先輩、一緒に行きましょう。
学校に着いてまず、職員室に挨拶に行く。廊下は蒸し暑いが、職員室はしっかりと冷房が効いている。いやまぁ、教室も空調ばっちりだから、この学校自体に文句は無いのだが、
「やっ、二人とも。来たね。じゃあ、張り切ってー理事長室行こうか」
「……そんな姿勢で言われても」
布良先生、クーラーの効いた職員室でぐだぁと溶けている。他の先生がいないから気を抜いているのだろう。普段はよく整理されている机な印象なのだが。
「夏休みでも先生には仕事あるんですね」
今は資料の山が形成されている。先生は香澄の言葉にニマーっと笑って。
「まぁね~。研修会とか講習会とか研究大会とか。後期の授業計画とか、色々あるよ」
「……大変そうですね」
「あは。生徒が気にすることじゃあないよ。行こっ」
ぴょんと立ち上がり、布良先生は職員室を出る。俺達もその後に続いた。そしてやたら大きな扉の前に立つ。
「理事長、お連れしました」
「入れ」
理事長室の奥、理事長は俺達が入って来たのを確認すると。立ち上がり、中央の長机、そのソファーに座るよう手で促した。
投げるように置かれた紙束二つは俺達への物だろう。
「さて、わざわざ来てもらってすまない。メールで送った通りだ。これは日程と場所、地図をまとめたものだ。ペーパーレスの流れがあるとはいえ、現地に間違いなく持って行くものは印刷して渡してやるべきだろう。何でもかんでも流れに乗れば良いというものではない」
「そ、そうですね」
「さて。紹介しよう、うちの秘書の結城真城と東雲リラだ」
理事長が入り口の方を手で示す。……えっ、いつの間に。音もなく二人の女性が並んでいた。
「この二人が今回のキャンプ演習の講師となる。二人にはそのサポートをしてもらいたい」
「は、はい」
「わかりました」
なんか、真逆な二人だ。
結城さんは何というか、爪と牙を隠しこちらの様子を窺う獣のような雰囲気。東雲さんは普通に良い人そうなお姉さんな雰囲気だ。
「報酬としては、教師が現金を生徒に渡すのは問題。夏休み明けに営業開始予定の食堂、そこでの食事券でどうだろうか? ひと月分だ」
「食堂!」
真っ先に反応したのは香澄だ。……食堂にも憧れがあるのだろう。
「食堂ができるのですか?」
「あぁ」
……そうか、食堂ができるのなら、これで公然と、夏休み明けに香澄から弁当を受け取らない理由ができる。
「わかりました。それで引き受けます」
「よし。出発は明後日。朝、八時に迎えを向かわせる」
「わかりました」
それから、結城さんと東雲さんと少しだけ打ち合わせをした。
「では当日。双葉は私に、有坂はリラに付け」
「はい」
「わかりました」
「では、本日は解散」
まぁ何というか。
うん。
一泊二日の日程。その間だけは待とう。保とう。今は香澄との関係を乱すべきではな。この仕事を遂行するために。
山の中でキャンプ。泊まるのはテント。小学生の時の林間学校を思い出した。飯盒で飯を炊いて火起こししてカレーを作って、夜はキャンプファイヤーと肝試し……そのまんまだな。
「じゃあ、また店で」
電車に乗って戻って来た。香澄を送らない時のいつもの場所で、俺はそう言って手を上げる。
「えっ? 先輩、一度帰るんですよね」
「あぁ。そのつもりだが」
「昼食は?」
「適当にここら辺で済ませるけど」
「そうですよね。では、どこにしますか?」
「えっ?」
「お決まりで無いのでしたら、行ってみたいお店があるのですが」
……この子、一緒に行く前提で話してる。えっ。わざと? 無意識?
「先輩、私、パンケーキデビューしたいです」
「え、えぇ……」
「なんですかその反応。一人で行けって言うんですか。あんな、キラキラした人たちの集まりの中に。先輩だって、男性ゆえに入りづらさがあるはずです。この際、一緒に行きましょう」
「いや、もうパンケーキはそこまでブームでは……」
「そんなの関係ないです。食べ物に流行はあれど、美味しいことに変わりはありません。別に撮影会に行こうというわけじゃないのです。その手のSNS,私やってませんし」
「そ、そりゃそうか」
……まぁ、良いか。
いきなり邪険にするのはよくない。関係をぶった切ろうというわけじゃないんだ。
「じゃあ行くか」
「はい、行きましょう」




