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バイト先の毒舌後輩ちゃんの先輩改善計画。  作者: 神無桂花
真面目な後輩は素直になれません。

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先輩、か、かわ、かわいい、って

 「おはようございます」

「んあ……ん?」


 聞き慣れない声に目を開けると、横になっている自分の傍らに誰かが経っていることに気づく。その人はジッと俺を見下ろしていて。視界が定まって来て。見えてくる。

 大人びたキリっとした顔立ち。香澄もそうだけど、この人も猫みたいな印象だ。


「えっと、松江さん、でしたっけ」

「はい。この家でお手伝いさんをしている、松江亜衣です」


 頭が少しずつ起動していく。この家に泊まることを選び、ソファーで眠ったんだ。昨日。


「あー、すいません。泊まらせてもらいました」

「構いません。大方、香澄さんが引き止めたのでしょう。あの子は結構頑固者ですから、説得するのは骨が折れるでしょう」

「あはは」


 容赦のない言葉に苦笑いしかできない。


「恐らく眠気の限界が来て、客間に案内する余裕までは無かったようですが」

「はい、その通りです」


 香澄のことをよくわかっているからか、大方の流れは察したらしい。


「こちらで準備する事でした。申し訳ありません」

「あーいえ。泊まるなんて事前に伝えてませんでしたし。着替えを用意していただいただけで十分です」

「ありがたいお言葉。感謝します。朝ご飯の準備をしますが。その前に、有坂さんにいくつか聞きたいことがあります」

「はい」


 何だろう。さっきより雰囲気が重く、真剣みが増した気がする。


「正直、香澄さんのこと、どう思っていますか?」

「うっ」

「? 何か?」

「いえ、お気になさらず。ですが、質問の意図が」

「そのままの意味です。私自身、この家で働かせてもらってそろそろ……高校生の頃からこうさせてもらっているのでもう五年になります。香澄さんのことは妹のように思っています」

「……大学、何年生ですか?」

「二年です」

「高一からここで働いているのですか」

「そうなりますね。なので、香澄さんの良いところも悪いところもよく知っているつもりです。弱いところも、知っています。なのであなたがあの子のことをどのように考えているか、見極めさせてください」


 五年前、香澄はまだ小学生か。小学生の頃から、こういう生活。両親が帰って来ず、お手伝いさんと生活する日々。そのお手伝いさんも、時間が来れば帰ってしまう。

 香澄はそんな生活を、どう思っていたのだろう。

 いや、今はそれよりも、目の前の問題への答えだ。


「俺が、香澄をどう思っているのか、ですよね」 

「はい。聞かせてください」


 考える。ここ数日、ずっと考えていた。

 香澄を……。俺は、香澄の、ことを。


「……正直、わかりません。今、それを俺は、探ってる最中なんです」

「はぁ」

「香澄は、真っ直ぐで、眩しくて。こうと決めたらどこまでも突き進んでいくことができる。そんな子です」


 香澄は、俺を尊敬している。そんなことを言っていた。でも、それなら俺だって、香澄から学んだことは沢山ある。でも。


「俺は、香澄とどういう風に関わって行けば良いか、わからない」


 そう、わからない。俺の近くにいるべきでない。けれど香澄は、頑として譲らない。だから考える。関わり方を。


「……もう少し率直な聞き方をします。可愛いと思いますか? 香澄さんのこと」

「えっ」

「香澄さんのこと、可愛いと思いますか?」

「えーっと……」

「正直にお答えください」


 有無を言わせぬ圧力を感じる。少し釣り目がちの目がスッと細められ、鋭い眼光を宿す。

 この人も大概美人だな。とか何となく思った。


「香澄のことは」 

 俺だって、香澄のことは。

「香澄の、ことは……可愛いと思います」

「ふぇっ!」


 後ろから素っ頓狂な声が聞こえて振り返る。部屋の扉から顔を覗かせた香澄がおずおずと出てきて、きょろきょろと辺りを見回して。


「ふぇっ」


 とまた変な声を上げる。


「おはようございます。香澄さん」

「お、おはよう、ございます。か、かわ。せ、せんぱい……かわ、かわいい、って?」


 わたわたと手を振り回して、これ以上なく取り乱していた。


「香澄さん。有坂さんは確かにそうおっしゃっていました。香澄さんのこと、可愛いと」

「ふぇっ……先輩、もう一度、私の目、見て、おっしゃってくださいませんか」

「な、なぜっ」

「ほわっ、す、すいません。し、支度してきますね」


 顔を抑える。くっ、不覚だ、不覚だけど、言葉に偽りはない。それゆえに、くっ。


「有坂さんが、香澄さんのことを真剣に考えているのは伝わりました。どうか、大事にしてください」

「は、はい」


 でも。俺は。香澄と離れることを、真面目に考えている。でも、その考えを今は、飲み込む。


 

 

 先輩が、私を、可愛い? 可愛いって、えー。


「ど、ど、どう、しよう」


 いやいやいや。今はもっと大事なことある。今日は理事長に恵理さんのことについて説明と学費について交渉するんだ。


「可愛い、かわいい、かわ、いい、か」


 鏡を見て、ふと顔が緩んでることに気づいて。


「う、浮かれちゃだめだ」


 気を引き締めるんだ。うぅ、でも。


「えへ、えへへ」


 なんでこんな嬉しいんだろ。でも、うれしい。

 先輩に可愛いと言われたのが、嬉しい。他の誰に言われるよりも、うれしい。


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