輩の家って、何をしている家なのですか?」

「政治家」

「はぁ……」

「継ぐ気はないけどな。俺にリーダーは向いてないよ」

「そう、ですか」

「お兄様」

「ん?」

「今日は楽しかったです」

「あぁ。でもまだ、夕飯……」


 その時気づいた。あぁ、時間切れだって。


「またお会いできる日を、楽しみにしています」


 気がつけば囲まれていた。スカートの裾を掴み、優雅にお辞儀した美玖。それをエスコートする黒服の男たち。そいつらは俺にも恭しくお辞儀して車に乗り込んでいく。

 俺はまだ、あの家での権力は多少残っているんだと実感した。その気になれば後を継げる人間だから。俺にはその実力はある。

 車を見送る。

 美玖……俺は、絶対に……。

 



 先輩の横顔を眺めていた。初めてだった、あそこまで悔し気な先輩を、初めて見た。

 自分の実力が届かないことを認められる人だと思っていたけど。今回は違う。それだけ本気だと実感させられる。だから。


「先輩!」

「ん?」

「その……その時が来たら、私も、手伝いますから」

「……あぁ、ありがとう」


 いつ来るかもわからないその時まで、一緒にいることを約束してしまうんだ。


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