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バイト先の毒舌後輩ちゃんの先輩改善計画。  作者: 神無桂花
真面目な後輩は素直になれません。

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センパイ、良かったじゃないですか。

 朝になった。一人のテントだから多少マシだったが、正直熟睡なんてできなかった。寝て起きたらというより、気がついたら外が明るくなっていた、という感覚だ。俺にアウトドアは向いていないらしい。

 寝袋の中から這い出てテントの入り口を開けると、少し湿った香りがした。霧がかった景色の中で、特に意識せず、深呼吸していた。

 少し冷えるなと思いながら、パーカーを羽織り、欠伸を噛み殺し、集合場所へ。今日は朝食を食べたら片付けと山のゴミ拾いのボランティアという名の散歩をして帰る。


「おう、起きたか」

「おはようございます。結城さん」


 広場の中央で、昨日の残りの片づけをしている結城さんは、朝から足取りも姿勢もしっかりしている。


「リラの手伝いに行ってもらって良いか? 薪と調理器具を運ぶ」

「わかりました」


 ということは、管理棟に行けば良いのだろう。

 恵理と香澄はまだ寝ているだろうか。まぁ良い。力仕事をあの二人に任せるのは気が引ける。

 と思っていたら。


「恵理?」


 管理棟の方からタオルを首にかけて歩いてくる小柄な人影は、ニッと笑って。


「おはようございます。せーんぱいっ」

「あぁ。おはよう。香澄は?」

「まだスヤスヤですよ。寝顔見に行きます?」

「いや、やめとく」 

「あは、紳士ですねぇ。先輩はどちらに?」

「顔洗ってそれから東雲さんの手伝い」

「ではご同行しましょう」

「いや、香澄起こしてきてくれ」

「いえいえ。カスミちゃんは勝手に起きますよ」

「ふむ」


 一理ある。香澄はそういう安心感がある。


「じゃあ、頼む」

「わーい。あーりがとうございます。コーセイ君」

「っ!」

「あっ……」


 思わず振り返った。ぶわっと蘇る懐かしい記憶。……恵理?

 驚いたように口元を抑える恵理。それからゆっくりといつも通りの笑みを浮かべて。


「? どうかしました? センパイ」


 なんて恵理は仕切り直すように答えて。


「何でもない」 


 俺も前を向く。いやまさか。苦笑いを浮かべる口元を抑える。

 隣に並んだ恵理は人懐っこい笑顔を浮かべる。


「変な顔してますね。手でも繋ぎます?」

「何言ってるんだ君は」

「あはは。釣れないですねぇ。あ、あれですね。運ぶのですね」


 見えてきた管理棟近くの倉庫。そこに見える人影、薪の棚。さぁ意識を切り替えろ、仕事の時間だ。


「あぁ。おはようございます。東雲さん」

「はーい。おはようございます。お手伝いお願いしますね」

「はい」

 



 「……これで全部運び終えましたね」

「流石男の子ですね。逞しい」

「あは、センパイが殆ど運んでしまいました」

「はぁ……」


 なんか、体よく仕事を押し付けられ続けた感じがする。……恵理も東雲さんも、割とちゃっかりした人なのかもしれん。


「有坂さんは真面目な人なんですね」

「そうなんですよー、センパイ、悪ぶってるだけで結構律儀な人なんですよー」

「裏切れない人なんですねぇ。そういう人は息抜きが大事なんですよ」

「はぁ」

「大事ですよ、息抜き」

「は、はい」


 近い、何だこの人。近い。……うっ……。


「センパイって、色気に弱いんですね」

「変な、言い方、するな」


 意識が飛びかけたぞ。昨日もだけど。知らない情報が五感のほぼすべてを使って襲ってくる。どうしたら良いかわからず思考が絡まり、脳がエラーを吐きまくるのだ。


「女性慣れしている感じはあるんですけどねぇ」


 不思議そうに東雲さんは呟く。


「彼女の一人でも作れば良いのに」

「欲しいと思ったこと、ないんですよね」

「どうして?」

「一人でいた方が、都合が良いから、ですかね」

「なるほど」


 東雲さんは興味深げに息を漏らし。


「自分でやった方が良い。自分が対応した方が速い。自分が向かった方が確実だ」


 囁かれた言葉。それはあまりにも身に覚えがあった。


「有坂君の能力ならどこに行っても上を目指せるでしょう。上を目指せば自ずと、人を使うことが求められます」


 立ち止まり振り返ると、淑やかな笑みを浮かべた東雲さんが立っていて。


「無意識に避けていること、忘れていること。目を背けていること。あるでしょう。きっとその一つです」


 息を飲む。無造作に内臓をかき回されたような、胃から何かが込み上げてくるような。


「さてさて。そろそろ生徒の集合時間ですね」


 振り返る。視線の先。恵理が立っている。

 ……この子のこともきっと、そうだ。


「どうしました? センパイ」

「……なんでもない」


 仕事中だ。今は。

 広場に戻ると香澄は本当に起きていた。結城さんと昨日の片づけをしていて。生徒も続々起きて、それに加わる。

 ……ん?

 なんだろう。当然のこととして流してたけど。生徒たちが素直に片づけに協力している。あれだけいやいや参加していた筈なのに。


「おはようございます。有坂先生」

「あ、あぁ。おはよう」


 昨日の夜の……。

 そっか。

 片付けも全員でやればあっという間。予定より少し早いが、集会をやって、朝食の準備に取り掛かる。 

 昨日と違い、スムーズだ。昨日教えたことが活かされているのが見ていてすぐにわかった。


「ふふっ」


 香澄が控えめに微笑んで。見周りから戻ってくる。


「良かったじゃないですか、センパイ」

「あぁ」


 俺達が来た意味が本当にあったというのなら、よかった。

 やりがい。ふとした時、自分の仕事が活きていることを実感した時に得られるもの。自分の仕事の結果が、誰かの何かに繋がっていることを実感した時に得られるもの。

 初めて知った。


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