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バイト先の毒舌後輩ちゃんの先輩改善計画。  作者: 神無桂花
真面目な後輩は素直になれません。

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先輩、一人は寂しいですよ。

 白を基調にした落ち着いたデザインの建物。それが朝野陽菜弁護士の事務所。その建物の前の駐車スペースにて。

「ありがとうございました。今後、よろしくお願いします」

「はい。こちらこそ。一緒に頑張りましょう」

 そう言った、私と同じくらいの背の女性は、柔らく微笑んで優雅にお辞儀する。

 カスミちゃんと髪の長さはそんなに変わらないけど、癖の無い直毛。絶対触り心地が良い。あたしにはわかる。

「それと、ご飯も。美味しかったです」

「ありがとうございます。伝えておきます」


 良い人だった。あと、滅茶苦茶美人だ。弁護士の人。朝野さん。あと、話し合いが終わってから食事をしましょうと連れていかれた事務所の裏に併設されてるレストラン。滅茶苦茶美味しかった。感動した。

 料理人の人も滅茶苦茶美人だったし。ニコニコしながら「どんどん食べてくださいねー」なんて言われたらお腹いっぱいでも食べてしまうではないか。

 何この天国。美女も美少女も大好きなあたしとしてはまた来たい。


「夏樹さん、今度はお互い時間がある時にでも」

「うん。また電話で」

「そう言いたいところですが。そろそろ車も部屋も散らかる頃合いでしょう」

「ぎくっ」

「次の休み、掃除に行きますので」

「お、お手柔らかに……」


 この二人の力関係が何となくわかった気がする。

 そんなわけで帰路に着く昼下がり。車が発進したところで。先生のスマホが着信を知らせる。


「はい、もしもし」

「布良先生か?」


 車のスピーカーから聞こえたのは理事長の声。車にBluetoothで繋いでいたらしい。

「そうですけど。何かございましたか?」

「今入った連絡でな。南君もいるだろう。心して聞いて欲しい」

 続いて告げられた理事長からの『お知らせ』に、あたしは正直、なんて言えば良いか、どんな感情を抱けば良いか、わからなかった。





 

 

 図書室の自習室。ここは防音性ばっちりだからある程度話し合いのできる部屋だ。

 借りるには先生に申請書を書かなきゃいけないが、俺と香澄の場合、空いていれば司書の先生に口頭で借りたい旨を伝えれば済む。この学校、成績優秀だと色々楽で良い。


「さて、始めよう」

「はい」


 お互い、ある程度頭が冷えた。香澄と今、二人きりで密室という状況。しかもこの部屋、扉の窓を覗かなきゃ中は見えない。こんな密室が校内で許されるとは、と少しだけ慄いている。

 借りる時間、どの程度の時間使うか、誰が使うか、使用目的。それらをいちいち書いて提出しなければいけない面倒さから、自習スペースで良いやと、あまり借りる人がいないから成り立っているのか。


「俺は今から、二人の人物を探すつもりだ」

「二人の、人物」

「一人は恵理の母親。もう一人は、香澄は覚えてるか? 恵理にバイト中、絡んできてた男」

「覚えてます」

「そいつだ」


 この二人を見つけることが、勝利条件の達成に大きく近づく一歩になる。そう確信している。


「どうして」

「恵理の母親から親権を取り上げなければいけない。その上で恵理が今日会っている弁護士に後見人になってもらう。それが今回の勝利条件だ」

「待ってください。それは、とても、難しい事です」

「わかっている」

「いえ、本当に難しいです。だって親権の喪失の条件は大きく分けて二つ。父または母による虐待、または悪意の域がある時。父または母による親権の講師が著しく困難または不適当である事と定められています」

「詳しいな」

「父が、その……裁判官なもので」

「へぇ」


 香澄はにへら、と困ったように笑う。それがどこか、寂しそうな顔に見えて。

 裁判官……忙しいとは聞く。


「それで、どうされるおつもりなんですか? 恵理さんの母を見つけ出して」

「あの男から恵理の母親のこれまでやって来たことを、その証拠と一緒に引き出して、然るべき機関に引き渡す」

「……それって」

「あぁ。法の下に引きずり出す」

「……先輩、一瞬悪い笑みしましたね」

「? ……まぁ、安全圏に逃げたと思った奴を引きずり下ろす時は結構な充実感はある」

「あ、あはは」

「とりあえず。俺達の仕事は勝利を確実にするためのもので、必須条件ではない。もしかしたら俺達のやることはいらないことかもしれない。それでも。やるんだ」

「でも、どうやって」

「まずはSNSだな」

「SNS?」

「あぁSNSで大きく金を儲けた奴を探し出して、そいつ追う」

「そんな方法、ですか」


 訝し気な表情を浮かべる香澄だが、ノートパソコンを回して画面を見せる。


「意外と馬鹿にできない方法だぞ。税務署だって、急に生活ぶりが派手になった奴がいないか探すためにチェックしているくらいだ」

「へ、へぇ」


 まだ信じ切れていないようだが。まぁ良い。


「恵理から聞いた母親の性格的に、その手のことを発信せずにはいられないと思うんだよ。なんなら、『私のお金稼ぎテクニック』みたいなブログを公開していても違和感ない」


 でなければ、逃げ回ってるくせに何回も同じ奴に見つかったりしないだろう。


「と、いうわけで。しばらくはネット検索だな」


 幸い俺と香澄に夏休みの宿題なんて無い。趣味の勉強を少し削るだけだ。

 恵理には母親の写真を事前に共有してもらっている。写真付きのブログではないかもしれないが。


「先輩はどういう風にお金を稼いだと考えているんですか?」

「ある程度短期間で、だろ。そんでもって急に無くしている。その情報だけでいくらか絞れる」


 恐らく……。待てよ……。


「そうなると……そうか」


 だとすると。……いや、だけど。

 検討どころか思い付きすらしなかった可能性に行き当たる。

 そうだ。恵理は迎えが来ると言っていた。ろくでもない母親だと話を聞いた時思ったけど。恵理を見捨てず、高校にまで入れて、ちゃんと通わせている。子持ちのせいで男に捨てられることを何回か経験していても、だ。

 でも、今回は見捨てた。見捨てて逃げたからどうにかしなければならない。だからこその後見人で。


 しかしながら前提として十六になるまで娘を健康に真っ当に育てている。その事実があるから親権を完全に取り上げるのは難しいと俺は考えた。

 でも、見捨ててないとしたら。

 見捨てていない。けれど恵理を迎えに行けない状況。可能性はいくらかある。

 今見えている事実はなんだ。待て。考えるな。その可能性は。だけど、一番可能性が高い。


 見捨てたつもりはない。見捨てるつもりなんてなかった。けれど、見捨てる見捨てない考えるほどの余裕がなくなってしまって。その結果、全てを捨てた。絶望した。そんな可能性。


「先輩?」


 そうだ。何回か借金背負って逃げていると言っていたじゃないか。一度くらい自己破産している可能性はある。そうなれば俺が今考えたある程度の短期間でお金を増やす方法を自分では実行できない可能性が高い。そうなれば男の方の名義で動いていた可能性があって。

 そしてある程度お金が増えて。男の方が持ち逃げした可能性は高くて。


「先輩ッ!」


 急に捨てられた人間が自暴自棄になって。


「っ……」


 でもそれを、俺は恵理にどう伝えれば良い。そもそも、どう調べれば良い。

 いや、それが本当ならすぐに恵理に連絡が行く。だけど、それを知った恵理に今後どう接すれば良い。


「どうすれば」


 わからない。いや、考えろ。わからないなんて言うな。俺は、天才なんだから。


「先輩……こっちを、こっちを、こっっっちを、見て、くだ、さいっ!」

「……香澄」

「先輩、何に考え付いたのですか、今」

「いや……」


 確証はないこと。だけど、俺はもう、その可能性が一番高いと考えた。恵理の母親に、母親としての責任感や情が今もある程度残っていると考えた場合の可能性だ。


「……先輩……お願いです。一人で、背負わないでください。一人に、なろうとしないでください。一人は、寂しいですから」

「別に、そんなことは」

「なら、教えてください。背負わせてください。先輩の背負う荷物、くださいよ。寂しいじゃないですか」


 なんというか、香澄。


「それなりに重いこと、言うな」

「お、おも」

「いや、負担を負わせてくれないのを寂しいって……」

「な、そ、そんな意味じゃ、いえ、そう言っているようなものですけど。でも違いますから!」

「そ、そうか」

「それで、何ですか。どちらにしても、私の……私の、親友のことです」

「そうだな。悪い……だが、心して聞いてくれ」

「はい」

「……恵理の、母親は」


 香澄が息を飲んだのが見えた。


「……恵理の母親は、亡くなっている可能性が高い」

「えっ……」


 それと同時に、自習室の扉が開く。


「正解だ。有坂君。私も今日連絡を受けて知ったことを、推測だけでたどり着くとはな」


 入り口にいたのは理事長だった。


「これでこの事件は、終わりが見えた。ご苦労だった」

 


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