センパイ、こっち来てくださいよ。
キャンプファイヤーという名の自由時間。じゃあ、何でやるのかって、結城さんが言うに趣旨としては息抜きの時間らしい。
意味もなく大きな火を焚いて。語らう。そんな時間だ。
高らかと燃え盛り夜空を焼く炎、ぼんやりと眺める。恵理も香澄も、すっかり生徒たちと打ち解けたようで、和やかに話をしている声が聞こえる。
星がよく見える。夜空は、どこまでも遠い。届かない。
「……たそがれてますね、有坂さん。そういうお年頃ですか?」
「あぁ、東雲さん。お疲れ様です」
東雲リラさん。長い黒髪が印象的な人で、おしとやかさが服を着て歩いているような人だ。
「生徒との交流も大事な仕事ですよ」
「そういうのは、あの二人に任せようかと。結城さんはどちらに?」
「見回りです。生徒がこれから眠る場所ですから。安全の確認に行ってます」
「そうですか。一人で大丈夫ですかね」
「冬眠前のヒグマでも出てこない限り大丈夫ですよ」
「さらっと怖いことを……」
いや、夏だけど。
夏でも熊は怖いけど。
「今回、ほぼ任せきりの私が言うのもなんですが、コミュニケーションを諦めちゃだめです。どんな時も、対話を諦めたらだめですよ」
「そう、ですかね」
「えぇ。対話を諦めたら、何も残りませんから。何かを交わすことは、繋がりを作ることです。だから、今回、どうにかしたかったのですけど……任せきりになってますね、現状。すいません。わかっていても、どうしたら良いか、悩んでしまいます。私たちも、未熟者です」
「……やっぱり、大人でも悩むんですね」
「大人だから、ですね。私たちが同い年だった頃と当然、常識が違いますから。流行りも、みんなが好きなものも。歩み寄ったつもりでも、全然的外れだったりしますから」
穏やかな声で紡がれた、大人だからこその悩み。俺は、この視点を持てていたのだろうか。
「だから、俺達が呼ばれたの、ですかね」
「それもありますけど、理事長はきっと、あなたにも、あの輪に入って欲しいと思っていると思いますよ」
「えっ?」
「あの子達、施設でも成績が……あー、あまり振るわない子達で、頭の良い人に対してあまり良い感情を持てていません。双葉さんとあなた達と触れあうことで、それが少しでも緩和されたら、そして、あなたと双葉さんもまた、誰かと触れあうこと、少しは苦手意識が薄れたら、という思いがあると思いますよ」
東雲さんはそう言って立ち上がる。
「……そう、ですか」
苦手意識、か。多分、あるだろうな。だから俺は今、こうしてここに座って。
足音が遠ざかって、それから、近づいてくる別の足音が聞こえてきて。
「セーンパイっ」
「え、恵理」
「こんなところで一人で座ってないで、こっちに来てくださいよ」
手を掴まれて、引き上げられて、立ち上がって。
「みんなでお話し、しましょ」
「あ、あぁ」
導いてくれる手はひんやりとしていた。悪戯っぽく笑う恵理に引かれ、さっきまで眺めていた光景に一部になる。
勉強して、運動して、そうやって自分を磨き上げて行けば、何でもできる。どこへでも行ける。そう思っていた。
でも、見えていないこと、出来ないこと、それはいくらでもあって。手を引かれなきゃいけない場所もあって。
俺はきっとこれからもこうやって、色んなことで悩むんだ。そんなことをぼんやりと思った。
夜空は遠い。その向こうに何があるか知らない。わからない。手を伸ばしても届かない。
星が、遠い。どんなに心を飛ばしても、届かない。
恵理に勧められた椅子に座ると、生徒たちの視線が一斉にこちらに向いた。
スゲー居心地悪い。女子に囲まれる男子の構図。話しに聞いていたほど気分上がらない。むしろ居心地悪い。俺が来たことで、さっきまでの会話もぷつっと切れる。
それから、ぽつりと。
「正直、馬鹿にしてるでしょ。めんどくさいと思ってるでしょ」
誰かがそんなことを言ってそして。
「落ちこぼれだよ。私達。こんなのに教えろなんて、貧乏くじだよ」
そんな言葉。
中学時代にも、いたな。そんな子。先生が成績優秀な俺に、面倒見るようにと押し付けてきた子がいた。その子も、そんなこと言っていた。俺はその時、否定しなかった。
その時の俺は、相応の努力をすれば覚えるしできるようになる。俺が凄いんじゃない、周りがやっていないだけなんだ。そう思っていた。
どうしてだ。みんな勉強すれば賢くなる、みんなが賢くなれば世の中はもっと良くなる。平和になる。争いなんて無くなる。だって学べば知る。誰かと争うこと、足を引っ張ること、蹴落とすことはくだらないことだから。無知だから起きること。だからみんな勉強しろと。
俺はその子に要求した。その子はその通りにやった。でも。
俺と同じ結果にならなかった。多少マシになった程度で。
……根本的に変わってないな。学べてないな。俺は恵理に、双葉さんが止めたから良かったものを、同じことをしていたんだ。
「……人には得手不得手がある。何もできない奴なんていない。現に君たちは見事にカレーを作って見せたではないか」
「もっと上手い人いるもん」
「そりゃいるだろうさ」
やってもできない。練習しても教えられてもできない。そんな経験を重ねて、それを周りから蔑まれて。だから反抗的になる。彼女たちは多分、そんな物語を重ねてきた。
彼女たちに必要なものは、何だろうか。
考える。俺や双葉さんはどうして頑張れて、今の結果に辿り着いたのだろう。
当たり前を紐解く。簡単じゃない。けれどやらなければ俺達の言葉は、彼女たちの心に、届かない。
「そろそろ肝試しの時間ですよ」
「はい」
東雲さんの言葉に立ち上がる。
「行こう」
お化け役はいない。ただ、夜の山の中を歩く。それだけのアクティビティだ。
だけど。それでも、トラブルはここで起きてしまったんだ。




