先輩、誠意って難しいですね。
警察に一通りの説明をし、あとは店長に任せた。俺達の去り際に店長は。
「殆ど対応を任せてしまって申し訳ない」
なんて言って頭を下げた。
「気にしなくて良いですよ」
「いや。殆ど君と双葉さんに任せてしまった。大人として情けない。君達は立派だ。後の対応は当然、私が引き受ける。今日はお疲れ様」
「よろしくお願いします」
「有坂君、君も成長したね。入店して最初の頃は凄かった」
「その頃の話は勘弁してください」
「えっ、……申し訳ありませんが、聞いてみたいです」
「良いかね? 有坂君」
「……少しなら」
隠すほどのことでも無いし思い出したくないようなことでもない。まぁ、笑い話にできるならそれで良い。
「入店してすぐの頃の有坂君の接客によって、まぁ、常連を何人か失ったものだよ」
「えっ。いえ、まぁ、先輩なら……」
「今はまだ優しくなった方だよ」
「そ、そうなんですか?」
「そうだとも。例えばそうだね、割引作業している時にこう親御さんが自分の子どもに割引して欲しい商品を持って行かせるわけだ。子どもが聞くんだよ『これ安くなりますか?』ってね。それに対して有坂君は『なりません』と」
「あぁ、まぁ、先輩なら」
……さっきから妙な納得のされ方してないか?
「そしてまぁ、その子供の母親が『子どものお願いも聞けないとか、心の狭い店ですね』と有坂君に噛みついたんだよ」
「あぁ……」
双葉さんがどこか結末を察した顔をする。……あぁ。あの時のか。
「その母親に有坂君は言ったわけだ『子どもをダシにして言うことを聞かせようとする人間に人間性をとやかく言われたくないですね。値引き交渉くらい自分でしたらどうですか?』って」
「う、うわ……」
確かに先輩、今より容赦がない。
「まぁ、この有坂君の姿勢によって、少しお客様の態度とか姿勢が柔らかくなった気がするけどね」
「えっ?」
「より正確に言うと、店員に横柄な態度を取るお客様が来なくなった、と言った方が正確かな」
「なるほど」
元々マナーが良い人にとっては関係の無いこと。俺だって今も昔も、誰彼構わず噛みついていたわけじゃない。
「ただまぁ、山辺チーフとよく喧嘩してたね。接客態度について」
「懐かしい事です」
「ど、どうやって今の関係に」
「きっかけなんて無い。俺もチーフも、少しずつ折り合いをつけただけだ」
「は、はぁ」
「さて、そろそろ帰りなさい。私は警察の人と話してくるよ」
「はい。お疲れ様です。失礼します」
双葉さんと二人、店を出た。
しかしながら、双葉さんが来た時は驚いた。
「君は、えげつない手を使うな」
「へ? えげつない、ですか?」
ん? なんでそんな驚いた顔をするんだ。
「うん。子どもが大人に頭を下げる光景というのは、周りから見れば心象良くない光景だろ? しかも君は女の子だ。これがもし、中年の男性が相手だったらもっとえげつないことになっていたな。そんでもって君、随分と大きな声で話すじゃないか。聞こえる内容として、周りから見ればどっちが悪者に見える?」
双葉さんはまあ、小柄だ。大人びた雰囲気をしていても、その事実は変わらない。
「……あっ……あっ……」
「土下座とまでいかなくても、性別と年齢、そして深く頭を下げる行為ってある種の脅迫道具にもなるしな。どうした?」
「……脅迫、ですか。私のやっていたこと」
自覚無し、か。本人的には誠心誠意の接客って奴をやっていたつもりだったようで。
「はぁ……」
すっかり肩を落としてしまう。
元々小さいがそれがさらに小さくなったように見えて。何となく頭に手を伸ばしたくなる。
「何か?」
「なんでも」
不穏な気配を察知したのか、ジトっとした目がこちらに向いた。
「……まぁ、誠心誠意って難しいよな」
「はい、痛感しました。脅迫、脅迫、ですか……」
目から光が消えて今にも地面に沈んでいきそうな顔してる。
「いや、悪い。言い方が悪かった。そう、断わりにくい雰囲気が作られるって……慰めにならねぇ」
「いえ、良いです。しっかりと反省して今後に繋げますので」
はぁ……。
「精算カゴに紛れ込ませて商品を一つ持ち出す、か」
節約術感覚でする人がいると聞いたことはあるが目の当たりにしたのは初めてだ。
「……木を隠すなら森の中……というのはちょっと違うのか……ん」
……そうか。
「先輩?」
「可能だ。それなら。学校の外に、持ち出してしまうこと」
「えっ」
「少し待て。明日までには考えをまとめる」
「は、はい」
「明日の放課後、恵理も連れて来てくれ」
「わかりました」




