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バイト先の毒舌後輩ちゃんの先輩改善計画。  作者: 神無桂花
真面目な後輩は少し不器用です。
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センパイの背中。

 演奏を終えた美玖さんが椅子から降りてこちらに向き直る。


「なるほど、これは。良い演奏だ」

「ありがとうございます」

「確かに、君には可能性があるな」

「でしたら!」

「可能性だけ、だ。その片鱗を今、証明して見せたわけだが。それでも、はい芸術特待生枠ですとはいかないのはわかるだろう。それが世に認められるものか、あるいは、世に認めてもらうための場で、同じように披露できるか」


 理事長は美玖さんの傍らに立ち、そっと壁際を指さす。そこに並んでいるのは。


「当校にも優秀な音楽家の卵は揃っている」


 吹奏楽部や合唱部が今まで取ってきた数々の栄誉、その証。


「天才は一握りだが、一人では無いのだよ」


 窓際に立ち私たちを一瞥し。


「例えば有坂晃成君。彼の持つ才能は、現状から求めている結果へ繋ぐ道を瞬時に導き出す天才。いわば戦略の天才だ。これは論理的思考法や水平思考を使いこなし、勉学のみならず様々な知識を習得することで成り立つ才能でもある。驚異的な理解力、記憶力もそれを助けている」


 そして理事長の目が私に向いて。


「双葉香澄君はその天才の御業を努力で再現する。それもまた一種の天賦の才と言っても良いだろう。努力できるのもまた一つの才能だ」


 美玖さんがごくっと息を飲んだのが見えた。


「さて、要件を聞こう。私が求めるものは結果というのは前に話した通り」

「はい、その結果を得るための支援を求めここに来ました」

「リラか」

「はい」

「ふん。陽菜の入れ知恵か」 

「陽菜?」

「南恵理君の後見人、会ったことはないか、君は。朝野陽菜」

「あ……姿を見たことがあるだけですね」


 ただ、晃成先輩が、尊敬できる大人だと言っていたのは覚えている。


「確かにリラなら教えられはするだろうが……繋ぎの講師か。相変わらず人使いの荒い、容赦のない女だ」


 言葉とは裏腹にどこか楽し気な理事長は。


「リラ、いけるか?」

「昼休みと放課後に一時間程度、ですかね」

「そんなところが妥当だろう」

「かしこまりました」


 東雲さんは恭しく頭を下げ。


「ではその形で」


……結論は出た、ということなのだろうか。

私、何かできたのだろうか。


「双葉君、君の情熱は掛け替えのない、失うにはあまりにも惜しいものだ。大事にした前」


 情熱。それだけあって何ができるのだろう。

 ただ熱いだけ。私自身、何ができる。




 「お供します」 


 お墓参りに寄って行く旨を伝えたら、朝野さんはそう言って霊園まで車を出してくれた。


「忙しいところすいません」

「いえ、大きな案件が終わって、少し落ち着いたところなので。全然問題ありませんよ」


 ただ頭脳があるだけ。俺にあるのはそれだけ。

 俺には戦うための手があっても、武器が無い。それをさんざん実感させられて。


「躓いて落ち込んで。それを繰り返して人は成長するものです」

「そう、ですね」


 落ち込んでいるんだな、俺。


「着きますよ」

「はい」


 永代供養の納骨堂に入る。きょろきょろと三人で探して。


「ありました」


 と、恵理が見つけて。

 花を置くことはできないのはわかっていた。線香だけだ。

 手を合わせる。会ったことない。話でしか聞いたことのない、恵理の母。

 恵理はどうして、参ろうと思えたのか。もし今、自分の母親が、その時俺は、こうして来れるのだろうか。

 顔を上げて横を見ると、恵理も朝野さんも、まだ手を合わせている。

 恵理も顔を上げて、目が合って、少しだけ顔を緩ませて見上げてくる。

 朝野さんも顔を上げて、深々と頭を下げて。


「行きましょう」

「は、はい」


 何がそこまで真剣にお参りをさせるのか。

 形だけとは言えない気がした。雰囲気が違った。


「恵理さん」


 霊園を出て駐車場、朝野さんは恵理の前に立ち。


「私は、あなたをちゃんと独り立ちさせるつもりです。あなたの母も、きっとそのつもりだったと思います」

「え、えぇ」

「私は今日、改めて誓います。信頼して欲しいとは言いません。でも、あなたには、やりたいことを思い切りしてほしい。誓います。あなたを支えると」

「は、はい」


 恵理の手を取り、真っ直ぐに目を見つめて、そう告げて。


「たった一度の高校生活。大事にして欲しい。思い出、友人。まだ一年生ですから、これからきっと色々な選択が待っています。その時、自分が選びたい、そう思える方向に進んで欲しい。私は切に願っています」


 何も言えなくなったのか、恵理はただ、こくこくとうなずいた。こくこくと。


「それだけは、覚えていて欲しいです」


 朝野さんは手を放して、背を向ける。


「帰りましょう。夕飯のご予定は?」

「あ、え。えと」

「行って来いよ」


 どこか迷っているように見えたから、俺は背中を押すことを選ぶ。


「ついでに泊ってきたら良い」


 背を向ける。ここからなら、駅までに十分くらい歩いて電車一本で帰れる。


「送りましょうか?」

「いえ、大丈夫です。寄るところもありますし」 


 歩き出す。

 恵理に俺は押し付けた。なら、同じだけのものを押し付けられなければ、だめだろう。

 それが、先輩ってものだ。センパイは、背中であるべき姿を示すものだ。そう思っている。


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