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バイト先の毒舌後輩ちゃんの先輩改善計画。  作者: 神無桂花
真面目な後輩は素直になれません。

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先輩って馬鹿ですね、たまに。

 コーヒーメーカーが湯気を上げ、二杯分のホットコーヒーを抽出する。

 クーラーが効き始めようやく過ごしやすい部屋になった。そのリビングで香澄はどこかそわそわした様子で座っている。


「はい、これ、ミルクと砂糖」

「あ、ありがとうございます」


 どうしたら良いだろう。

 ……俺は。


「先輩。どうして急に、私を拒絶しようとしたのですか?」

「別に、拒絶しようとしたわけじゃない」


 そう、これは間違いない。俺は香澄のことを拒絶したわけじゃないんだ。ただ。


「俺はただ。……俺は少し、浮かれていたんだ。多分」

「どうしてそう思うのですか?」

「考えが及んでいなかったんだよ。この間まで。俺と一緒にいるリスク」


 誰かと一緒にいる経験が少なかったから、時間がかかってしまったなんて、頭脳派を気取る奴とは思えない言い訳が浮かぶが。そんなもの。弱い人間の言い分だ。


「リスク?」

「君や、恵理に、危害を加えられるリスク」


 ごくっと、香澄は息を飲んだ。


「飯田はまぁ、大丈夫だろう。あいつ妙に強かなところあるし。だけど……君たちは女の子だ」


 世の中、ただそれだけを理由に御しやすいと判断され、標的にされることがある。


「つまり先輩は、自分の近くにいると危ないから、離れるべきだ。そう言いたいのですね」

「……そうだ」


 まとめればこんなに簡単なこと。でも俺は、悩んだんだ、迷ったんだ。伝え方を、伝えることを。


「そうですか」


 香澄はそう言って目を閉じた。あぁ、俺は。

 なんで、後悔しているんだ。馬鹿がよ。

 俺は大丈夫。一人でも大丈夫。そうなれるように、生きて来ただろうが。

 香澄は沈黙する。その時間がやけに長く感じられて。人と相対して初めて、息を飲むという体験をした。

 微動だにしない香澄は、あぁ、本当にこいつ、きれいな奴なんだなって思わせる。整った鼻梁、長いまつげ、透けるような滑らかな肌。構成するパーツ一つ一つが、眩しく映った。


「……先輩。一つだけ、失礼を申し上げても良いでしょうか」

「なんだよ」

「先輩って、馬鹿ですね。たまに」

「んなっ」


 ば、馬鹿? 俺が? 言われたこと無いぞ。


「前にも言いましたよ。メリットデメリットで人付き合いしていないと。私は」

「だが、今回あるのは、リスクだぞ」

「知りませんよそんなの」

「いや……だが……」

「先輩が私のことお嫌いでしたら話は違うのですが。そんなことないと今朝、言われたばかりですし」

「あ、っ」

「先輩。勘違いしないでください。そんなもの、わかり切っていることじゃないですか。私だって馬鹿じゃないんですよ。私は……」


 ……私は。

 今、ここにある真実を。言葉にする。

 だって、話さないとわかりあえないのだから。伝わらないのだから。

 最低限の努力を怠ってしまうのは、嫌だから。だから。


「私は! ……先輩と一緒にいる時間、それを他の誰かの悪意なんかで、失うのは、嫌です! そんな理由なら私は、納得してあげません」


 香澄はそう言い切って、唇を湿らせるようにマグカップに口を付けた。そして。


「それに先輩が本気で私を引き離そうとするのならこんな話し合いなんていう、まどろっこしい方法ではなく、もっと確実な方法を取ると思います。……本気で私と離れようとしているわけじゃない。私には、そう見えます」

「……そうか」


 香澄の中の俺のイメージに物申したい気分ではあるが。そうだな。多分その通りだ。俺は、本気じゃなかったんだな。


「……甘えてたんだな。やっぱり。俺。香澄に」

「違います。何でそうなるんですか」


 定まっていないから、俺は香澄の言葉に何も返せない。


「先輩、私のこと、信じられませんか? 先輩から見たら私は弱いかもしれません。けれど」

「違うんだよ。香澄は……」


 香澄は、きれいなんだよ。きれいだから。きれい、なんだよ。だから。


「香澄こそ……なんで、そんなに。俺と……」


 その時だった、スマホが着信を知らせる。


「はい」


 店からの電話だったからすぐに出た。


「はい、少し早めに。わかりました。はい、香澄には俺から伝えます。はい」


 電話の内容は、早退者が出たから早めに来れないか? というものだった。


「香澄。一時間後」

「わかりました……また、話しましょう。納得、してあげませんから」

「あぁ」


 この方法選んだからには、俺は、香澄が納得しないというのなら、話す以外にない。それが、責任だから。


「わかった。また」




 店はまぁ、混んでいた。出勤してすぐ、俺はレジの手伝いになった。

 なんでだろ、と思って、すぐに、夏休みだからか、と結論付けた。


「センパイ、お疲れ様です」


 恵理の入っているレジに俺は助っ人で入る。香澄もパートさんのヘルプだ。


「わお、早いですね」

「慣れだよ」


 黙々と仕事をする。淡々と商品をスキャンする。ここで頭も空っぽにできたら楽なのに。俺の頭はいつだって何か考えている。何も考えない時間なんて記憶にない。


「センパイ、調子悪そうですね」

「そんなことない」


 混んでると言っても、しばらくしたら余裕ができて。


「じゃ」

「はい。ありがとうございました!」


 恵理の笑顔は晴れやかで。夏のどこまでも遠い青空を思わせて。


「……あれ」


 なんだろ。頭の、記憶の奥。何かが、訴えかける。


「……なんだ」


 わからない。最近、わからないことだらけだ。そんなこと、初めてだ。


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