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バイト先の毒舌後輩ちゃんの先輩改善計画。  作者: 神無桂花
真面目な後輩は毒舌です。
12/110

先輩、こんな時でも、冷静なんですね。

 「恵理さん、恵理さん。起きてください」

「ふにゅ。おー。家庭科、終わった?」

「家庭科どころか情報処理の時間も終わりましたよ」

「そっか。んー。じゃあ、昼休みだね。っと」

「えっ」


 恵理さんがおもむろに取り出したのは弁当ではなく先輩が彼女に用意した課題。


「ちょっと難しいけど、ちゃんと解けないと」

「お、教えます。見せてください……えっ」


 数学の課題。問題数は少ないと思ったけど、そうか、先輩。いや、今は。くっ。


「あ、あの……お昼は?」

「これで良いよ」 


 解き方を考えるまでの時間を誤魔化すための質問に帰って来たのは。おにぎりが三つ。

 いつも豪華で眩しいお弁当を食べていた彼女が?


「どうして?」

「隙間時間、ぜーんぶ使わないと。センパイや、香澄ちゃんみたいになれないから」

「そ、そんな」


 そこまで、どうしてそこまで?


「そんなに、バイトしたいの?」

「あそこまでしてもらって、応えないわけには、いかないじゃん」


 違う。違うの。なんで目的がすり替わってるの。なんで目標が目的になってるの。

 目の下のクマが、酷くなってる。心なしか、彼女の眩しいまでに白い肌が、どこか儚い、危うい白になって見えた。血色が悪いというのだろうか。きらめきが無い。


「センパイや香澄ちゃんがこんなに頑張ってくれて、自分の勉強時間まで削って課題まで出してくれて、あたしが怠けちゃ、だめじゃん?」

「ちがう」

「えっ?」

「そんなことはない」


 誰だって同じようにできるわけがない。まして、あの先輩だ。あの先輩が理想とする要求に到達するなんて、具体的に話しをしたわけじゃない。だけど。だけどもし、だ。


「ちょっと、話してくる」


 教室を飛び出し、私は階段を駆け下りる。四階から三階へ。二年生の階へ。

 二年A組。先輩の教室。扉を開けて。


「ご歓談中に失礼します」

「お? えっと、双葉ちゃんだっけ」

「すいません。飯田先輩、唐突に」

「んにゃ、それは良いけど、晃成に用事だろ。んじゃ、ちょっとジュースでも買って来るよ。晃成、ご注文は?」

「……なんだよ。じゃあ、コーヒー、甘いの頼む」


 有坂先輩は百円玉を指ではじくと飯田先輩はそれを片手でキャッチ。


「双葉ちゃんはオレンジジュースな。んじゃごゆっくりー」


 飯田先輩が教室を出て。どこか注目を集めている気がするが。


「失礼します。有坂先輩に確認があります」


 飯田先輩が座っていた椅子に座り。姿勢を正して向き合う。先輩も何か感じたのか。箸を置いて居住まいを正して。


「弁当は美味しいぞ。正直、ありがたい。感謝している」

「それはありがとうございます。ですが、確認したいことは別です」

「なんだ? 今日は俺も双葉さんもバイト。とりあえず双葉さんに任せたい部分は既に朝、話した通りだ」

「そっちも問題ありません。先輩。私と先輩は一つ、大事な部分を確認していません」

「ん?」


 心当りが無い。という顔だ。やはり、先輩の中では当然のことなのか。


「恵理さんに取ってもらいたい目標点数です」

「そんなもの、満点に決まっている」

「やっぱり」


 この先輩。二週間という短期間で、九割超えを通り越してパーフェクトを狙いに行っていた。


「無茶です」

「難しいが、目指す価値のあるものだ。甘えて最初から九割超えなど、今回超えてもそれが続くと思うか?」

「ですが、そんな目標、いきなりついていけるものですか!」

「そのために俺達が教えるのであろう」

「……先輩。先輩がもしこのまま突き進むと言うのであれば。もう先輩の力は借りません、私だけで恵理さんの指導を受け持ちます」

「なんだと。目標が高くて何が悪いというのだ」

「段階を踏んで欲しい。わかりやすく言えばこうなります」

「そんなことを言っている暇はないだろ」

「結果を急いて良いことなんてありますか!」


 先輩も私もわかっている。どちらも間違ってはいない。それ故に、これ以上話しても平行線を走るしかないと。

 それでも私は、あんな恵理さんを見た以上、この先輩を頷かせるか、引き離すか。


「何なんですか、恵理さんに出したあの課題は、難易度がおかしいです」

「だが、君たちのテスト範囲を効率よく網羅する良い問題だろうが」

「あんな総合力を一問で試すような問題、いきなり解けと言われてできますか!」


 私だって、解き方がすぐには思い浮かばなかった。


「個人に合わせて欲しいという話をしたばかりだったというのに」

「その日教えたことだけで解ける問題だったはずだ」

「ですが!」


 立ち上がりかけた私を、誰かが後ろから羽交い絞めにしてきて。思わず振り返る。


「香澄ちゃん! 駄目だって。落ち着いて」

「恵理さん? どうしてここに」

「あんな血相変えて飛び出して行ったら、心配になるよ」

「……すいません」

「良いの。気にしないで。あたしを心配してくれてるの、伝わったから。でもね、香澄ちゃん、大丈夫、ちゃんとついていくから、心配しないで」

「し、しかし、現状。顔色も悪く、お弁当だって」

「一時期の話だよ。これからは毎日ちゃんと頑張れば良いんだよ。テスト前に慌てないで済むように。香澄ちゃんや、センパイのように。だからセンパイのこと、責めないで欲しいな」

「……すいません」

「うん。ありが……と……」

「恵理さん!」

「恵理!」


 言葉に段々力が無くなって、それから、目が一瞬だけ上を、真上を眼球だけ向けて、手足が少しだけ震えて、糸が切れた操り人形が、ただ重力に従うように……。


「聞こえるか? しっかりしろ」


 動けなかった私と違って、先輩はしっかりと恵理さんを受け止めて、声をかける。


「あ、あ」

「双葉さん。ぼさっとするな。すぐに先生に連絡。君のところの担任と布良先生、あとは保健室の先生だ、まずは」

「は、はい」


 こんな時でも冷静に、するべきことを見据えている。……しっかりしろ、私も。先輩のように、冷静に、状況を見て、考えるんだ。




 「いやー、貧血で倒れるなんてね」


 失敗失敗、と。保健室のベッドですぐに目が覚めた恵理さんは恥ずかしそうに頭を掻いた。


「コーセイセンパイの声、少し聞こえた気がしますよ」

「そうか、忘れろ」

「やーでーすよー」


 倒れたというのに、いつもの調子を崩さない、そんな様子に少しだけ安堵……できるわけがない。


「先輩! 先輩は……!」

「わかっている」


 返って来たのは硬い声だ。わかっている、そうですか。わかっている、ですか。


「何を、わかっていると、言うんですか」

「わかってるんだよ。……俺が、間違っていた」

「え」


 返って来た予想外の言葉に、思わず間の抜けた声がでた。でも、どうして急に。

 恵理さんも、目を見開いて先輩を見ている。

 いつもの、全てを見透かしているような、つまらなさそうな顔には、悔しさとか、焦りとか、そういう色んな感情が溢れていて、どこか行き場のない顔をしていて。

 あぁ、先輩でもこんな顔をするんだなとか、ぼんやりと思った。


「俺は、間違えたんだ。君の、言う通りだ。これからは、君に任せる。必要なら声をかけてくれ、君の方針に従って必要なことをする。悪かった。全て、俺が悪い」


 いつも通りの後ろ姿のような気がするけど、すぐに呼び止めようとした言葉を飲み込んだ。少しだけ、いつもより背中が丸まっている。状況が飲み込めずオロオロしている恵理さんと、返答する言葉を失った私を残して、先輩は保健室を出て行った。

 



 教室はいつも通りの平穏を取り戻していた。一人の女子生徒が急に倒れたという驚きはさながら無かったことのようにどこかに消えていた。


「おう、おかえり。なんか、大変だったみたいだな」

「あぁ」


 飯田から投げ渡されたカフェオレ。何となく飲む気分になれず、机に置く。


「んだよ、しけた顔してんな」

「こういう時ってどういう顔したらいいのかわからなくてな」

「どういう時だよ」

「明らかな失敗をした時」

「笑えば良いんじゃねぇの」

「汎用ヒト型決戦兵器のパイロットじゃないんだ、俺は」


 おどけて見せるが飯田は鼻で笑って誤魔化されてくれなかった。


「笑えないのなら、まだやれることはあるってことだ。やれることやり尽くして、それでもダメな時、人は笑えるんだよ」


 飯田はそう言ってメロンソーダを一気に呷る。


「なんか、急に深いこと言うな」

「そうか? 言うほど深くは無いだろ。部活とかで試合出る奴とかなら実感する奴もいる筈さ」

「そういうもの、なのか」

「あぁ。全力を尽くして、完璧な動きをして負ける時とかよ。あるだろ? ベストを尽くしてなお届かなかった時は、笑えるんだよ。人って」

「つまり俺はまだ」

「ベストを尽くせてない。たまには泥臭くやってみたらどうだ? 泥味の勝利も悪いものじゃないと思うぞ。お前、どこかかっこつけるところあるしな」

「そんなつもりはない」


 だけど、そうか。いつからだろ、本気出すの、虚しくなったの。




 「ど、どうしよう」


 先輩が出て行ってしまった扉、足音がどんどん遠ざかって聞こえなくなる。


「今からでも追いかけなよ」


 そう言ってくる恵理さん。だけど、追いかけて何て言うんだ?

 今更、先輩に考え直してください。一緒にやりましょうって、言える? 言えるわけがない、どの面下げて言うんだ。


「私、先輩を責めちゃって」


 そう、私は、先輩に偉そうに。相手に恥をかかせるような対応をするべきではありませんと言っておきながら、私は。


「先輩のプライドを、傷つけてしまった」


 どうしよう。やってしまった。失敗、してしまった。


「もう、終わりなのかな」


 この失敗、取り返せる気がしない。


「終わりなんかじゃないよ。ここで何もしなかったら、終わりだけどさ」

「え、恵理さん?」


 恵理さんは小柄だ、私よりも。ベッドの傍らで頭を抱える私、恵理さんが見上げる形なのに、どうしてか冷たく見下ろされている気分になった。


「離れてしまったら手を伸ばす、届かなそうなら追いかける。関係を終わりにしたくないのなら、自分から動くしかないの。あたしは嫌だな、香澄ちゃんが先輩とこれっきりなのは。折角香澄ちゃんが勇気出して色々したのに。それを傍で見守っていた身としては、嫌だな」

「恵理さん……」

「無責任かもだけど、あたしは、香澄ちゃんの背中を今、全力で蹴飛ばしたい」

「そ、そっか……い、今は勘弁して」

「ん。仲直りしなきゃヤダよ」

「はい」


 ……早めに仲直りしなければ、具体的には今日。テストまで殆ど日数が無いのだ。


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