センパイ、みんなをお願いします。
「はい、じゃあ、いってらっしゃーい」
肝試しは四人一組で四組の生徒が臨む。山の中、キャンプ場側でも設定している散歩コースを巡るだけ。途中、湖を通るが基本的に森の中を歩く。朝に歩けば気持ち良いだろうが、夜だと良い感じに不気味だ。
「良い? 目印はこういうの。地図もちゃんと見るんだよ」
出発する班には恵理がしっかりと声をかける。
東雲さんと結城さんがコースの迷いやすいところをしっかりと見張っている。
「……今、最初の班が出発しました」
『了解』
『了解です』
渡されたトランシーバーで状況を伝える。ゴールのキャンプファイヤーをした会場、全員送り出したら、そこで生徒を待つ香澄と合流すれば良いだろう。
ボーっと椅子に座って星を眺めていた。先輩も、さっきまでふとした時に眺めてたなって思い出したから。
確かに、いつも見ている空より、少しだけ眩しくて、近い気がする。
空に、届けば良いのに。伸ばした手。
空に憧れた。伸ばしても届かない、そんな空に。
誰も届かない。何も寄せ付けない。見上げるしか無くて、近づけば残酷な世界。翼が無ければ何もできなくて、翼があってもまだ不自由な、そんな空に。
「あ、おかえりなさい」
どれくらい経っただろうか、足音に振り返ると、最初の班がコースを抜けて来たところだった。トランシーバーでちゃんとチェックポイントを通過したのは確認していた。
「はい、お疲れ様、はい、これ夜食のおにぎりとお茶だよ。これ持って待っててくださいね」
それを二班の人にも。それから。あれ、四班? 大体コースは十五分くらいで抜けられる距離で。前の班とは五分開けて出発している。
「三班の人は?」
「途中で追い越しました」
それだけ言っておにぎりを受け取ってキャンプファイヤーの周りに配置した椅子へ。
それからさらに五分。三班は現れなかった。
「先輩大変です。三班が、三班が……戻ってこないんです」
「三班が、戻ってこない?」
「はい。戻ってこないんです」
ゴール地点で香澄と落ち合っての開口一番、俺はすぐにトランシーバーを繋ぐ。
『えっ、三班? 第一チェックポイントは通過しています』
『第二では確認できていない。……四班の奴が途中で追い越したと言っていたが……すぐに戻るべきだったか』
香澄の顔が少しだけ青ざめる。……くっ、冷静になれ。状況を整理しろ東雲さんは見ていて、結城さんは見ていない。これだけで場所は絞れる。
肝試しの話し合いの時、最も警戒したケースだ。当然対策した。生徒たちには事前に地図を配ったし、順路の目印も教えてある。
だから……。
「私、探してきます」
「えっ。おい。待て、香澄!」
呼びかけた時にはもう、香澄は肝試しのコースにダッシュで駆け込んでいて。だが、闇雲に探しても。いや、考えている時間の方が無駄か。でも二次被害は間違いなく避けなければいけない。どうする。くそっ、考えている間に救助の成功率はどんどん落ちるんだぞ。
まずは、すぐに探すべきなのは間違いない。しかし、どこを探すか、だ。東雲さんのチェックポイントと結城さんのチェックポイントの間。その間に何がある。間違いやすいポイントは。いや、間違えやすいポイントだからチェックポイントに立っているんだ。その間にあるのは逸れようのない、湖に沿って歩く比較的明るい一本道。湖! やはり事故か。……いや、だけど四班が追い抜いた。つまり、四班に追いつかれた時点で三班は無事だった。どういうことだ。溺れてるわけじゃないだろう。いや、追い抜かれた後に溺れてたとしたら。
「センパイ」
「安心しろ。どうにかする。恵理は戻って来た生徒たちを見ていてくれ」
冷静に。頭を冷やせ。
「えっ、センパイっ」
キャンプファイヤーの消火用のバケツに頭を突っ込んで。無理矢理、物理的に。俺が焦るな、戸惑うな。
……そうだ。まずは現場だ。こんなところでいくら考えたところで、わかるわけがない。現場で観察して、ヒントを探し出すんだ。基本的なことを忘れてどうする。安楽椅子探偵じゃないんだぞ。
考え過ぎて一歩も動けなくなる? 情けなさ過ぎるだろ。
「じゃあ、行って来る」
だが、考えろ。走りながらでも頭を回し続けろ。可能性を。回せ、絞れ。導き出せ。
「センパイ、お願いします」
「任せろ」
まずは現場へ。そこに行けば結城さんや東雲さんもいる。香澄も、そこで下手に動いていないはず。
……いないはず。
「不安だ」
頼む。二次被害だけは勘弁してくれ。くそっ、せめて縄か担架くらい持って来るべきだったか。……取り乱すな。自分にそう言い聞かせても、難しいものだ。




