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バイト先の毒舌後輩ちゃんの先輩改善計画。  作者: 神無桂花
真面目な後輩は少し不器用です。

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お兄様、家出してきました!

 買い物袋を机に置き、ソファーの上で居住まいを正している妹、美玖に目を向ける。

 何年振りだろうか、高校に入学してからは会ってない。二年振りか、そうなると。


「んで、家出ってなんだ?」

「家出は家出ですよ、お兄様」

「……はぁ」


 料理は香澄ほど得意ではないし、恵理ほど手慣れてないが、全くできないわけではない。

 この妹が来たということは。ということで俺は急遽バイト先であるスーパーおーうめから大慌てで食材を予算が許す限りでかき集めて来た。

 この妹にインスタント系や冷食を食べさせるわけにはいかないのだ。


「とりあえず晩飯作るから待ってろ」

「御心配には及びません。自分の食べるものくらい、作って見せますとも」

「なんだと」

「お兄様の分も作ります」

「いや待て」

「これでも花嫁修業はしているのです」

「いや……」


 張り切って包丁を握る美玖。


「おい」

「あら? 食器が、三人分。誰かお泊りしていたのですか?」


 しまった、朝食に使った食器、乾かすために置いてたやつ、そのままだ。いや、だから何だ。何がマズいんだ。何がマズい……知られたらマズいこと。


「友達が来てたんだよ」


 嘘は言ってない。嘘は吐かなくて済むなら吐かないに限る。吐くとしても真実に少し混ぜるか、伝える情報を減らすか。やりようはいくらでもあるものだ。今回は女子が来ていた部分を敢えて言わない。


「なるほど。では、いざ」

「おいっ」


 空気を切り裂く音。サクッと軽やかな音。


「あらら?」


 キャベツに、包丁が、突き刺さってる。なんか先端からキャベツに刃の半ばまで入ってしまっている。


「……なぜそうなる」

「おかしいですね。見た通りにやったのですけど」

「見た通りにやってそうなるのか……いや、まさか。花嫁修業って」

「料理人さんの実演を見て勉強させてもらってます」


 座学だけかよ。


「はぁ、こうだ」


 全く。

 とりあえずキャベツを半分に切って、半分渡す。


「食材を抑える手は丸める。よく言う猫の手だ。指をうっかり切らないように。中心に向かって切るイメージだ」

「なるほど」

「押して切るな、引くように切るんだ」

「わかりました」


 やって見せ、その通りに美玖は包丁を振るう。遅いながらもちゃんと見せた通りにできている。そう。ちゃんと教えればできるやつなんだ。美玖は。

 はぁ。

 何が花嫁修業だ。ちゃんと実際にやらせて身体で覚えさせず、教える気あるのかよ。相変わらずか。あの家は。


「流石お兄様、わかりやすいです」


 向けられる笑顔は直視しない。できない。

 逃げ出した俺の、罪の象徴。

 あの家の、母親の寵愛を俺は全て、美玖に押し付けた。押し付けて俺は、逃げ出した。


「なんで、家出したんだ?」

「お母様がお兄様を悪く言ったからですわ。訂正を求めてもしなかったので。旅行に持って行く予定だった荷物を持って家を出ましたの」

「ふぅん」


 フライパンに火をつける。サラダとオムライスで良いか。

 まずはチキンライス。フライパンにバターを敷いて弱火で熱して、バターが溶けたら刻んだ鶏肉と玉ねぎを炒める。鶏肉の色が変わり、玉ねぎが透き通ったら塩コショウ。そして火を少し強くしてご飯を加える。ご飯はあらかじめ温めておくとパラパラになりやすい。

 木べらで切るように炒め、ご飯がパラパラになったらトマトケチャップ。満遍なく上下を返すように混ぜ、ケチャップが全体に馴染んだら火を止めて取り出す。

 あ? 調味料の量がわからん? 考えたことが無い。これくらい入れたら丁度良いだろのスタイルだ。俺は。食材の声を聞け。


「いや……一人分でケチャップは大さじ4くらいか。塩コショウは少々で良い」

「はい!」


 こんな姿勢だから、多分香澄の方が美味いんだろうな。香澄は真面目だからな。料理のサイトや本をしっかり読み込むタイプだろ。優秀な先生も傍にいるようだし。恵理もちゃんと味見して調整するタイプだったし。

 次は卵だ。

 卵は一人分で2個。ザルでこした卵をかき混ぜ過ぎないように白身を切るようにかき混ぜて、塩コショウを振り、それから熱したフライパンに油とバターを敷いて、卵を三分の二流し込む。

 フライパン全体に広がり、半熟状になったら火を止めて、卵の中心よりも若干手前にチキンライスを乗せる。横長に、ラグビーボールのような形を意識すると良い。

 卵をそっとチキンライスに被せて、それからひっくり返し、残った三分の一の卵をオムライスの下に流し込むように入れて、それが半熟状になったら完成だ。


「手早いですね」

「料理は手早くだ。もたもたしてたら焦げるし冷める。良いことが無い。

「勉強になります」

「やってみるか」

「はい!」


 ……いつもこうだ。

 俺が、いつも、美玖にちゃんと教えている。

 過保護だ。外界のあらゆる刺激から守るかのように、母親の寵愛が常に美玖の周りをカーテンのように包み込んでいる。


「……良い機会なのかもな」

「えっ?」

「何でもない」


 中学2年、来年には受験生で、それを経て高校生になる。

 良い機会だ。美玖には幸い、学ぶ意思がある。だから。

 自分の足で、歩けるように。


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