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バイト先の毒舌後輩ちゃんの先輩改善計画。  作者: 神無桂花
真面目な後輩は素直になれません。

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67/110

先輩、傍にいても良いのですか?

 決着は着けねばなるまい。

 夏休み中、現在抱えて居る課題の中でも最後のもの。


「なぁ、飯田」

「お? あの案なら生徒会はもう突破して、お盆に入る前に職員会議にかけられる予定だぞ」

「あぁ、それは……サンキュー」


 流石に男手一人なのは不安だから、一か八か飯田に連絡して見たら、来てくれた。


「ん? 要件違ったか?」

「あぁ。いや」


 俺の煮え切らない態度に、飯田は首を傾げて。


「なんだ? あれか、双葉ちゃん関連か」

「まぁ、そんなところだ」 


 少し前をきゃいきゃいと泳ぐ二人。香澄の乗る浮き輪を、恵理が押している。

 流れるプールをただ流されるだけなのだが、屋内プールは非常賑やかで。


「告白するしない、じゃなさそうだな」

「しないよ。そういうのじゃないし」

「じゃあなんだ?」

「言葉に難しい考えを伝えるには?」

「やっぱり告白か?」

「違うぞ」

「よくわからん」

「俺もわからん」

「珍しいな」

「人と人の関わりが専門外でな」

「お前、就活したら面接で落ちるタイプだな」

「かもな」


 飯田はざぶんとしぶきを上げて潜りすぐに上がって。


「お前一回、何も考えずに双葉ちゃんと話してみろよ」

「何も考えずに?」

「おう。とりあえず、水着を褒めるところからよ」

「……なにも、かんがえ、ずに?」

「なぜそこでバグる」

「二十四時間三百六十五日、寝てる時でも思考している人間に、思考を止めろと」

「お前はもう少し自分の脳みそ労われ」

「そうですよ。とりあえず手始めに、あたしの水着の感想をください」

「あ? あー……」


 恵理の水着、白いビキニ。恵理は小柄、どうしても恵理と話すと見下ろす形になってしまう。だから……そこからは目を逸らして。いつもふわふわとした印象のあちこち跳ねた水に濡れて潰れている。いやはやしかし、どんなチートだ。お腹もキュッと締まってるし。笑顔と肌の白さが眩しいし。


「あー」

「言ってみてくださいよー」

「……似合ってるよ。とても」

「ふふん。あーりがとーございます。センパイ」

「ん?」

「大事だと思うなら、大切にしなきゃ、ですよ。今思い出したことなんですけど」

「お、おう」

「ではでは本番、どうぞ」


 こちらを待つために立ち止まっていた香澄に追いつく。

 本番、本番ね。

 恵理と対照的な黒い水着。 

 ……きれいだ。

 その一言が喉から出かかって、けど結局飲み込んで。

 均整の取れた美しさというのだろうか。華奢ながらも決して貧相という印象は感じさせない、慎ましいと言うべきだ。張りのある白い肌に水滴がついてどこか輝いて見える。幻想的だ。次の瞬間、陽炎の向こうに消えてしまいそうな。

 真っ直ぐに伸びてくる細い腕が、呼び先が、キュッと俺の手を掴んで。

 真夏の妖精が、どこかに導こうとしているような。


「先輩」

「ん?」

「あれ、やってみたいのですが」


 なんか、凄くおかしなことを考えていたような気がする。

 香澄が手で指し示す先、二人乗りの浮き輪で長い滑り台を下るアクティビティ。ウォータースライダー。


「あぁ、俺とで良いのか?」

「男女で滑っている人が多いと感じたので、そういうものかと」

「あぁ。まぁ、カップルで滑る奴も多いだろうよ」

「カップル……あっ。いえ、確かに先輩とはそういう関係ではありませんが。やはりこう、一度提案してしまった以上、私としては、先輩がよろしければ、一緒に滑るべきとは思います」

「あぁ、じゃあ行くか」


 ちらりと恵理を見ると、ひらひらと手を振って、飯田の方にぴょんと近寄った。

 プールから上がり、よたよたと歩いてくる香澄。


「どした?」

「あー。その……あ、いえ」

「ん?」

「先輩、ずっと悩んでいるように見えるので」

「ふぅん。まぁ。うん」


 しばらく、俺達は静かに陽光に照らされた。

 炎天下、周りの音ばかりが響いて。どうしたら良いのだろう。茹でりそうな頭を回して、何も考えるなという言葉を思い出して。

 ……まずは水着を褒めろ、だったか?


「あー、香澄がきれいで、なんて言ったら良いかわからなかったんだ」

「ほわっ」

「なんだよ、変な声出して」

「だ、出させたの先輩じゃないですか! きゅ、急に、きれいとか。変なこと」

「変なことだと。事実しか言ってない」

「じ、事実、しか?」

「黒似合ってるなとか、かわいいなとか、肌白いなとか、手足とか、スラっとしててきれいだとか、きゅってお腹締まっててなんか良いなとか」

「あーあーあーストップです先輩、行列で並びながら何言っているんですか。本当。少し黙ってください」

「……すまん」

「全くもう」


 本当、何言ってるんだ。これだから、何も考えないのは嫌いなんだ。

 周りからクスクスと笑う声とか、微笑ましそうな視線とか、なんか突き刺さるような視線も感じる。

 条件反射で全部話すと、ろくなことが無い。

 気がつけば一番上、ウォータースライダーの入り口がある階層。


「……でも、少し、嬉しかったです」

「……なぁ、香澄。黙ってくれと言われた直後だけどさ」


 目の前の一組が、浮き輪に乗って押し出された。

 係員さんが、俺達を誘導するする。


「……どっちが良い?」

「私、前で良いですか?」

「あぁ」


 じゃあ、俺が浮き輪の後ろに座るのか。

 黒く大きな浮き輪。二つ穴があって。


「では、いってらっしゃーい」


 という言葉に、押し出される。

 筒の中を、塩素の香りを感じながら、一気に滑る。


「先輩、さっき、何を言いかけたんですか?」

「今聞くかそれ!」

「気になったんですよ!」

「……俺は!」


 浮き輪が揺れる。ひっくり返りそうなくらい傾いたり、ちゃんと掴まってないと落ちてしまいそうで。

 香澄が、こっちに振り返ったのが見えた。

 出口が見える。それが、回答までの時間制限、その終わりのようで。


「俺は……香澄が、大事で」


 だから。

 恵理を見ていたら、自分の選ぼうとしていたことの愚かさに、気づいたんだ。

 大事なら、簡単に手放そうとしちゃ、ダメなんだ。

 恵理が感じていたのは痛みだ。大切な存在を、手放さなきゃいけない、そんな痛み。ずっとそれに襲われてきたんだ。

 大事なら、大切にしなきゃ、だめ、か。


「香澄!」

「はい!」

「傍に、いて、くれ!」


 言い切ったのと同時に、浮き輪は派手に水面を滑った。巻き起こる水飛沫。浅瀬に浮き輪が乗り上げて。


「い、いま」

「なんだよ」

「傍に……良いの、ですか?」

「傍にいた方が、守りやすいだろ、俺が。俺はその手の奴らがどんな手口を好むかよく知ってるからな」

「そ、そう、ですね。へへっ」

「悪かった。突き放すようなこと言ったこと」

「先輩、これからも、よろしくお願いしますね」

「お二人さーん、早くこっち来ないと、次きちゃいますよ」

「あ、恵理さん」

「良かったですよ。コーセイ君の悩んでたこと、解消したようで」

「ありがとな」

「いえいえ、考え過ぎるところも、昔っから変わってませんね」

「おーい、三人とも―、場所取れたから飯食おうぜー」

「あぁ、今行く」

 



 「じゃあ、また。飯田、ありがとな。今日は」

「楽しかったから良し」


 飯田は駅の中へ。香澄と恵理は、香澄のマンションへ。俺は、逆方向へ。

 心地の良い疲れ。今日はよく眠れそうだ。

 アパートの前。人影が一つ。住人では無いのはわかる。白のロングスカートに、白い唾の広い帽子。トランクケースを引きずっている。


「ん?」


 その人影が、こちらに向いた。その顔。


「お兄様!」

「ん、なっ……美玖」

「会いたかったです。お兄様!」


 長い黒髪が揺れる、夏の夕方の涼しい風に。

 ぴょんと抱き着いてくるのは、香澄とほぼ同じ背。だけど想像したよりもずっと軽い衝撃。


「お兄様! 本当に。ご壮健のようで。美玖、嬉しいです」

「どうして、ここに」

「家出です!」

「は?」


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