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バイト先の毒舌後輩ちゃんの先輩改善計画。  作者: 神無桂花
真面目な後輩は素直になれません。

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先輩、間接……きゅぅー。ふしゅー。

 「あの、布良先生」

「んー?」

「その、ありがとうございます。一緒に、来てくれて」

「良いのさー、理事長も出張扱いにしてくれたし」

「あはは」


 今あたしは、布良先生の車で弁護士さんのところに向かっている。

 助手席からちらりとルームミラーを見ると、後部座席になんか色々乗っている。缶コーヒーの箱とか。ミネラルウォーターの箱とか。


「……車の中に入れとくと、温くなりません? この季節」

「そうなんだよねぇ。でも、運転中、後ろに手を伸ばすと飲み物があるって便利なんだよ」

「缶コーヒーはともかく、ペットボトルの水は危なくないですか? しゅーれんかさい、でしたっけ?」

「収斂火災のこと? ……はっ、確かに危ない」


 どうやら布良先生の車内環境は改善されるらしい。

 何というか、彼氏いないし、休日もあまり友人と出かけないんだろうなぁと車の状態から察せられた。

 良い匂いはするし、汚いわけじゃないけど、誰かを乗せる前提が全く無いのがわかる。エアコンの風向きとか、スマホフォルダーが助手席側のエアコンを塞ぐ位置にあったり、ひじ掛けに内蔵されたケースの蓋からはお菓子の小袋の切れ端が見えてる。

 あと、下着屋さんの袋、駅前の駅ビルに入ってる店の奴がポイっと放置されてるし。


「うーん」

「どしたの」

「いえ……そうだ、これから会う弁護士さんって、どんな人ですか?」

「んー。そうだなぁ……私の一番の親友かな」

「親、友……」

「そっ。大事にしなよ、親友は。南さんは、親友と言われて、誰が浮かぶ?」

「あたしの、親友……」


 頭に浮かぶのは、小柄なあたしよりちょっと背が高いくらいで。同級生にもいつも敬語で、自分の中に確かな正しさがあって。

 おかしいと思えばセンパイにだって噛みついて。彼にとってはきっと、一番欲しいと思っていた人で。

 そして。


「はい、います。あたしの親友」

「なら、頑張ろ。大丈夫。信じて良いよ。彼女は」


 信号待ち、布良先生は名刺を差し出してくる。受け取る。


「……朝野、陽菜」


 上手くいけば先何年か、お世話になることになる人。


「誰かのために頑張れる人。誰かの幸せを祈れる人。誰かのために泣ける人。貴重だよ」

「そう、ですね」

「……楽しみだなぁ」


 そう言った布良先生のハンドルを握る力が強まったのがわかった。

 なんか、あたしも早く会いたくなってきた。




 布良先生に連れられる恵理さんを見送った日、私は先輩と一緒に再び学校にいた。理由は。


「悪いな、呼び出して」

「いんや、気にすんな。お前がわざわざ連絡寄こすってことは、余程の用事だろ」

「あぁ。大事な用事だ」


 蒸し暑い教室。授業期間じゃないから教室のエアコンは当然切られている。

 先輩と向き合って座る飯田先輩はユニフォーム姿。外では練習試合が行われていたらしい。


「昼休憩は一時間だったか。手短に話す。恵理のことだ」

「おう」


 それから先輩は今日までの恵理さんにまつわる出来事を話し、そして。


「その上で、飯田に頼みたいことがある。部長連の人達と話し合う機会を用意してもらいたい」

「何する気だ」

「議案書が完成したら話す」

「おう、わかった」

「い、良いんですか、飯田先輩。今の先輩、殆ど何も話してないに等しいですよ」

「この自分で自分を自分ルールで亀甲縛りにしてセルフSMプレイしているような奴だぞ。俺は信用してる」

「嫌な信用のされ方だな。助かるが」


 飯田先輩はガハハと豪快に笑って。


「まっ、議案書完成したらくれ、それから日程の調整するからよ。どちらにせよ夏休み中に部活連で集まる予定はある。八月の最初くらいだ」

「割とすぐだな。どちらにせよ急ぐつもりではあったが」


 明後日には七月が終わる。夏休み終わるまでにある程度決着が見えるようにしたい案件だから。


「じゃあ、そろそろ行くわ」

「あぁ、悪いな。助かった」

「気にすんな」


 飯田先輩が出て行ったのを確認した先輩は立ち上がり。


「……図書室の自習室を借りておいた。そっちに移動しよう」

「あ、はい」 


 ハンカチを取り出して額を拭いながら歩き出す先輩に続いて、私も教室を出た。

 確かに、暑いなぁ。確かに自習室なら図書室に併設してクーラー効いてるから、涼しいのは間違いない。


「はぁ」



 ん? これから、先輩と、密室で? 


『香澄の、ことは……可愛いと思います』


 ……密室、で。……うわ、なんかさらに暑くなってきた。


「胸元をパタパタするな」

「えぇう、あっ、はい。すいません。え、えぇ?」


 先輩、そういうこと言う人でしたっけ?


「ん?」


 ……なんか、先輩の頬、赤い? 唇も少し尖らせて。今まで見たこと無い顔かもしれない。もしかして……。


「どうぞ、先輩」

「ん? 喉は乾いてないぞ」


 差し出したスポーツドリンクのペットボトルを一瞥して、先輩は手を振る。


「それでも、気づかないうちに脱水症状になることもあると言います」

「それは、そうだが、むぐっんぐっ」


 先輩の口にペットボトルを押し込む。流し込まれていく水分。飲み込んだのを確認して外すと、先輩は少しむせてそれから。


「……それ、君、飲んでた……」

「? あ……きゅぅー」


 か、間接、キス?

 間接キス。

 間接……。


「ふしゅー」

「香澄? おーい、香澄―?」


 考えて、なかった。


「行きましょう」

「あぁ」


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