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バイト先の毒舌後輩ちゃんの先輩改善計画。  作者: 神無桂花
真面目な後輩は毒舌です。

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19/110

先輩、もしかして、あれって……。

 「あーーーーーー」


 家に帰って部屋の中に。枕に顔を押し付け私はくぐもった叫びをあげた。


「あれ、あれって、冷静に考えて、間接、キス」


 先輩、レンゲ、使ってたっけ、私に食べさせてから。使ってたっけ。どちらにせよ。

 顔が、熱い。どうしよう。


「どうかしたんですか。香澄さん」

「あぁ、松江さん。えっと……」

「最近楽しそうでしたけど、今日はいつになく楽しそうですね」

「これがそう見えますか」

「えぇ。発情してる女の顔ですね」

「うわーん」

「急に変な声出さないでくださいよ」


 松江さんは、はぁ、とため息を一つ吐いて。


「それで、どうなんですか、件の男とは。そろそろキスでもしましたか?」

「しませんよ! 何度も言っている通り、先輩とはそういうのではありません」

「はっ、ご冗談を」

「鼻で笑わないでください!」

「……では香澄さん、そうですね……想像してみてください」


 急に雰囲気が変わった松江さん。にんまりと唇を吊り上げて。


「そうですね……件の先輩とやらがあなたのお友達……南恵理さんとか言いましたっけ。その二人がもし、今回のテストをきっかけにお付き合いすることになったとしたら?」

「なっ……」


 先輩と、恵理さんが、お付き合い?


「うごごごご」

「凄い声出しますね」

「な、な」


 恵理さんは、可愛らしくて、スタイル良くて、愛嬌があって、料理もできて。それに、先輩は、恵理さんの、名前を。

 いや、なんで、私がこんな、こんな……なに、このもやもや。胸の内に湧く切なさは、なに。


「……思ったよりも凄い反応。香澄さん」

「何でもありません!」

「ん?」

「何でも、無いです。すいません、少し一人にしてもらってもよろしいですか?」

「畏まりました。何かありましたらお申しつけを」


 松江さんが出て行って、一人の部屋。


「私、まだ、『双葉さん』呼びなのに。『有坂先輩』って呼んでるのに。まだ、名前で呼んだことも、呼ばれたことも、無いのに」


 私の方が、先に出会ってるのに。

 ずっと前。って程でもない。まだ最近の範囲。

 高校に入る直前の春休みに。先輩は、覚えてないけど。あの時私は、先輩に憧れたんだ。

 乱されない瞳に心を囚われ、揺れない声に耳を振るわされ。堂々とした振る舞いに視線を奪われた。


「なるほど……状況から考えた場合、お客様のカードは盗まれたとは考えづらいです」


 電子マネーカード。お金をチャージしてレジでかざして使うカード。春休み、松江さんと母との買い物に私も付いてきた。その日はまぁ、結構混んでいて、付いてきたことを後悔していたのを覚えている。

 会計前、母がチャージする機械でカードにお金をチャージして。それからカードを失くしたのだ。財布や鞄を探しても見つからず。売り場を一周しても落ちていなくて、そして母は、盗まれたのではと言い出したのだ。

 とりあえずカードを停止してもらうべく、サービスカウンターに向かった。その時対応してくれたのが、有坂先輩だった。


「盗まれたとは考えづらいって、じゃあどこにあるのよ」

「恐らく、お客様の鞄の中か、またはそちらの袋の中かと」


 そう言って有坂先輩は、母が手首にぶら下げているエコバックを指差した。


「えっ……あっ、ほんとだ」


 あれだけ探して見つからなかったカードがあっさりと見つかって。目を丸くするということわざを、身をもって体験することになった。

 鞄か財布に片づけたという先入観から誰も抜け出せす、ずっと手にぶら下げていた袋を誰も探さなかったのだ。


「どうして……」

「お客様が使われたチャージ機はあちらのですよね」

「そ、そうね」

「店員が常駐しているサービスカウンターの目の前、そして、本日は非常に多くのお客様がいらしてます。多くの目がある時、人は盗みを躊躇います。そして恐らくお客様も、後ろに多くのお客様が並ばれていることで少し焦ったのでしょう。焦った時、人は不思議と普段とは違う行動をしてしまうものですよ」


 それは、普段財布に仕舞うところを、手にぶら下げていたエコバックにとりあえず放り込んでしまった母の行動を見ればわかる。


「カードを置く台に別のカードがあれば誰でも気づきます。気づかなくても、複数枚カードが置かれていれば、機械が異常として教えてくれます。そして、別のカードが置いてある時、この店でしか使えないような電子マネーカードなんか盗もうとは、人目が無ければ考えるかもしれませんが、この混み具合ではそんなリスクは犯そうとは考えないでしょう。なので俺は、先程の結論に辿り着きました。見つかって良かったです」 


 先輩はそう言って、用事は済んだと言わんばかりに背を向けた。


「す、すごい」


 その時だ。この店で働きたいと考えたのは。

 そして入学してひと月もすれば、先輩の噂を嫌でも耳にする。有名人だから。その先輩が、あの時対応してくれた先輩だと知った時の私のさらなる驚き。だってこの学校、テストが結構難しいことで有名なこの学校において、全教科満点を取り続けるという伝説を残し続けている。そして、あのスーパーでバイトしている。

 私もそうなりたいと思った。

 勉強ができるだけの人から進歩したいと思った。


「私の方が先だもん、先輩に、憧れたの」


 だから……だから! 

 ……私のこと、もっと、見てよ。


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