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バイト先の毒舌後輩ちゃんの先輩改善計画。  作者: 神無桂花
真面目な後輩は少し不器用です。
100/110

先輩、いってきます。

 「お兄様、お風呂空きました」

「あぁ」


 パソコンをスリープさせる。部屋の扉が開いて流れ込んでくる湯気の香り。振り返ると。


「いや、なんでバスタオル。パジャマはどうしたパジャマは」

「忘れちゃって……」


 そう言って恥ずかし気に笑う美玖は、バスタオルを体に巻き付けただけの状態で立っていた。


「せめて着てから来いよ」

「あはは。いえ、意外とこの格好で歩くの開放的であると気づきまして」

「まぁ、気持ちはわからんでもないが」


 ……なんというか。美玖も成長したんだなと。

 十四か。一年会わなくても大して変わらないと思っていたけど。

 こうしてみると。


「本当にきれいになったな。美玖」

「へ? ほえっ、こ、このタイミングで言いますか!?」

「ん?」

「ん? じゃないですよ、お兄様。いまの美玖の恰好……あ、いえ、悪い気はしませんね、むしろ……うん」

「ん?」


 なんで慌てる。変なこと言ったか俺。


「……お兄様は美玖がきれいに見えるのですか?」

「そう言ったな」

「そ、そうですか。ふふっ、お風呂、温かいうちに入ってくださいね」

「あぁ」


 そう言って美玖は部屋を出ていく。

 まぁ何というか。


「んー!」


 伸びをする。

 明日、香澄は理事長と会う。美玖を連れて。俺は同行せずに恵理と一緒に朝野さんに会う。

 正直、正念場に自分が立てないのは違和感だ。

 リビングに出ると。


「いや、服を着ろ」

「なんか気楽すぎて癖になりそうです」

「おいおい」


 美玖はさっきのバスタオルだけの恰好のまま、ソファーに座り楽譜を読んでいた。


「お兄様もきれいだと言ってくれましたし」

「んーむ。それはそうだが」

「実際どうです? お兄様がお兄様じゃなくて、例えばクラスメイトでしたら美玖は魅力的に映りますか?」

「そりゃそうだ」

「当然のように!? ……ふむ」

「なんだよ」

「いえいえ、今は気にしなくても良いですよ」


 変な言い方をして微笑んで、再び楽譜に目を落とした美玖を横目に、俺は脱衣場に入る。

 どうしてだろう、美玖が入った後のお風呂って、自分が普段使っていると思えないくらい良い匂いがする。使うシャンプーやボディソープが違うだけで、こんな風になるんだ。





 駅前に恵理さんと立っていると、美玖さんを連れた先輩が来て。うわ、この二人並んで歩くと、なんかすごい。まとってる空気が違う。無意識に威圧されてしまうような自信を感じさせる先輩と、淑やかながらも凛とした立ち姿の美玖さん。そんな二人がまっすぐにこちらに向かってくる。というか美玖さん、なんか昨日と雰囲気が違う。なんというか、真っ直ぐな芯が追加されたような。……んー。わからない。なんだろう。

 それと、美玖さんが去年まで私も着ていた中等部の制服を着ていて、あぁ、本当にうちの学校にいたんだと実感させられた。思えば中三の時、めっちゃ美人でスタイル良い女の子が入学してきた、と男子が騒いでいたのを思い出す。もしかしてそれが美玖さんなのではと。


「じゃあ、よろしく頼む」

「はい。交渉が一度決裂した相手が向かうより、人を変えた方が良いと思います。なので何も気にせず先輩は私に任せてください」


 我ながら薄い胸を張って見せる。


「香澄さん、今日はよろしくお願いしますね」

「はい、大船に乗ったつもりで行きましょう!」

「あぁ、任せる。じゃあ恵理、行くか」

「はい。そろそろ着くと連絡が来ました」


 二人には朝野さんの迎えが行くらしい。しかしながら、二人の用事は何だろう。

 二人を見送って私たちも駅へ向かった。


「香澄さん。お願いがあるんですよ」

「何ですか?」


 電車に乗って唐突に、美玖さんが圧すら感じさせる目を向けて。


「お兄様を篭絡して結婚してもらってもいいですか?」

「あぁ、結婚。どうだろ、できるのかな」

「いけますよ。とりあえず結婚してもらって良いですか? 姓は拘らないので」

「うんうん。ん? え? 結婚? なんで?」

「美玖が結婚できないからです」

「……へ?」


 何だろう、言っていることの意味がわからない。私がおかしいのだろうか。

 自然な流れで何を言われた、私は。


「美玖、できるならお兄様と結婚したいんですよ」

「は、はぁ」

「でも香澄さんとも結婚したいんですよね」

「んー? んん?」


 な、なにを言われているんだ、わたしは。


「ただ、現行法だとできないじゃないですか。不便な世の中です」

「は、はぁ……」

「なので! 香澄さんとお兄様が結婚すれば万事解決するのです!」

「うん、よくわからない」

「わからないって……美玖、てっきり香澄さんはお兄様のこと好きなのかと思っていました」

「それは……」


 それは決して違わない。私は先輩を尊敬している。でも、この感情。


「そんな俗な感情と一緒にして良いのか、わかりません」

「恋愛感情は俗な感情ですか? 美玖はそう思いませんけど」

「でも」

「逆に、どうしてそんな風に思うのか、わかりません」  


 美玖さんはそう言って淡く微笑んで、窓の方に目を向ける。ただそれだけの動作に、息を飲むような迫力があった。


「良いじゃないですか。誰かを強く求めたって」

「……今の私では、先輩につり合いませんよ」

「だから今回、一人で?」

「はい」

「もし成功したら?」

「わかりません。どうなるんですかね、私」


 先輩から信じてもらえる人になる。そんな私の今の一番の目標。


「お兄様と一緒ですね」

「え?」

「目先の目標に夢中で、達成した先を考えない。この目標のために自分が散っても良いと思っている」

「美玖さん?」

「その先も、美玖もお兄様も、香澄さんも、生きていかなければいけないのに。恵理さんのようになんとなく生きている方が、まだ良いですよ」

「……それは違うと思いますよ、美玖さん。先輩は、その先を選べるように、今の目標に夢中なだけだと思います。今の目標を達成しなきゃその先が無いから、必死になって、その先を考える暇がないだけだと思います」

「……確かに、その方がお兄様らしいかもしれません」

「ですよね」

「はい」


 電車が止まった。少しだけ、心臓がうるさい。手が震える。でも。


「行きましょう」


 ここで立ち止まって悩んでいる暇なんて、私にはないんだ。


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