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バイト先の毒舌後輩ちゃんの先輩改善計画。  作者: 神無桂花
真面目な後輩は決断する。
105/110

先輩、立候補しないのですか?

 「お断りします」


 新学期が始まって一週間が経って。俺は生徒会室に呼び出された。


「伝統的に生徒会長は成績トップの者は必ず立候補している」

「把握している限りで、そんな校則は存在しません」


 現生徒会長、明智悠馬は椅子を回してこちらに向き直る。眉を寄せ、溜息一つ。予想外の答えだったのか、明らかな困惑を滲ませていた。


「有坂君、君ほど聡明な生徒ならわかるだろう。明文化されていないことでも、守らなければいけない決まりがあることは。候補者の募集からもう三日経った。推薦人を集めるのに苦戦しているのかと思えば、そもそも出る気がないとはな。驚いたぞ」

「聡明だからわかります。俺は生徒会長なんて器じゃないと」

「現生徒会長である僕から推薦しているというのにかな?」

「あなたと俺にどんな関りが今までありましたか?」

「夏休み中の、推薦者用の寮についての提案は良いものだった。部活連の連中を説き伏せた点も含めてな。君が追加で提出した懸念点もまた、改めて検討中だ」

「そうですか」

「このように君と僕は出会わないまでも、間接的に交流はしているのさ」

「はぁ」

「君の何が足りないというのか、君の考えを聞かせてくれ。ただの謙遜だというのなら、それは責任逃れと言われても文句は言えない」

「どういう意味ですか」

「才ある人間は、果たすべき役割がある。という話だ」

「っ」


 一瞬頭に浮かんだ美玖の顔。息を吐いて頭の隅に押し込む。目の前の会長を見据える。


「サッカーの天才はプロになり、母国にトロフィーを持ち帰り、その国サッカーのレベルを上げる。プロチームに入団し活躍し、子どもに夢を与える。歌の天才はその歌声をもって人々の心を癒し、また次の世代に夢を与える。各々、その才能の赴く道を行き、その役割を果たしている。使命と言っても良い」

「自ずと悟るというのなら、俺が生徒会長ではなく別の道を志しても問題はないはずだ」

「だが君は、成績が一位。この学校の学年でトップの成績をとる。その意味は果たさなければならない」

「それでこの学校の生徒会長になれと。ダブルスタンダードだ」

「ふん。この学校で生徒会長を務めあげること、その意味は今更説明するまでもない」

「あぁ」


 優秀であることの証明、それがこの学校における生徒会長と部活連会長の肩書。


「この学校の制服を着ていること、そして」


 会長は自分の胸ポケットを指さす。そこにあるのは、生徒会長であることを示す金の徽章。純金なのかは知らないけど。この学校の校章が模られている。


「この証を持つ者はその意味を知る者にとって如何に羨望と尊敬を集めるか」

「興味ないですよ、そんなの」

「だが、君の持つ才がそれを許さない。力を持つ者はその義務を果たせ。使命を全うしろ」

「俺が強い俺である理由は、俺が後悔しないため。使命なんか知ったことか」

「ふん……今にわかる。君が君であることで、どれだけの期待を既に背負ってしまっているか」


 生徒会室を出た。 

 まったく。朝からいきなり放送で呼び出すとは。普通昼休みだろう。


「あ、先輩」

「あぁ、香澄、どうした」

「いえ、先輩が生徒会室に呼び出されたので、もしかしたらと思いまして」


 そう言いながら香澄はボールペンを片手に持ちながらこちらに左手を差し出す。


「ん? 何してるんだ?」

「推薦人を集めるのではと。あ、責任者がいないのでしたら、私がなります」

「? いや、俺別に、出馬しないぞ」

「え?」

「前も言ったろ、俺には向いてないと」

「そ、そんなことは。え、立候補を打診するために呼ばれたのではないのですか?」

「打診されたが断った」

「そ、そうですか。あ、いえ、先輩が決めることですから。はい」


 ……なるほど、香澄の様子を見て理解した。これ、昼休みだったら全校生徒に俺が生徒会長に次の生徒会長候補にならないかと提案されたと伝わるわけだ。


「向いてないっての」

「私は、そんなことないと思いますけど」

「そうか?」

「はい、その、先輩が先頭に立ってくれるのが、一番安心します」


 変に気を使ったわけでも、お世辞でもなく、香澄は純粋にそう思っているようで。


「そうかい」


 としか言えなかった。




 昼休み。中東部の音楽室に俺はいた。


「悪いな、付き合わせて」

「いえ、私も気になっていたので」


 第二音楽室。普段は音楽の授業で使う場所と聞いている。放課後は合唱部が使うらしい。吹奏楽部は広い第一音楽室を使うと。

 微かに聞こえる会話は東雲さんと美玖のもの。そう。美玖は今、コンクールに向けての練習をしている。


「ふむ、二小節目から三小節目、もう一度弾いてもらってもよろしいですか? 二小節目からの指の運びがスムーズにいかない感じですかね。こういう時こそ反復練習です。指定された指順でもう一度やってみましょう。今日はどの程度できるか見るだけでしたが、明日からはハノンから入りましょうか。コンクールに出るからこその基礎練習の重要性、今更語るまでもありませんね」


 上手くやれているようだ。


「そういえばセンパイ、明日の今頃ですよね、立候補の締め切り」

「ん?」

「え?」


 声のした方を見ると恵理がニマニマ笑って立っていた。


「出ないって聞きましたけど、マジなんですか?」

「そんなこと聞きにこんなとこまで来たのか?」

「そーですよー」

「暇人かよ」

「まぁ、暇ですね」

「……どうだ? 新しい家は」

「快適ですよー。今度来てみます?」

「……俺の記憶が正しければ、あの寮、居住者は異性を部屋に入れてはダメなはずだな」

「あぁ、それは泊まる場合の話ですね。昼間に遊びに来てもらう分には問題ないですよ」

「そ、そうか」

「なんですかー、もう、上手くやれてますから、そんな心配そうな顔、しないでくださいよ」

「あぁ。悪い」


 不当な扱いを受けているとか、そういうのが無いのなら。良い。


「それよりも、センパイ」

「ん?」

「生徒会長。どうしてならないんですか?」

「向いてないから」

「向いてないって、失敗したことでもあるんです? それもセンパイが反省と改善を諦めるほどの」

「いや、そういうわけじゃ、ないが」

「ならますますわかりませんねぇ」

「何がだ」

「センパイが会長選に出ることを選ばない理由。センパイにしては随分と逃げるじゃないですか、それも納得のいく理由もなしに。いえ、あたしたちを納得させろと言っているわけじゃあないのですが。なんか、今まで見せていただいたセンパイのやり方や姿とは、随分とかけ離れてる気がしまして」

「? そう、か?」

「えぇ。正直。答え方も煮え切りません。何かあるんじゃないですか?」

「なにか……」


 なにか、か……。


「あるんですね? ひどい目にあったんですか」

「いや」


 あるにはある。だが、これは最終的に俺が裏でひっくり返した。だから負けではない。負けでは、ない。


「今はもう時間がない、今日はバイトがある。明日話そう」


 この二人に隠し立てはあまりしたくない。

 勝ったということで無理やり納得していたけど、

 結局のところ、苦々しいのは変わらない。


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