先輩の論戦。
「それで、何の用事で学校に行かれるのですか? この間話していた飯田先輩との話なのはわかるのですけど」
「部活連ってわかるか?」
「部長会のことですよね」
「そう。あー、いや、まぁ部活連の上位組織が部長会。ってのは置いといて。そこの奴らに交渉しに行く」
「……マジですか」
うちの学校……私立光道学園は偏差値が高い。
だが、部活も優秀だ。全国大会出場とか優勝とか、そういう話に事欠かない。
成績優秀者と部活動で名を馳せている人。この学校には二つの頂点があると言っても良い。片方の玉座は先輩が現在占有している。恐らくこのままいけば先輩に生徒会長立候補の話が行くだろう。立候補は自由だが、成績優秀者に立候補しないかという話が行くのは慣例のようなものらしい。
なんで今こんなことを思い返しているのか。
生徒会と部長会は、どうにも折り合いが悪いのだ。理由は予算に関連するもの。
部長会は部活関連の予算案を決める権利を生徒会から譲るよう、再三要求しているが毎回拒否されているという。だから生徒会から部活連に要求が行っても基本的に突っぱねられる。
さて、そんなところに、生徒会長候補になるかもしれない先輩が提案を持って行くとなれば。
「だ、大丈夫なんですか?」
「そのための飯田だよ。それに、俺は生徒会長になる気は無いし」
「えっ、どうしてです?」
「向いてないだろ、どう考えても」
「そ、そうでしょうか」
「俺じゃなくてもっとなるべき奴、いるだろ」
「はぁ」
まぁそんな事情を知らない部長会の人達は自分たちの陣地に殴り込みに来ると予告されている気分だろう。
「提案の内容、聞いても?」
「これだ」
先輩が取り出した、ホチキス止めされた冊子。その内容。
「……私も、頑張ります」
ちらりと見上げた先にある中規模のマンション。十階建て。学校にとても近い。
雰囲気もどこか住みやすそうな印象がある。
「良いんだな?」
「恵理さんの性格上、うちにいろと言っても、自分を追い詰めるだけでしょう」
「そうだな」
特に合図したわけではない。でも、同時に一歩踏み出した。
会議室にずらっと並んだ各部の部長たち。議長席に座っているのは飯田先輩。夏休みを期に部長を引き継いだようだ。一つ開けて座るのは女子新体操部の部長だったかな……。
その二人に挟まれて座っているのは部活連代表兼部長会会長の野球部の部長さん。
「失礼します」
「失礼します」
一礼して入った先輩に習って私は一歩後ろをついて歩く。
一斉に向けられた視線の圧……そっか、私も一応、再来年の生徒会候補になるかもしれない人だった。
「今回は参加を許していただき感謝いたします」
「礼儀正しいのは結構だが、俺達は一応同い年で同じ学校に所属する者だ、堅苦しいのはやりづらいから無しで頼む」
「わかった」
練習を抜け出してきたのか、道着袴から察するに剣道部の部長だろう。その人の言葉を受けて雰囲気が少しだけ緩まった。
「議案書は読んでもらった、ということで良いか?」
全員がそれに頷いたのを確認し、先輩は。
「では、早速。口頭での説明に移らせてもらいます」
俺は用意してもらったホワイトボードにペンを構える。
「あ、書記は、私が」
「じゃあ、頼む」
「はい」
香澄にペンを渡し、改めて、部長会のメンバーと向き直る。飯田がニッと笑ったのが見えた。
三年生はいない、どの部も引き継ぎが完了しているようだ。
部活連に飯田の協力のもと提出した議案書。その内容は、スポーツ推薦枠用に格安で提供しているマンションに、恵理が住むことについてだ。理事長は言った、例外を認めるためには大多数が賛成するルールが必要だと。
ならまずは、一番影響受けるであろう部活連、その代表の集まりである部長会を納得させる必要がある。
「親が急遽し、住む家を失い、天涯孤独となった生徒のためのセーフティーネットとして、俺はこの案を提案する」
「意見がある人は挙手で発言をお願いします」
飯田が言うと、まず手が上がったのは野球部部長、桐生。エースピッチャーでもある。今年は決勝で敗退し出場を逃したが、来年は甲子園で活躍し、恐らくドラフトにも行くだろうと言われている有望株。
「一つ。大変な状況であることは理解するが、我々が使わせてもらっているマンションは、中学時代活躍し、これからも活躍するであろうと認められたことで手に入れた権利だ。君達はそれを差し出せ、と言っている。と理解しているか?」
「なっ、恵理さんは!」
「香澄。落ち着け」
「ですが」
「こちらにも事情があるように向こうにも事情がある。それを聞くために今回俺は参加させてくれと頼んだんだ」
「……わかりました」
「すまない。続けてくれ」
桐生は頷き。
「俺達が提供してもらっているマンションは、朝練や夜遅くまでの練習に対応できるよう、学校の近くにある。近くの食堂で使える割引券ももらえ、さらに近くにはスーパーもある好立地だ。この学校に通うための物件として、これ以上の条件は無いだろう」
「あぁ」
「スポーツ推薦枠としてこの学校に来ている人間が背負っている期待の一つだ。それを突然一部屋提供してくれと言われて、はいどうぞと納得できる生徒もいるにはいるだろう。この中にも。だが、そういう生徒ばかりではない。中にはスポーツ推薦枠であること、その待遇に誇りを持っている生徒もいる」
「あぁ。だからこそ、こうして話しに来た。そういうことだろ、例外を認めてもらうこと、ルールを変えることというのは」
「そうか。ならもう一つ問題点だ。新入生は来年も当然来る。君達が今問題にしている子は一年生。あと二年は住むことになある。今後もそう言った事案がある可能性は低いとはいえ決して、ゼロではないだろう、今回のようなパターンでなくても、火災や天災。だが、それらを受け入れた際、新入生のための部屋が足りなくなるケースもあり得るだろう。どう解決する」
「優先すべきは当然、推薦入学の生徒だろう。だが、追い出す選択肢はあるのか? 君たちに」
「感情論に訴えかけても無駄だぞ」
「あぁ。君達には無駄だろうが、世の中はそうはいかない。私立の学園は評判の重要度が他の公立の学校の非ではない。卒業生や保護者からの多額の寄付でこの学校は成り立っている。君達が利用しているマンションもそうだ。客観的に見ろ。新入生のために天涯孤独の生徒を追い出す。これがどういう風に世間は捉えるか」
「……問いの答えになってないぞ。論点のすり替えだ」
「焦るなよ」
先輩は不敵に笑う。
お互い、無視できないカードの展開を終えた。そして今、先輩は先手を取った。いや、先手を譲らせた。有利な論陣を展開し、相手に焦りとイラつきを起こさせた。
議論におけるバッドマナーを敢えて行うことで、指摘せざるを得ない状況を作り出し、指摘させた。今、ボールはこちらにある。
「さて、では、問いに答えよう。新入生のために用意できる部屋が足りなくなるのではないか、というものだな。だがまぁ、ある程度予測できるものだろう、新入生の数などというものは」
「それは、そうだが」
「それに、毎年大きく変動するものでもない。そして、現状推薦枠用のマンションの部屋数の中で、来年このままいけば卒業するであろう三年生が抜けることで空く部屋、ここ十年のスポーツ推薦で入学している生徒の中の県外から来る生徒の割合、それらを総合的に判断した結果、部屋が足りなくなる、という可能性は考えにくいと判断した、詳しい話は俺が提出した議案書の三ページを見てくれ」
部活でもそこそこ強豪と言っても、スポーツ推薦で入学してくるのはせいぜい五十名程度、その中で県外から来るのは毎年二十から三十の間で収まる。百三十戸あるあのマンションなら余裕があると言える。
「……合宿や大会。練習試合などで忙しくする生徒が多い中、部活動に所属しない生徒がマンションを利用することに対して、不満が溜まるケースが考えられます」
部長会女子代表、新体操部の七草さんの反論。俺はその目を真っ直ぐに見据える。
「そうだな、それはあり得るだろう。ところであのマンションの近くの定食屋、部活連の間の持ち回りで長期休みの間、手伝いを担当していなかったか? 利用率が増えるため、足りない人員を補うために」
「そ、それは」
「条件としてそれを担当してもらうというものがある。スポーツ推薦枠の伝統として続けるという選択もあるだろうが、その場合でもこれまでより君達のスケジュール管理も楽になるだろう。例えば担当の子が休みの時だけ入る、とかな。そうすれば不満も多少はマシになるだろ」
「っ……」
先輩はいわば横綱相撲だ。からめ手を使わず、相手の主張を真っ直ぐに受け止め、それを真正面から叩き潰していく。
「まだ反論はあるか」
先輩の言葉に上がる手はない。出尽くしたし、議論に参加していない部長たちも先輩が提案した議案書を読み終え、俯いた。
準備の差だ。元々、生徒会が嫌いだ! スポーツ推薦枠の特権だ! つまりは、感情論で反対だと声高に言い難い内容。下調べに基づいた代替え案の数々。
先輩と飯田先輩が目を合わせ頷き合う。
「では、意見も出尽くしたようなので、採決に移ります。有坂晃成君の提案に反対の物は挙手。……反対ゼロ。よって、提案は可決。提案者は退出してください」
並んで一礼、会議室を出る。
これで、部長会の判を押し、生徒会に提出される。生徒会で可決されれば、生徒会、部活連の連名で理事長に提案、教職員会議に委ねられる。否決された場合は休み明け、生徒総会にて改めて提案する。そこで可決された場合、改めて教職員会議で再検討される。
だがまぁ、今回は事が事だ。
生徒会の方にコネは無いが。部活連嫌いの生徒会に、自分で自分の首を絞めるような案を提出、しかも否決しにくい案だ。
俺達の勝ちだ。




