先輩、後は、お願いします。
次の日。水曜日の放課後。双葉さん達の教室に飯田を連れて訪れる。
「俺も連れてけよ」
というから飯田も一緒だ。
「さて、俺が思いついた推理ではあるが。生徒に持って帰らせれば、オリジナルの答案は学校から持ち出せる」
「でも、どうやって」
「例えば、だ」
最初に考えた方法は生徒に頼むことだ。だが、その生徒がうっかり周りの友人に話す不安がある。俺ならまず避ける。つまり、気づかれないように持たせる必要がある。
尚且つ、普通に探したら見つからない、そう、例えば、気がつけば家で捨ててしまうようなのが望ましい。
それを、先生が特に怪しまれる事なく、生徒に渡せる。それは。
「テストの模範解答」
「えっ」
「生徒配布用のそれに紛れ込ませて配れば良い。隠すつもりの答案だ、答え合わせのための赤ペンは入っていないし、俺の答案だ、どうせ全問正解。それに、答えは真面目に見ても、その他を真面目に見る奴なんてそうはいないだろう。気づかれてもわざわざ指摘しないだろうし、指摘されても、何かのミスで誤魔化せる」
それに、俺の答案をコピーしたものが模範解答として出回った前例はある。
「だから、可能だ」
あとは各家庭で勝手に処分されるだろう。それで証拠隠滅完了だ。
「じゃ、じゃ、どうやって探し出すのですか?」
双葉さんが消え入りそうな声で言う。そうだ。もうテストの配布を終えてから、クラス毎に差異があれど、最高で三日は経っている。何より二年生全員の持ち物を検査するなんて現実的ではない。
「えーっと」
「え、恵理。こんな時にスマホを弄って。飯田先輩まで。方法を考えましょうよ」
「飯田先輩は何人に連絡しました?」
「えーっと、三十人に連絡して、返事待ちは今のところ二十五人かな」
「わお、早いですね」
「いやいや、南ちゃんこそ、一年生なのに」
「女子は人間関係の手札は多ければ多いほど強いですから」
「あはは、じゃあ、女子の方は任せて良いかな?」
「はい。お任せあれ……おっ、写真の返事。先輩、これですか?」
「えっ……いや、最後の問題の解き方が俺と違う、これは配布された奴だな」
「ありがとうございます」
まさか、この二人。
「おっ、晃成、これは?」
「違うな」
「おっけー」
「……学年全員に、連絡する気か?」
「まぁ、流石に持ってない連絡先あるから、全員とはいかないが、そこら辺は別の奴に頼んでる。安心しろ、信頼できる奴に頼むから。あんまり大っぴらに広めないようにも頼んでる。捜査されていると犯人側に漏れるのも不都合だろ。生徒に頼んで処分を頼んでいる可能性、完全に潰れてるわけじゃないんだろ」
「あ、あぁ」
「とりあえず、明日まで様子見ませんか?」
「そう、だな」
……俺の考えていることを理解した上で、俺が取れない方法をあっさりと実行して見せた二人。昨日、生徒の手で持ち出されている可能性に至った時、どのように解決するか思い浮かばず、そのまま放課後を迎えて。そして。
「これが協力するってことか」
「そうですね」
双葉さんがニコッと笑って見せて。その時、教室の扉が開く。顔を覗かせたのは布良先生だ。
「やっほー。やってる?」
「何かありましたか?」
「んーん。ごめんね、進展なし。だけどまぁ、色々考えてみたんだけどさ、あーいや、その前に状況だけ聞かせて欲しいな」
「わかりました」
双葉さんが簡潔に、さっきまでのことを説明して。
「なるほど。なら、私の今日の動き方は間違えていなかったわけだ」
「布良先生は俺達の逆の可能性を」
「そっ、当初の推測通り、学校の中にある可能性を探ったわけ。まぁ、ばっちり空振りだったけど。まぁ、無い可能性が高いことがわかった。ってところかな。まぁ、小田先生をつけ回してただけなんだけどさ」
「……布良先生、意外とアグレッシブですね」
「ふふん。これでも友達にその手のことのプロが何人かいるんだよね」
「……どんな人脈ですか」
「はいこれ、小田先生の今日一日の活動記録」
と、そこには時間と小田先生がどこに行って何をしていたのかがしっかりと記載されていて。
「……普通ですね」
「あぁ」
「違和感ゼロなんだよねぇ。余程心臓が強くない限り、隠し場所はチェックすると思うんだよねぇ」
「あぁ……持ち物は検査されるんですよね?」
「そうだね」
「鞄の中のクリアファイル一つ一つまで」
「もち」
「そうですか……机の中。あるいはデスクのファイルの中に紛れ込ませる」
「その可能性も潰しててあるよ。理事長の秘書の東雲さんと結城さんが、双葉さんから話を聞いたその日のうちにデスクを調べ上げてる」
「え、理事長。手出し、しないって」
双葉さんと顔を見合わせる。
布良先生からの報告は、まさに今日行きついた学校内には無いという可能性を肯定していた。
「本人には言わないでくれとは言っていたけどね。双葉さん達の成長の機会とは考えつつも、不正は確実に潰す気でいる。もし金曜までに何らかの結果を出せなくても、理事長はちゃんと準備している。だからまぁ、気楽にやって良いよ」
「そ、そうですか……」
「大人だもん。私も理事長も。子どもばっかりに背負わせたりしない。それだけは覚えていて」
「……はい……ありがとう、ございます」
そして布良先生はどうしてか俺の前にしゃがんで。
「君の事情を考えれば、大人を信用できないのはわかる。でもね、有坂君。先生を信用しろとは言わない。現にこんなことが起きて、先生たちへの信用は地に落ちても文句は言えない。でもね、少しずつ、周りの人をちゃんと見てあげて。そうすればきっと、君の世界は広がる。折角の出会いを大事にして欲しい。私がそうだったからさ。まさに高校時代の出会いが、世界を広げてくれたから」
「……はい」
布良先生の言葉には不思議な説得力があった。だから素直に頷けた。
「あっ」
その時だった、声を上げたのは恵理。
「……これっぽくないですか、ほら、最後の問題、センパイの解き方と全く同じ……? じゃないですか?」
「えっ」
「どれですか」
恵理が見せて来た画面を二人で覗き込む。
「あいたっ」
「ぐえっ」
「いや、仲良しかよ」
ぶつけた額を抑えて双葉さんとのけぞる。
「すまん」
「いえ、私も前方不注意でした」
「良い頭突きだったぜ」
「頭突きじゃありません。不注意だっただけです」
「……夫婦喧嘩は後にして、確認したらどうだ」
飯田の言葉に再び顔を見合わせ、画面を覗き込み。
「……先輩の字です。読めれば良いだろという感情が込められた雑さを感じます」
「そんなことを思いながら読んでるのか」
「パートさんの間でたまに言われてますよ、先輩の字の雑さは」
「マジかよ」
「……とりあえず、盛って来てもらうってことで良いかな?」
「あ、あぁ。悪い、頼む」
「はいほい……あっ、家近いからすぐに持って来るって」
「……いや、学校の外で受け取ろう」
「え?」
俺の言葉に恵理と双葉さんの視線が集まる。
「念には念だ」
「あぁ、その方が良いな」
飯田も頷く。
「俺が小田先生だったらこの教室監視して、そこに妙なプリントを渡しに来る生徒がいれば、適当な理由付けて取り上げるね」
「そういうことだ、というわけで……駅前で頼んで良いか?」
「わかりました」
「ん。話し、まとまったみたいだね」
「はい、布良先生、ありがとうございました」
双葉さんの言葉に続いて頭を下げる。
「はい。気をつけて帰ってね」
何というか、素直に良い先生と思える先生と、初めて出会えた気がする。
その時だった。ほら来た。
「何を話しているんだ、貴様ら。有坂、飯田、ここは一年生の教室だ。こんなところで何をしている。テスト期間は終わったぞ」
「テスト期間だろうとなかろうと、俺がどこにいようが勝手だと思いますよ、小田先生」
「生意気な口を。あんまり調子に乗らない方が良いぞ、有坂。今回の結果でお前のその生意気な態度をフォローするものは無くなるだろうからな」
「どうでしょうね」
半笑いの俺の言葉に、小田先生の眼光が鋭くなる。だが、焦っているな。もう少し冷静なら、ここで出てこない。自分で自分が犯人だと肯定しているようなものだ。
尾行して俺達が答案の原本を受け取るか確認するくらい冷静なら、俺達も危うかったかもしれない。いや、まだ確信するのは早い。ここは何か引き出せないか……。
「小田先生、俺に何か言うこと無いんですか?」
「ふん、そうだな、今回は残念だったなー今から全員に補習授業しても良いぞ? 全員生徒指導室に行くか?」
その言葉にダンっと床を踏み鳴らし一歩出たのは双葉さんだった。一つ、二つ、荒い呼吸。
「あ、あなたという、人は!」
抑え込もうとしても溢れた言葉。慌てて恵理が手を掴むが。双葉さんはもう一歩踏み出す。
「あなたという人は、教職にありながらっ!」
「ストップ」
そこに割って入ったのは布良先生だった。容赦なく双葉さんの口に手を突っ込んで止める。えっ、マジ? どんな止め方だよ。
「ふえ、ふぇりゃしぇんしぇ?」
布良先生の予想外の行動に張り詰めた雰囲気が一気に弛緩した。布良先生はいつものふんわりとした、春の日差しを思わせる笑みを浮かべる。
「小田先生、ここは私が預かっている場です。私を無視して話を進めて貰っては困ります」
「布良先生、あなたも、生徒にあまり甘い顔をしない方がよろしいですぞ」
「ご忠告痛み入ります。ですが、今この場は私の顔を立てていただいてもよろしいですか?」
「……ふん」
小田先生の睨みを、布良先生の柔和な笑みが受け止める……意外と度胸あるな、この先生。
双葉さんの口から手を引き抜いて、こちらに身体を向けると。
「さぁ、用は終わったでしょう。あなた達は帰りなさい」
……布良先生が作った、この場を収めるチャンス、逃すわけにはいかない。
「はい。布良先生。行くぞ、双葉さん。機を見誤るな」
「……はい、すいません。先輩」
俺達は二人の横をすり抜けて昇降口へ、無言で立ち止まらず特に合図することなく校門を抜け駅前へ急ぐ。
「でも先輩、どのように証明するんですか、これから受け取るものが本物だとして」
「今考えてるが、多分、何とかなる」
双葉さんが考えている様々な反論の可能性は、多分、俺が今考えているものと同じ。
「まぁ、任せろ、手札は揃う」
「……はい……はい! 先輩ッ!」
「あの、飯田先輩」
「なんだい? 南ちゃん」
「あの二人。やっぱり」
「今は良いコンビ、ってところじゃないかな」
「そ、そうなんですか?」
「今は、だよ」
飯田先輩はそう言ってニッと爽やかに笑って見せる。
「まぁ、俺は見守りたいかな」
「はぁ……私は背中を蹴りたくなりますね」
「わからないでも無いけど、どっちも不器用だと思うからなぁ」
「それは、そうですね」
……なら少し、そっとしておこうかな。言わないけど。香澄ちゃんには今の焦りを忘れないでいて欲しいし。




