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バイト先の毒舌後輩ちゃんの先輩改善計画。  作者: 神無桂花
真面目な後輩は素直になれません。

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センパイは、天才です。

 三日ほど経った。

 恵理に親戚はいない。恵理の弁護士になってくれた人が、必要な手続きを代行してくれた。火葬を済ませてすぐに納骨した。特に法要は行わない。これで終わりだ。

 その過程で少しだけ、弁護士の人に挨拶できた。


「恵理の先輩の、有坂晃成です」

「お初にお目にかかります。南恵理さんの担当弁護士を務めさせていただいております。朝野陽菜です」


 一切の感情を感じさせないその人だが、どうしてか優しい人なのはわかった。伝わって来た、醸し出す雰囲気が確信させた。


「その、恵理の様子は」

「落ち着いています。現実として受け止められていないようにも見えますが」

「そうですか」

「傍にいてあげてください。自暴自棄になって意図しない発言をすることもあるとは思いますが、それでも、傍にいてあげてください」

「わかりました」


 俺は、守ると、決めたから。

 

 


 「恵理」

「あっ、センパイ、お疲れ様です」


 バイト先の休憩室に、恵理はいた、今日は早めの出勤らしい。俺は学校に行ってから来たから少し遅めだ。


「いやー、色々落ちついちゃって、急に虚無感と言いますか。少しだけ拍子抜けですよ。ところでセンパイ、プールとかいつ行きます? お出かけもしたいですし。夏休みはまだまだこれからですからね。あは」

「プールか……良いな、行くか」

「はいっ」


 その日は香澄は休み。

 恵理はいつも通り働いている。

 俺の中のモヤモヤしたものは何だろう。喉の奥に魚の小骨が引っ掛かったようなもどかしさ。

 恵理の母親の遺書が見つかり、その中に今までやって来たことへの告白と、協力者への告発の内容があり、それを元に警察が捜査したところ、恵理の母親の金を持ち逃げした男が見つかったらしい。

 でもまだ。そう。

 例えば。

 そう。まだ終わっていない。こうなった以上、確実に追い払わなければならない存在もいる。

 スーパーの入り口、客が買い物したものを入れて持ち帰るためのサービスの段ボールを補充していたところに、予想した通り現れた。


「……やっぱり来たか」

「あ? あぁ、あん時のあんちゃんか」

「あんたを探していた」

「こっちはあんちゃんには用は無いんだけどな」

「債務者本人から金が回収できなかったとなればまぁ、こっちに来るよなと思っていた」

「当然だ。子には親を扶養する義務があるからな」

「その解釈は間違いです!」


 鋭く飛び込んできた声は男の背後、スーパーの入り口からつかつかとこちらに歩いてくる少女のもの。白いロングスカートを揺らし、堂々とした足取りでおっさんの眼前に立ち、鋭く睨みつけ。


「民法877条一項に定められている扶養する義務とは、当事者間のみ成立し、第三者がそれを根拠に借金の肩代わりを求めることはできません。あなたの請求は貸金業法21条一項七号に基づき、不当であると主張します。さらに、職場への取り立ても、原則禁止の筈です」

「なぁあんたら、俺らを舐めてんじゃねぇぞ。俺らが本気出せばよぉ」

「恐喝罪も追加したいですか?」

「チッ。だがよ、あいつは死んだんだろなら、娘であるあいつが」

「おっさん。恵理は財産を相続放棄の手続きを始めている。受理されれば返済義務も無くなる」 


 そこまで言うと、おっさんは舌打ちしながら店を出ていく。

 本来の予定なら、こいつに協力を持ち掛け、母親の行方を追う筈だった。


「来なくて良いと言ったはずだが」

「友達の危機に馳せ参じないような恥知らずになったつもりはないですから」


 香澄の後ろから、警棒の柄を握りしめる松江さんも出てくる。


「シフトの終わりごろに、お迎えに上がります。一応、まだ警戒はした方がよろしいでしょう」

「ありがとうございます。恵理をお願いします。香澄も」

「お任せを」


 仕事終わり、恵理と二人で店を出た。


「センパイ、カスミちゃんと、追い払ってくれたんですよね」

「あぁ」

「ありがとうございます」

「……今回、俺は大したこと、出来てない」


 無力だった。所詮、俺も子どもだと思い知らされた。


「でも、センパイとカスミちゃんがいなかったら、挫けてましたよ。今頃どこかに身売りですかね。あは」

「させねぇよ。……あの時とは、違う結末を目指して、辿り着けた。それだけは嬉しい」

「あはぁ……思い、出したんですね」

「あぁ。忘れたことは無かった。目を、逸らしてたんだ。いや、恵理があの子だなんて、名前が同じ別人だと思っていた」

「まぁ、お互い、成長しましたよね」


 そう言ってぴょんと跳ねて見せる。……そこを強調するな。揺れることで存在感を強調するそれから目を逸らし。

 松江さんはどこで恵理を待っているんだろう。


「今も昔も、俺はまだ、青いんだ」


 あの時、俺は、恵理の転校を、止められなかった。いや、何もできなかった。

 今回は結果的に良い結末を迎えられた。でも。あの時と変わらない。

 俺はまた、無力だと実感させられている。


「君は、帰って来て見せた。また俺の前に現れてくれた。君は、凄いよ。だから……」


 俺は本当に、頭が良いだけだ。


「センパイは、天才です」


 呟かれるように零された言葉は、確かな響きになって俺の言葉を封じた。


「天才は、失敗するものです。挑戦するからです。挑戦に、失敗はつきものじゃないですか」

「だけど」

「失敗を嫌う。失敗しないことを誇る。確かに失敗しないのはすごいです。けれど、挑戦するのも、凄いです。良いじゃないですか、センパイ、今回何もできなかったと思うなら、まだまだセンパイには進化の余地があるということですよ」

「ポジティブだな」

「みんな失敗を嫌い過ぎてるんですよ。失敗したらすぐにその責任を誰かに押し付けて切り捨てて蓋をしたがる。良くないですよねぇ。センパイの物事に対する姿勢も疲れそうですけど、頭良いわりに面倒くさい向き合い方しますよねぇ。基本的に要領良いのに」

「そうか?」

「母が言っていたことなんですけど、手っ取り早く楽な生き方をする方法って、センパイはわかります?」

「んー?」


 楽な生き方……幸せな生き方じゃなくて、か。

 楽な……。


「思いつかないな」

「答えに辿り着くプロのセンパイでも難しいですか……あれですよ。自己中心的になることです。自分さえよければいい。そんな精神で生きることです」

「あぁ……なるほど」

「誰に何を言われようと、誰に不都合が起きようと、気にしないことなんです。センパイとカスミちゃん、苦労しそうな生き方してるなぁって思いました」

「無理だな。俺には。諦めるのが下手なんだ」


 その言葉に恵理は、ニッと笑って見せて。


「みたいですね。あたしも、そんな二人に、助けられちゃいましたから」


 あたしは思う。

 あたしもそんな風に生きられたら。カスミちゃんのことをどうでも良いと思えたら。

 ここでセンパイに。

 無理だよ。

 親友だもん。


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