先輩、これは少し、大変かもしれません。
少し混んだが後はいつも通りで。俺は何と無しにレジの様子を見に行く。……うん。恵理、上手くやれてるな
はぁ。
一瞬香澄と目が合った気がしたが、今は話している暇はない。
はぁ。
品出ししよう。レジに背を向けた瞬間だった。
「な、何でここまで!」
「ん?」
恵理の声……切羽詰まっている。恵理が? 何事だ。
「バイト先にまで来ないでくださいよ!」
「うるせぇな。今こっちは客だぞ。ちゃんと相手しろよ」
「あなたを客として見ません」
缶ビールを買っている中年の男性客。なんだ。……ストーカーとかが想定される。どうする。まずは割って入る。だがそこからどうする。俺では手に余るだろう。この間のような暴力沙汰になるのは避けなければならない。
くそっ、遅番レジ社員は今休憩中、すぐに駆け付けられない。
こちらに気づいた香澄にサービスカウンターを指差す。それだけで意図が通じたようですぐに香澄は、サービスカウンターに設置されている電話の受話器を取る。
「はっ、客扱いが嫌ならやめちまえや。店員なんてよ。それよりもよ、もっと稼ぎの……」
恵理の肩を掴み後ろに引く。本当、最近治安悪くないか、この店。俺が前に出る。
「お客様。うちの店員が困っております。どうかこれ以上はお控え願います」
「へっ。怖い番犬がいたものだ」
意外なことにあっさりと男は退いた。男が見ていたのは俺の肩越し、振り返ると、今日の遅番担当責任者の社員がこっちに駆けてくる姿だった。
「香澄」
「はい」
「恵理を休憩室に連れてってくれ。レジは俺がやる。三十分ほど二人で休んで来い」
「わかりました」
「えっ、センパイ、大丈夫ですよ。あたし」
「行きましょう。恵理さん」
「えっ、ちょっ、カスミちゃん」
有無を言わさず、香澄に引っ張って行かれる恵理。
事情を聞きたいところだが、今は仕事だ。香澄に任せよう。社員さんもレジのフォローに回ってくれて。問題無く業務は進行。
それから三十分ほどして二人は戻って来た。
「あはは。ありがとうございました。いやー。本当、その通りですよね。嫌ならやめろ。はい」
「嫌ならやめろというのはただの思考放棄だよ。恵理。だからそれは気にするな」
誤魔化されないぞ。俺にはもっと深い何かがあるのは見えている。
「香澄、恵理を任せて良いか」
「はい」
帰り、香澄は久しぶりに迎えを呼んで、車の中に恵理を押し込んだ。
「……センパイ」
車の窓から顔を覗かせた恵理の弱々しい声。
「ん?」
「……なんでもありません。でも……いえ、あはは。何て言えば良いか、わからないです」
わかるのは、恵理が参ってしまっていることだ。
「……なあ、恵理。気晴らしに行かないか、明日」
「えっ?」
「後で連絡する。今日は香澄のところに泊れば良い。香澄、良いか?」
「良いですよ。任せてください」
「じゃあ、頼んだ。二人とも、また明日」
善は急げ。俺は貰った名刺の番号に。話しが通じそうなのは結城さんだな。歩きながら電話をかける。
「お疲れ様です。有坂です。明日の件について相談があって連絡させていただきました……」
「……青くせぇ」
「良いじゃないですか。自然の中って感じで」
「あの……本当に良かったのかな……」
「良いさ。小学校高学年から中学二年生までの奴らと交流だろ、むしろ恵理がいた方が心強い」
朝、本当に迎えが来て、連れてこられたのはどこかの山の中。キャンプ場としてちゃんと整備されている様子はあるが。どこだ本当。ここ。少し涼しいことから、標高は高めなのは予想できる。思えばどこでやるか打ち合わせで聞いていなかったな。迂闊だった。いや、その方向に話を持って行けていなかったのか。そういう会話の流れにされていた。
いや、それは今は良いか。
昨日の夜。俺は恵理を連れて行って良いか、確認の旨で電話して。了承を得た。二つ返事でOKだったから、大して苦労はしていない。
「んじゃま、生徒たちと顔合わせと行きますかね」
「はい」
「は、はい」
「そんな緊張しなくても。大丈夫だろ。不良の集まりというわけでも……えぇ……」
広場のように開けた場所。地面は芝生。事前に知らされていた班の数分のテントや炊事セットが並べられている。
既に生徒の前に立っている結城さんと東雲さん。向かい合うように整列する生徒たち。その間に流れている空気は、まぁ、険悪そのもの。
「なんで山ナンスカー。意味あるんすかー」
「弱っちい心根を鍛え直すためだ」
「はっ、今の時代に精神論」
「スマートじゃないですよー、せんせー」
結城さんの足元が少し抉れる。……傍から見ていてもわかる。イラついてる。東雲さんもこめかみをピクピクいわせてるし。
「……恵理を連れてきて良かった」
「ですね」
「なんで!」
コミュ力がマイナス方向に振れている俺達だと、どっちの心が先に折れるかの勝負になっていただろう。
「はぁ」
……凄く帰りたいが。引き受けた仕事だ。
「行くぞ。二人とも」
「はい」
「はい!」『……これが、最後の思い出』
「ん? 恵理、なんか言ったか?」
「い、いえ、なんでも」
気合いを入れ直す腹を決め直す。冷静に、頭を回せ。




