先輩、直談判です!
正直、カスミちゃんの家は快適だ。それに、楽しい。
「どやぁ」
「おー」
コンロの火を止めてささっと盛り付け。温玉うどんだ。
「夜食はやっぱりうどんか焼きおにぎりだね。罪悪感係数を上げていくとカップ麺とかポテチとか出てくるけど」
「そ、それは流石に、怖いです」
「あは。カスミちゃんなら多少は大丈夫だと思うけどね」
「その油断が危険なんですよ。恵理さんのように良い感じにつけば良いのですが」
うどんをちゅるちゅると啜る音だけが響く。
うん。良い感じ。
「冷凍うどんって、電子レンジで温めるだけでも良いものなんですね。知らなかったです」
「それが一番良いコシになるのです!」
「便利ですねぇ」
温玉っぽい何かも良い感じだ。半熟ぅ。お玉の上に卵を落とし、お玉越しにお湯で温めるのだ。
「優しい味がします」
「嬉しい評価だね」
「恵理さんの人柄がにじみ出てます」
「そうかな。だったらもうちょっと、濁った味になりそうだけど」
「いいえ。恵理さんはまぁ……明るくて、誰とでも仲良くなる。計算尽くなのは否めませんが」
「よ、容赦ないね」
「それでも、恵理さんはそれを悪用しないじゃないですか」
「まぁ、悪用してもね。悪用してきた人を、見ていたわけだし。あたしはただ、あたしの周りが平和で、賑やかであれば良い。そう思ってた。いつか失うものだから、せめてそれまで、楽しくあれば良い。別れの辛さは変わらないから。だから、思い出をできるだけ、抱えて行けるように」
気がつくと、祈るように手を組んでいて、その上から包み込む手があって。
「恵理さん」
「んー?」
「私は、ずっと友達ですから、どこに行っても、何があっても。ずっと」
ずっとなんて無い。そう言おうと思った。けれど、どうなんだろう。
あたしの中の今までから続くこれからが、変わっていく。
確定していた結末が、変わっていく。
小学生の頃のセンパイが、コーセイ君が実現しようとした方向に。
あたしの中の諦めが薄れていく。もしかしたら。
「うん。あたしも。カスミちゃんと、友達でいたい」
許されたのなら。
許されるのなら。
「ずっと」
ここにいて良いのなら。
どこに行っても、繋がれるのなら。
何も捨てずに、振り払わずに。
「……先輩とは、小学生時代、どのような感じで?」
「そうだねー。センパイはね……コーセイ君はね、変わらないよ。いつだって、頭良くて、何でもできて、お兄ちゃん気質なの。自信満々なのに自省的で。冷たいように見せかけて、誰かを放っておくこともできない人」
「はぁ」
「何だったかなぁ。きっかけ」
思い出してみる。
「児童館ってあったじゃん」
「うん」
「そこで出会ったの。ずっと本読んでる人だった。一人でむすっとした顔で。だから話しかけたの」
「すごっ」
『だから』の論理的繋がりが全然わからない。一人でいるから話しかける?
……でも、そっか。もしも恵理さんを普通とするなら、私は人間関係に対して、臆病なんだ。
「それから毎日話しかけてね。コーセイ君の話が聞きたいって思ったから。鬱陶しそうにしていた。そしたら少しずつ、言葉を返してくれるようになって。誘った遊びに参加してくれるようになったの」
「へ、へぇ……それで、どうして、恵理さん」
「あー。あの時のあたし、言っちゃったの。遠くに行きたくないって。そしたらコーセイ君。『何とかしてやる』って、色んな大人に掛け合って。でも、どうにもならなかった」
「それは……」
そうだ。親子の関係は、法律ですら簡単に介入できない世界。
一人の子どもが、どうにかできる話じゃない。
「まぁ、そんなこと、今はどうでも良いんだ。カスミちゃん、真っ直ぐに行ってみよ。コーセイ君だって、カスミちゃんのこと好いてるほうじゃん。だから、真っ直ぐにだよ。真っ直ぐに、あなたの気持ちを聞かせて欲しい。そんな思いを込めて、ぶつかるんだ。そうすればきっと、ぶつかってきてくれる」
「……もっと真っ直ぐ。真っ直ぐに」
先輩にぶつかってもらうために。
「そういえば、センパイ、明日学校行くって」
「えっ?」
そんな話……あっ。
飯田先輩に、頼んでいたこと。内容はわからないけど、それ関連。
「……また、私に、何も相談せず……」
「おっ、メラメラしてる。ファイト、だよ」
「はい」
「直談判です!」
「……あぁ、おはよう」
朝、ゼリー飲料を加えながら準備していると、呼び鈴が鳴って、その主は香澄だった。
「おはようございます。しかしながら先輩、今日はどのような用事で学校へ?」
「あぁ……制服って、ついてくる気かよ」
「恵理さんに関わることでしょう」
「そうだけどさ。っと。はい、有坂です」
スマホが震えた。待っていた着信だ。
『おはようございます。有坂さん。昨日はメールを返信できず申し訳ありません。今、大丈夫ですか?』
「えぇ。問題ありません」
電話の主は朝野弁護士。今からやることが場合によっては何か問題になるか、確認したかったのだ。
『提案に関しては何も問題はありません。むしろその通りになってくれれば、私の方での手続きの手間も減るので、ありがたいです』
「そうですか」
『ところで。有坂さんは、今回、恵理さんのために色々動いているとお聞きしました』
「何もできなかったですけど。そうですね」
『何も、ですか?』
「えぇ」
『それは少し違いますよ。あなたの功績が無ければ、私のところまで辿り着けませんから』
「どういう意味ですか」
『あなたと双葉さんですよ、南さんに、抗うという選択肢を与えたのは。立派なことです』
「そんなこと……」
『あります。人にはできること、できないことがあります。あなたはまだ高校生、大人を動かすには、声を上げることが主な手段です。大きな声を。助けを求める声を。それをあなた達の先生が受け取り、私に届けた。だから私は専門家として南さんの助力に動けた』
「そう、ですか」
『えぇ。それでも不満足であるというのなら、自分ができること。自分の手が届くことを確実に成功させてください。それが、あなたがあなた自身を納得させられる。唯一の方法です』
自分自身を、納得。
そっか。
香澄も、恵理も、俺のテストの点数のために動いたの。
やっと、理解できた気がする。
「自分にできること、ですか」
『はい、全部を自分で解決できるのならば、それが一番手間はかからないのでしょう。でもそれよりも一番に目指すべきは、あなたが助けたい人がちゃんと助かることでしょう』
雷に打たれるとは、こういうことなのだろう。頭の中にかかっていた靄が一気に晴れていく。そんな気がする。
「そう、でしたね」
俺の拘りなんて、二の次だ。一番は、その通りだ。
「わかりました。俺ができることをしてきます。ありがとうございます。朝野さん」
「吉報を期待してますよ」
やっぱりこの人、良い人だ。
こういう大人に、早めに出会っておきたかったな。




