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バイト先の毒舌後輩ちゃんの先輩改善計画。  作者: 神無桂花
真面目な後輩は毒舌です。

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30/110

先輩、私の我がまま、一つだけ叶えてください。

 結論から述べると、小田先生は俺達が去った直後に、理事長と布良先生に不正を認め謝罪した。そしてその日のうちに解雇された。

 教室に荷物を取りに戻り、昇降口に来たところで布良先生が慌てて知らせに来てくれた。


「呆気なかったな」

「早めに済むならその方が良いでしょう」

「直接謝れっての。クソが」


 不満げな飯田。気持ちはわからなくはないが。


「良いさ。そういうもんだろ、世の中なんて」

「……でも、釈然としません」


 少しだけ唇を尖らせる恵理に。


「そういう大人もいますよ」


 珍しく諦観を滲ませた双葉さんが答えた。

 流れる沈黙。校門の前で立ち止まる。


「……とりあえず。ありがとう。助かった。恵理、飯田、君たちがいなかったら、原本は見つからなかった」

「あは、ちょっとメッセージ飛ばしただけですよ。センパイがバイト続けられるようで良かったです、今後はバイト先でもよろしくお願いしますね」

「あぁ。まぁ、主に双葉さんが面倒見ると思うけど」


 飯田は黙って拳を差し出してくる、それに拳を合わせるとニッと笑って。


「今度ジュース奢れよ」

「そんなことで良いのか?」

「あぁ。ダチの貸し借りなんてそんなことで良いんだよ。じゃ、部活行ってくるわ」


 スポーツ鞄を担いで遅ればせながら部活へ向かう飯田を見送り、それから。


「じゃあ、帰るか」

「はい」

「行きましょう行きましょう」 


 祝杯というか打ち上げというか、どちらでも良いけど、どこかに寄り道するか考えたけど、少し疲れた気がする。だから俺達は駅前に真っ直ぐに向かう。


「それじゃあ」

「その前に一つ。センパイ、あの時の答え、聞かせてもらっても良いですか?」


 あの時の……恵理はふんわりと笑う……あの時のか。


「あぁ。良いぜ」

「では改めて。センパイ、助けられることは、弱い事ですか?」


 双葉さんが息を飲んだのが聞こえた。視線を感じる。


「……今回、俺は、一人だと届かない場所があると、知った」


 俺は、弱いのは嫌だ。強くありたい。母のようになりたくない。弱者に甘んじて弱者の権利を声高に主張し、助けられないことに怒りを叫びたくない。でも。


「誰かと一緒に、遠くに、より遠くに手を伸ばせることは、良いと思う」

「先輩……!」

「大好きな答えが返って来てあたしは満足です。こーせいセンパイに百点満点あげます」

「ふっ、久々に嬉しい百点だな」

「百点満点ソムリエのセンパイからのお言葉、ありがたくちょーだいいたします」


 そして元気にかけていく恵理を見送り、俺と双葉さんは電車に乗り込んだ。




 先輩と二人歩く。電車を降りて二人で。改札を抜けて、駅の外。学校の帰りはいつも分かれる場所。でも先輩はついてきてくれた。


「双葉さんには特に、助けられた」


 少し歩いてぽつりと先輩は呟く。温まる心を抑え込んで、私は平静を装って。


「いえ、恵理さんと飯田先輩の働きが一番大きいです。それに……」

 そして、少しだけ、ほんの少しだけ勇気を振り絞って。先輩が一歩を踏み出したように。

「それに、手口を見破ったのは……晃成先輩、じゃないですか」

「ん? あぁうん。でも」


 わずかに見えた先輩の動揺。思わずゴクリと喉を鳴らす。思ったより勇気いる、これ。初対面からこれができていた恵理さん、凄い。


「でも、それでも、あの二人と理事長と、布良先生を引っ張り込んでくれたのは、最初に動いてくれたのは、双葉さんだ。双葉さんがいなかった俺は、多分、まだこの件を追いかけていたと思う」


 最終的に同じ結論を得られたかもしれないけど、何も言わずとも、飯田と恵理も、手を貸してくれたかもしれないけど、その頃には多分、手遅れだ。原本はどこかで知らないうちに処分されて、証明できないまま、俺はバイトを辞めさせられていただろう。


「だから、一番の功労者は、双葉さんだ」

「そういうことなら、ありがとうございます」


 俺は頭を下げる。今示せる誠意を、精一杯表現する。


「この借りは、ちゃんと返す」


 その言葉に、私はどうしてか。


「今返してください」


 なんて言っていた。私にしては、図々しいな。でも。この時の私の頭の中には、一つだけ先輩に要求したいことが、浮かんでいたんだ。

 本当はもっと大きな願いがある。気がする。でも、それを口にする勇気が無いから。だから。今は、ちょっとだけ、少しだけ、前に。


「一つだけ、我がまま。叶えてもらいます」

「あぁ。何でも言ってくれ」


 俺の生き方を守れたんだ。何を言われても叶えるつもりだ。

 先輩が真剣に言っているのは、わかった。

 息を一つ吐いた。


「では……私、双葉香澄と言います」

「知ってるけど、急にどうした」


 震える唇を抑え込んで。絡まりそうな舌を無理矢理動かして。マンションの前、先輩の顔を真っ直ぐに見上げて。


「今後は、香澄と呼んでください。私も、晃成先輩、と呼ぶので」

「えっ、えっと。そんなので、良いのか?」

「はい。だってズルいじゃないですか、恵理さんばっかり」

「いや、よくわからんけど。……しょぼくない?」

「しょぼくないです。私にとっては、とても大きなことです」

「そ、そうか……そういうことなら、その、ありがとう……香澄」


 夕陽のせいだろうか、恥ずかし気に少しだけ逸らされた先輩の横顔が、ほんのりと紅く染まって見えたのは。

 頬が緩むのを感じた。これは、抑え込めない。


「はい! これからもよろしくお願いしますね、晃成先輩!」


 そう言った双葉さんの笑顔は、空を茜色に染める夕陽よりも、眩しかった。


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