先輩意外に強いんですね。
会計をしっかりと割り勘して、店を出る。程よく腹を満たした俺達は駅前に足を向ける。
「なぁ、晃成」
「ん?」
「良かったな」
「何が」
「気を許せる奴、ようやくできたんだな」
「なんだそれは」
「お前と双葉ちゃん、遠慮が無くて良いなってな」
目の前をわいわいと歩く香澄と恵理に目を向けながら、飯田はそう言って自嘲気に笑う。
「晃成が建ててる壁の向こう、俺よりも早く入られちまったなぁってな」
「壁? そんなもの建てた覚えはない」
「なんだよ。無自覚か。でもまぁ、今は祝福してやるよ」
「……よくわからんことで祝われてもな」
「これからわかるさ、きっと。最後まで信じられる奴がいるってことの良さって奴」
最後まで信じられる奴。俺は香澄のことを……。
「俺は晃成のこと信じてるぜ。お前、なんだかんだ義理堅いからな」
「そーかよ」
「くははっ。じゃ、俺こっちだから」
「あぁ。またな」
「おうよ」
それから前を歩く二人の後ろをぼんやりとついて行く。
「センパイセンパイ」
「ん?」
「夏休み、バイトだけじゃなくて、どこか行きませんか?」
「どこかって?」
「プールとかですかね」
「プール?」
「はい! プールです! 楽しいですよ!」
「ふーん。好きなのか?」
「はい! それに、しばらく、行けてないので」
ん? 一瞬声が沈んだような。
「まぁとりあえず。予定を決めるなら追々。それよりも今から恵理は面接で良いんだよな。というか良いのか? うちのスーパーで」
「まぁ、自転車で二十分くらいの距離ですし」
「まぁ、それはそうか」
「良い運動になりますわ。おほほ。ではまた後で」
流石に焼き肉に行ってそのまま店に行くわけにはいかない。シャワーを浴びてから行く。
恵理について、一応事前に店長に確認したところ、歓迎すると言われたから心配はしていない。恵理のコミュニケーション能力なら難なく突破するだろう。そして本当にその通りだった。恵理はその場で合格を言い渡され、早速今日から研修が始まった。
教育担当は香澄。当然だ。さてさて、俺は俺で仕事だ。仕事だ……。
「あのさ」
「……はい」
「はい」
「いや……別に君たちは悪いことをしたわけじゃない。が」
場所、サッカー台。買い物した商品を袋に詰める場所の筈なのだが。いや、こんな状況は流石に初めてだ。
髪を染めてチェーンとかピアスとかじゃらじゃら付けた、何というか、ひと昔前なら「うぇーい」とか言ってそうな、恐らく大学生くらいの男が三人、床に転がっているのだ。
「かっこよかったですよー。センパーイ」
「はぁ。一旦静かにしてくれ。とりあえず恵理は言動を反省してくれ」
「うっ、すいません」
「先輩……」
「いや、カスミはまぁ、はぁ……せめて逃げを選んでくれれば」
「すいません」
「ごめんなさい」
「いや、君たちは悪くない。重ねて言うがこいつらが悪い。だがまぁとりあえず。あぁいう時は大人しく逃げを選んでくれ。俺が抑えるから」
はぁ……見え麗しき女子高生二人並べばこの手の輩が寄ってくるのはまぁ予測できる事態だ。幸い、怪我人はいないわけだが。
「先輩、意外ですね。運動とか苦手なイメージがありました」
「喧嘩とかできるんですねぇ」
「……昔色々あったんだよ。運動は得意な部類だ」
自衛は大事だ。小さくなって目立たないように生きるか、手を出せない存在になるか。俺は後者を選んだというだけの話。
「あー。とりあえず、説明、してくれるかな?」
「はい」
ようやく来た店長の言葉に頷く。
何があったか。要するにナンパだ。新人研修用にレジを一台使っていたわけだが。使うのは練習用の商品、今日の内容は操作の説明、当然客は通らない。なのだが、この男たちはわざわざ来たのである。
当然、香澄は追い払おうとした。だが男たちは食い下がる。約束は取り付けられないまでも、仕事終わる時間、あるいは連絡先を聞き出そうと二人を囲む。そこに俺が来たわけだが。
「何なのですかあなた達は! ご遠慮くださいという言葉の意味もわからないのですか!」
香澄さんが咆える。対応を引き都合にも男たちはのらりくらりとその場を動こうとしない。警察を呼ぶか考えようとしていたところで。
「仕方ないよカスミちゃん、ただでさえ脳みそが下半身に支配されてるのに、さらに暑さでバグっちゃってるもん。おち……むぐっ」
「恵理……」
「恵理さん……」
恵理の口を両手で塞いだ香澄も嘆息。
「はぁ、これ以上は警察呼びますよ。退店していただいてもよろしいでしょうか?」
「えー、なんか悪い事しましたか? 僕たち―」
「迷惑ですと言っています」
「店員でしょ? お客様をもてなしてよ」
「……お客様は不退去罪をご存じでしょうか? 刑法第……130条ですね。今回の場合、正当な理由なく、退店をお願い申し上げても居座った場合ですね。成立に必要なのは退去をお願いしたことと、退去までに必要な合理的時間の経過」
「は?」
「三年以下の懲役、または十万円以下の罰金です。後はまぁ、この状況は軽犯罪法にも抵触しますね」
「はー、ちょっと待ちなよ。店員くーん?」
「詳しいことは警察の方と話していただきましょうか。幸い、会話は録音してありますし、監視カメラもあります」
肩を掴んでくる手、敢えて払わない。
「これ以上何か重ねますか?」
「調子乗ってんじゃねぇぞくそ陰キャ!」
急にキレるな。と思いながら抵抗はしない。全部証拠に残っている。周りのお客さんも関わらないように遠巻きに見ているが目撃者だ。店長とチーフもようやく事態に気づいてこっちに来ている。
だから大人しく床を転がって、あとは情けなく尻餅ついていれば良い筈だったのに。
「先輩!」
「センパイ! このぉ!」
「えっ。ちょっ」
恵理の蹴り。突き飛ばした奴の脛に綺麗に入る。
「ぐっ、このガキっ」
「きゃっ」
「恵理さん! 許しません!」
「おい、やめろっ! 香澄!」
香澄が振り上げた手は幸い空を切った。
突き飛ばされた恵理を庇うように立ち。香澄は鋭く男たちを睨む。だが男たちはキレたようで完全に臨戦態勢。
「ちっ」
立ち上がる。香澄の胸倉をつかもうと伸びていた手。
「えっ」
「いつの間に」
俺はそれを掴んだ。
「暴力沙汰はご遠慮願います」
帰って来たのは無言で鳩尾を狙った拳。
「はぁ」
だけどそれが届くことはない。
「ぎゃっ」
数秒後。男たちは床に転がっていた。鳩尾に深めに入れたからしばらくは動けまい。




