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バイト先の毒舌後輩ちゃんの先輩改善計画。  作者: 神無桂花
真面目な後輩は素直になれません。

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センパイ、まぁ、見ててくださいよ。

 テントが立て終わり、次は山歩きだ。とはいっても軽い散歩程度のもので。

 ……遠くから水の流れる音。木々の隙間から見える景色、やはり結構高いところにいるんだな。

 しかしながら、険悪な雰囲気だ。とても自然の中でリラックスできる雰囲気ではない。原因は知らないがこういう状態であるのは知っていた。今回集められたのは理事長が経営している施設の問題児たちらしい。


「センパイ」

「ん?」

「方針はあるのですか?」

「……とりあえず、学ぶ意欲って奴を目覚めさせればなと。そうすれば、一応、こういう授業的なのは聞いてくれるようになるだろ。話聞いてくれない奴にはまず、取っ掛かりが必要だ」

「わかりました。では、あたし、ちょっと仲良くなってきます」

「へ?」

「まぁ任せてくださいよ。目があったら『今、あなたの縁ができました』がモットーですから」

「いやこえーよ。質の悪い妖怪かよ」

「あは、酷いですよー」


 ケタケタ笑いながら、妖怪コミュ力お化けが出陣する。どうなることやらと見送る。


「先輩」

「ん?」

「その……この後、あれですよね。カレー作り。その後キャンプファイヤー。あとは肝試し」

「あぁ。まぁ、一旦恵理に任せた方が良いのかもな」

「……先輩、そういうこと言えるようになったんですね」

「ん? まぁ。適材適所って言葉、あるしな」


 ふと見上げた。隙間から見える青空。深い緑だ。でも、どうしてか鮮やかで。土の匂い、涼しい風。身体の中の空気が全て新鮮なものに入れ替わっていくような。マイナスイオンを感じるという、普段なら鼻で笑ってしまうような感想が、口の端から零れそうになる。


「先輩?」


 香澄の瞳に心配の色が混じる。そうだ。最近ことを思えば。色んなことを考えてしまうだろう。マイナス方向に捕らえてしまうだろう。でも。


「大丈夫だ」


 大丈夫にして見せよう。

 色んなことが有耶無耶になってるけど。けど。ちゃんと俺は、答えを示す。いつだって、そうしてきたのだから。

 


 「こーんにーちは」

「誰よ。あんた」


 あたしが声をかけたのはさっきカスミちゃんにきつい言葉を贈った女の子。百坂さんだったかな。

 しかしながら見事に女の子しかいないなぁ。センパイ、肩身狭そう。あたしは眼福だから良いけど。

 ……最後に、センパイとカスミちゃんのために。

 あの男に見つかったら逃げる。ずっとやってきたことだ。

 小学生の頃も、一回。中学生の頃は二回。高校生になってここに戻ってきて、裏をかいたつもりがあっさりと見つかってしまったものだ。しかも今回は、母さんと分かれて逃げたのに。

 ううん。今は考えない。頑張ろう。


「南恵理です」

「あっち行っててよ。嫌々来てるボランティアと話すことなんて無い」

「あは、ツンツンかわいい子」


 グイグイ行く。あたしの耳は、感情を聞き取れる。大丈夫、嫌悪は聞こえない。だからあたしは、距離感を間違えないんだ。


「……なんだよ」


 あたしは知っている。自分がどの角度で見られると可愛いか、知っている。可愛いは全人類に通用する最強概念。そこに老若男女は問わない。それを使いこなす努力をするのは当然のこと。

 後はキュッと腕を絡めて。そして、胸元の良く育ったそれを押し付けて上目遣い。これだって、性別問わず通じる人には通じる。


「うっ」

「仲良くしよーよ、君の名前、教えて欲しーな」


 甘えるような、甘ったるい声を耳元で囁くように、思考力を奪う。耳を震わす心地の良い声位に、ボーっとした気分にさせるんだ。


「……百坂、明音」

「アカネちゃんね、おっけー。よろしくね」


 そうやって、一人ずつ篭絡していく。母が教えてくれたことだ。

 母はそうやって生きてきた。強い人が味方にいること。権力がある人が味方にいること。財力がある人が味方にいること。その心強さを、誰よりも理解している人だ。

 弱い自分が持っている武器。それの使い方。自分が弱いなら強い人で周りを固めれば良い。そのためには自分の魅力を十全に使え。

 冷たさを感じさせない。相手に感じさせるのは温もり。

 塩な対応はしない。相手に感じさせるのは甘味。

 ニコニコと笑って相手が求めるものの一歩手前を与え続ける。それが、南恵理の知る処世術。

 そうすればすぐに、ほら、怯えきった子犬たちは、お腹を見せてあたしに撫でることを要求する。

 通用しなかったのはセンパイとカスミちゃんくらい。

 カスミちゃんは警戒心の高い猫ちゃん。センパイは一匹狼さん。特にセンパイ、前はあっさり落ちたのに。今は……色々あったんだろうなぁ。一匹狼の胸の内に抱えるそれに触れるには、もうちょっと関係を深めないと。

 もうそんな暇、残ってないけどさ。


「はーいじゃあ、みなさーん。ご飯を作りますよー」


 三十分もあればちょっと親しくなるには、あたしには十分だ。

 キャンプ場の一角に設けられた炊事スペースで、みんなに呼びかける。

 あたしに敵意が無いこと、あたしに害はないこと。あたしの言葉にはとりあえず素直に頷くこと。


「じゃあ、火起こしから頑張って行こ―」


 気がつけばこのキャンプの進行役はあたしになっていた。




 「何者だ、あいつ」

「香澄の友達です」


 結城さんが驚くのもわかるが、俺にはそれ以外に答えようがない。


「あは、酷いですよ。センパイとも友達ですよ」

「……そうだったな」


 いつの間にか戻って来た恵理がニカッと笑って見せる。


「じゃあ、とりあえず。センパイとカスミちゃん一緒に来てください」

「わかった」

「……あたしらは?」

「結城さん達はまぁ、元々お知り合いのようですし。それゆえの反感を和らげて、尚且つ、センパイの方針に最も適った方法はまず、センパイとカスミちゃんと馴染んでもらうことかと」


 結城さんはちらりと東雲さんの方を見た。


「そうですねぇ、外部からの刺激、大事ですね~」

「……わかった、好きにやってみろ」

「はーい。じゃあ、行きましょ行きましょ」


 ……さて、まぁ、そうだな、恵理と友達という体で行けば、現状なら話くらいは聞いてくれる可能性は、あるのか。

 その考えを肯定するように恵理はかまどの前でしゃがみ込む二人に声をかける。


「どう? 上手くいってる?」

「あっ、恵理姉、火が消えちゃうんだ」

「あー。センパイ、どうすれば良いですか?」

「あぁ」


 覗き込む……なんだこれは。太い薪を雑に突っ込んだだけじゃねぇか。


「ん? 恵理姉の先輩なの?」

「そうだよー、すっごく頭良いの」

「へぇ……頭、良いんだ」


 ……背筋に寒気が走る。なんだ。この、刺すような視線は。


「着火剤に火を付ければすぐに薪に燃え移るわけじゃない。着火剤もケチるな」

「だってよ。ほら、やってみよー」

「う、うん」


 恵理が俺の言った通りのことを始めて、生徒二人にそれを手伝わせる。俺や香澄が頭をこねくり回して考えるよりずっとスムーズだ。

 あれ、香澄は?


「そうです。良い感じです。いいぞー。頑張れー」


 ……何やってるんだ。と一瞬思ったが、よく見ればさっききつい言葉で噛みついてた子じゃないか。香澄、一人で……スゲー奴だな、本当。克服したんだ。……考えるばっかりで、俺、今回何もしてないな。

 考えるばかり、検討するばかりじゃ何もしてないのと一緒だってのに。俺は……。


 


 先輩が、恵理さんと一緒に一組の生徒とコンタクトを取ることに成功した。……私だって。


「……あの、大丈夫ですか? 百坂さん」

「あ?」


 ……威圧から入るコミュニケーション学。……そんなの野生の世界だよ。多分。負けるな私。

 この子も火が起こせなくて困ってるんだ。


「どうして一人で?」

「できるからだよ。ほっとけよ」

「なら、やって見せてください」

「あ? なんであんたに見せなきゃいけないんだよ」

「できるのでしょう? でしたら是非とも、お手並みを拝見したいと思いまして」


 先輩を見習って、煽ってみる。


「あ? ちっ」


 基本には忠実だ。細い薪で組まれ、空気が通る隙間もある。だけど。中々燃え移らない。……あぁ、そういうことか。


「こちらの薪から使ってみてください」

「なんでだよ」

「そちらは針葉樹の薪ですね。針葉樹は火持ちは良いですが、なかなか火が着きにくいのです。ですので、まずは広葉樹の薪から燃やして行きましょう」

「……わかったよ。ったく、変な奴だな。恵理さんも、あんたも」

「ふふっ」


 根気強く。そう。きっとこれが正しいんだ。私たちが勝手に諦めちゃダメなんだ。方針に反するけど。私も、恵理さんのように。


「ふんす! おっ、良いですね。火が着きましたよ。頑張れー、頑張れー」

「くくっ、火を応援してどうすんだよ、あんた」

「良いじゃないですか。ほら、扇いで扇いで」

「わーってるよ」


 料理自体は全く問題無いようで、彼女たちはあっさりと立派にご飯を炊いてカレーを作って見せた。


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