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クロス・ザ・ルビコン  作者: 軽沢 えのき
6/9

その後、過去にて……

 悠斗が戦場から帰還した後のこと、それと同時期に起きたことだ。


 連合軍のガレージでは、二体のAデバイスが整備を受けていた。


「ひっでえなこりゃ……付け根を刺されたのか?」


 整備員の一人が驚愕した顔で呟く。


 ガレージに持ち込まれた機体は、全身の装甲がひしゃげ、カメラアイも眼球がこぼれかけていた。


 左腕の付け根は装甲が溶解し、塗装が剥げて真っ黒こげになっている。


 その隣にあるスペースには、本来いるはずの機体がいなかった。


 帰ってこなかったのだ。


──


「……」


 ここは待合室。


 黒髪の女性が机に俯きながら、対面相手を待っていた。


 時計が朝7時を指す頃、ドアが開く。


「失礼する」


 入ってきたのは、アタッシュケースを持つ、灰色の髪の毛の男性だった。


 どことなく中世的にも見えるが、声ははっきり男性だとわかる、若々しい声だった。


「……」


 女性は何も言わず、一度男性を見て、また俯く。


「……シア・サファイア少尉。年齢は17で、クレスト州出身。14歳で出兵……君のプロファイルはこれで合ってるか?」


「……はい」


「分かった。私はジェス・ドナー、階級は中佐だ」


 シアは目を背け、一度唇を噛む。


「……アロー・ヘッド大隊の隊長が、私に何の用ですか」


「……君に色々と、話すことがあって来た」


 ドナーはアタッシュケースからタブレットを取り出し、シアに渡す。


「……なんですか、これ」


 そこに表記されていたのは、Aデバイスの設計図だった。


 学徒兵あがりのシアには、ちんぷんかんぷんな代物だ。


「これから、君に見せるものだ。ついてきてほしい」


 ドナーは立ち上がり、後ろ歩きをして、ドアを開ける。


 シアはそれを見て、疑問に思いつつも立ち上がり、ドナーについていく。


 通路では夜勤から寮や自宅へと帰宅しようとする兵士たち、或いはこれから勤務を始める兵士たち数人とすれ違った。


「君は学徒兵の中ではとりわけ優秀な成績を収めていたと聞く。なかでも、白兵戦においては主席を上回ったとか」


「え……あ、はい。私は、同学年の中では白兵戦に秀でておりました。先輩方も、素晴らしいって評価してくれてたんです……」


「そうか。だが……君も不運なものだ」


「……あれが、白い閃光なんですね」


 かつて、共和国の兵士が尋問中に錯乱し、必死にそのことを伝えていた。


(アイツだ! そのライトを消してくれ! 白い、白い閃光が、あぁっ、やめてくれ! 嫌だ! 死にたくない!)


(なんだ! あの場所で何があったというんだ!)


(白い閃光……白い閃光……真っ白な巨人が、巨人が魔法を使って……ああっ! あああっ!!! そ、それをはやく消してくれぇぇぇぇぇ!!!!!)


 ある作戦で降伏した兵士たちは、みんな白い光を見る度に、錯乱してそんなことを呟いていたのだ。


 最初はただの集団幻覚だと考えられていた。


 そんな機体はデータにはないし、白いパーソナルカラーをした部隊の機体は他の作戦行動中だった、或いは基地内におけるアリバイが存在するからだ。


 そして、そこへ赴いた部隊は、アロー・ヘッド隊以外に存在しない。


 アロー・ヘッド隊内部には、白を含んだ専用カラーの機体はあるが、メインカラーではなく、あくまでも差し色に入っているのみだ。


 つまり、当時の連合からすれば、存在しない、しかも魔法を使う機体がいたと証言をされているのだ。


 ドナーはため息をついて、エレベーターの前に立つ。


「ああ。あれが、白い閃光……共和国内で奇妙な端末の噂が立っているとは聞いたが……私も、一番最初に見たときは目を疑ったよ」


「っ! 中佐は、過去にあの機体と、戦闘を?」


「あまり良いことではないのだろうが、二回ほどある」


「……」


「そうだな……エレベーターから目的地まで長い。追って話そうか」


 2人はエレベーターに乗り込み、ボタンをコマンド入力する。


「……どこから話そうものか」


「えっと……初めて遭遇したのは、いつなのですか?」


「12年前だ」


「結構前からなのですね」


「ああ。確か、雪が降っているときだった」


 ドナーの脳内に、その時の景色が浮かび上がる。


 索敵機がばらばらにされ、その残骸を踏みつけ、ドナーを見つめる、白い巨人。


 ダクトから蒸気を噴き出し、猫背で睨みつけるその姿は、理性を持った人間が乗っているとは、とても思えない姿だった。


 さながら獰猛な獣か、ただただ命を奪う殺人鬼のような、そんな雰囲気を醸し出していた。


「あれは本当に、何だったのだろうな……今思い出しても、不思議な機体だった」


「その話を聞く限りだと、今の白い閃光とは、だいぶイメージがかけ離れているように思えます」


「そうだ。今の奴は、かつてと比べて余りにも理性的だ。それには、おそらく理由がある」


 ドナーは暗い表情をしながら、自分の足を見つめる。


「……数回、彼と話したことがある」


「えっ?」


「驚くのも無理はない。この話は部隊員と、君にしか話していないことだ」


「……」


「最初は、加工された声だったんだ。だが、二度目に遭遇した時のことだ」


 ドナーは手を握りしめ、歯を軋ませる。


「ちゅ、中佐……?」


「私は子供と戦っていたんだ……そして、子供に何人もの部下や戦友を殺されていたんだ……」


「っ!」


 ドナーが戦っていた、白い閃光。


 それは、二度目の遭遇戦時に、ようやくわかったことだったのだ。


 4年前、6年ぶりに邂逅できた白い閃光相手に、連携も何もかも無視して突撃した。


 6年の間に、何人もの戦友、部下が、知らぬ間に殺害されていた。


 調べれば、全て所属不明機による撃墜判定。


 Aデバイスの所属不明機はこれまでも幾つがあったが、生き残った者たちからの証言には、一つの一致する特徴があった。


(白い装甲で、魔法を使う機体)


 その瞬間、彼の中で、白い閃光は得体のしれない機体から、復讐の対象へとすり替わっていった。


 機体と機体がぶつかり合い、接触回線が開いたとき、ドナーは憎悪にまみれた声で叫んだ。


(今まで殺された戦友たちの仇! ここで討たせてもらうぞ!)


 そのとき、ドナーは耳を疑った。


(誰だよ、それ)


 その声は、紛れもなく少年の声だった。


(こ、子供……!?)


(悪かったな!)


 そこからというもの、ドナーの攻撃は鈍り、防戦一方となってしまった。


 結果として、味方の増援が駆け付けたことで、彼は逃げてしまった。


(俺は……子供に……みんなは……あれに、殺されたのか……?)


 ドナーは腕を組み、目をつむる。


「そう考えれば、奴の動きから野蛮さが抜け落ちていくことも頷ける」


「そんな……」


「ショックだったよ……そこから数週間は、眠れなかったな……」


 ドナーはシアの方を向き、口を開く。


「私が君を助けたのは、そう命令を受けたからという以前に、私情もある」


「と、いうと……」


「君をスカウトしに来たんだ」


「っ!?」


 シアは驚いた表情で、ドナーを見る。


 彼は優しい笑みをこぼす。


「馬鹿だと思ってくれて構わない。それに……君の上官を助けられなかったことは、とても申し訳ないと思っている」


「……」


「すまなかった」


 ドナーは身体をシアに向け、深々と頭を下げる。


「そ、そんな。やめてください、中佐のせいでは……」


「私が……俺がもっと迅速に行動すれば……君の上官を守れたかもしれないんだ」


「……中佐、顔をあげてください」


「……」


 ドナーは顔を上げ、シアを見つめる。


「そんな、何もかもをあなたのせいにしないでください……」


「あ…………」


 シアの眼から涙が流れる。


「私だって悪いんですよ……? 私が突撃なんてしなければ、大尉は生きていたかもしれないんです……!」


 ボロボロと涙がこぼれ、シアは両手でそれを拭う。


 拭っても拭っても、新しい涙が出てきて、ついには拭いきれなくなり、頬を伝う。


「少尉……」


「私が、全部私が悪いんです! 私が、あんなことしなきゃ……うあぁぁぁぁぁ!」


 シアは大声を出して、その場にしゃがみ、大声で泣きじゃくる。


 ドナーはそれを見て、何度か、何かを躊躇う素振りを見せる。


 最終的に、ドナーはシアを抱きしめる。


「……中佐?」


「……泣かせてしまってすまない。胸を貸そう」


「中佐……」


「セクハラだと訴えてもらっても構わない。懲罰は、甘んじて受けよう」


 シアはそれを聞き、ドナーの背中に腕を回す。


「ぐすっ……中佐は、いきなりすぎます……ひっぐ」


「……こういうやり方しか、知らないんだ」


 その時、エレベーターのドアが開く。


「あっ……」


 そこには研究者が2人立っていた。


 ドナーはそれを見て、真顔で咳払いをする。


「……ゴホッ、んっん……」


「あ、も、申し訳ございません!」


「大丈夫だ……立てるか?」


「えっ……あ、は、はい!立てましゅっ……うえぇ」


 シアは立ち上がり、ドナーの胸に擦り寄る。


「君たちは下の階か?」


「は、はい。機体の調整に呼ばれまして……」


「そうか。私たちも下の階に用がある。一緒に行こう」


「は、はぁ……」


 研究者二人組はエレベーターに乗り、ドアが閉まると同時に、ひそひそと話を始める。


「あれってジェス・ドナー中佐だよな?」


「女の子が泣いてたけど……何があったっていうんだ……」


「聴こえているぞ」


「ひっ!? 申し訳ございません!」


「構わん……私はな」


「……」


 シアは不機嫌そうとも、不安そうともいえる顔で、研究者たちを見つめていた。


 しばらくすると、エレベーターのドアが開き、四人はエレベーターから降りる。


「君たちが調整する機体というのは、エクスカリバーのことか?」


「はい。現在、80%の進捗率です。後2日もあれば、ロールアウト可能かと」


「成程。では、我々と目的地は同じということだ」


「えっ?」


「シア少尉。君に見せるものというのは、それのことだ」


 四人は格納庫のような場所に入る。


「こ、これは……!」


 そこには、人型形態で、各部に装甲が付けられていない、ロールアウト前のAデバイスが置かれていた。


 宙吊りの状態で固定され、各部を作業員、研究者たちが協力して建造を行っている。


「紹介しよう。TBR-010A、開発コードはエクスカリバー。君が乗っていた010Nのオリジナルだ」


「これが……エクスカリバー……」


 シアはその機体を見て、感嘆の息を漏らす。


「これは新しく、私の部隊に配備される機体ということになっている。しかし、パイロットが不在だ」


「……」


「そこで、君に、我が部隊への編入を要請したい。あとは、君の判断だ」


 ドナーはシアを見つめ、エクスカリバーを背に立つ。


 シアはそれを見て、考える。


(大尉の仇をとるためなら……私は……)


 拳を握り、シアは目を開く。


「答えは、出たか?」


「……タイパー連合、第11航空殲滅部隊、シア・サファイア少尉、ジェス・ドナー中佐の要請を受け、只今より、第一殲滅大隊アロー・ヘッド大隊へ転属します!」


「……わかった」


 ドナーは両手を広げ、呟く。


「ようこそ、我らがアロー・ヘッドへ」

こんばんは、軽沢えのきです。

今回は、連合側のお話を書かせていただきました。

シア少尉はかなり唐突に登場しましたからね……

多分、これからは「一日休んで次の日投稿」になると思います。

どうか生暖かい目で見て頂ければ幸いです。

それでは、また。


用語

クレスト州

タイパー連合の治める自治州の一つ。

巨大な河川が特徴的な土地で、小麦の栽培が盛んにおこなわれている。

士官学校があり、この学校は各地の士官学校に比べて、排出される学徒兵や士官の質は上質であると評価されている。



登場人物

シア・サファイア

タイパー連合第11航空殲滅部隊の隊員。階級は少尉、年齢は17。

学徒兵にあたるが、最年少ながら高い成績を叩き出し、飛び級で現在の地位を手に入れた。

白兵戦においては主席すらも上回る実力を持ち、それ故か若干の自信過剰さを持つ。

これが原因で、先の戦いでは自機の左腕を喪失するに至っている。


ジェス・ドナー

タイパー連合軍第一殲滅大隊「アロー・ヘッド」隊の隊長。階級は中佐。32歳。

中佐という高い階級でありながら、部下と共に前線に赴く、珍しい人物。

決して玉座に甘えるのではなく、現場との連携を第一に考え、部隊全体で高い戦果を上げ続ける。

このころには妬まれるようなことは少なくなってきており、皆が認めるエースパイロットとなっている。

一人称は私だが、感情が高ぶると「俺」に戻る。


登場機体

※今回は過去に搭乗していた機体もここに記す。


TBR-009AX

「特殊兵装開発母体」

開発コードは「キッチンナイフ」。

特殊条件下で用いられる各種兵装の試験用に開発されたシャーシ。

実戦に投入されたという記録は残っていない。また、明確な生産台数も不明。

劇中では12年前、並びに4年前に目撃された機体である。

青白い装甲ではなく、真っ白な装甲と青いマーキングが施されている。


殲滅砲:殲滅砲試験型

サヴェージ:ノーマル・サヴェージΔ

近接兵装:なし(状況によって換装)



TBR-009AR

「殲滅砲改良試験機」

開発コードは「カタール」。

人型形態時の腕とはまた別の腕部を取り付け、殲滅砲のコントロール装置として活用した機体。

結果、エネルギーの収束効率が28%上がったというデータを手に入れられた。

その腕部は直接作業も行える優れものであり、W-A系列と共に作業に勤しむ姿も公報で確認されている。

W-A系列の誕生までは、本機体が作業を兼用していた部隊や艦隊もあったようだ。

12年前、ジェス・ドナーが使用した機体。


殲滅砲:外部調節型殲滅砲

サヴェージ:ノーマル・サヴェージ

近接兵装:バイブレーション・トンファー



TBR-009A2

「初期量産型改良試験機」

開発コードは「ダガー」。

大気圏内での機動力の向上並びに小型化を目指した機体。

各技術をダウンサイジングすることに成功し、数々の名機を生み出す。

4年前、ジェス・ドナーが使用した機体。


殲滅砲:ノーマル殲滅砲Ver.2.0

サヴェージ:ノーマル・サヴェージ

近接兵装:片刃式ヒートソード



TBR-009EWaC

「早期警戒管制ユニット搭載型」

開発コードは「セントリー」。

巨大なロートドームユニット、並びに大型カメラユニット、センサーユニットを搭載した機体。

領域内の巡回、敵艦隊の座標特定等のデータ収集を主に行っていた。

殲滅砲は安価なものが搭載されている。

また、推進系は非常に発熱性が低く、熱源探知されにくいという利点がある。

12年前に、009AXに踏みつけられていた残骸が本機体である。


殲滅砲:サブ殲滅砲

サヴェージ:データコレクト・サヴェージ

近接兵装:コンバットナイフ


TBR-010A

「現在、開発中につき詳細公開不可能」

開発コードは「エクスカリバー」。

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