その後、過去にて……
悠斗が戦場から帰還した後のこと、それと同時期に起きたことだ。
連合軍のガレージでは、二体のAデバイスが整備を受けていた。
「ひっでえなこりゃ……付け根を刺されたのか?」
整備員の一人が驚愕した顔で呟く。
ガレージに持ち込まれた機体は、全身の装甲がひしゃげ、カメラアイも眼球がこぼれかけていた。
左腕の付け根は装甲が溶解し、塗装が剥げて真っ黒こげになっている。
その隣にあるスペースには、本来いるはずの機体がいなかった。
帰ってこなかったのだ。
──
「……」
ここは待合室。
黒髪の女性が机に俯きながら、対面相手を待っていた。
時計が朝7時を指す頃、ドアが開く。
「失礼する」
入ってきたのは、アタッシュケースを持つ、灰色の髪の毛の男性だった。
どことなく中世的にも見えるが、声ははっきり男性だとわかる、若々しい声だった。
「……」
女性は何も言わず、一度男性を見て、また俯く。
「……シア・サファイア少尉。年齢は17で、クレスト州出身。14歳で出兵……君のプロファイルはこれで合ってるか?」
「……はい」
「分かった。私はジェス・ドナー、階級は中佐だ」
シアは目を背け、一度唇を噛む。
「……アロー・ヘッド大隊の隊長が、私に何の用ですか」
「……君に色々と、話すことがあって来た」
ドナーはアタッシュケースからタブレットを取り出し、シアに渡す。
「……なんですか、これ」
そこに表記されていたのは、Aデバイスの設計図だった。
学徒兵あがりのシアには、ちんぷんかんぷんな代物だ。
「これから、君に見せるものだ。ついてきてほしい」
ドナーは立ち上がり、後ろ歩きをして、ドアを開ける。
シアはそれを見て、疑問に思いつつも立ち上がり、ドナーについていく。
通路では夜勤から寮や自宅へと帰宅しようとする兵士たち、或いはこれから勤務を始める兵士たち数人とすれ違った。
「君は学徒兵の中ではとりわけ優秀な成績を収めていたと聞く。なかでも、白兵戦においては主席を上回ったとか」
「え……あ、はい。私は、同学年の中では白兵戦に秀でておりました。先輩方も、素晴らしいって評価してくれてたんです……」
「そうか。だが……君も不運なものだ」
「……あれが、白い閃光なんですね」
かつて、共和国の兵士が尋問中に錯乱し、必死にそのことを伝えていた。
(アイツだ! そのライトを消してくれ! 白い、白い閃光が、あぁっ、やめてくれ! 嫌だ! 死にたくない!)
(なんだ! あの場所で何があったというんだ!)
(白い閃光……白い閃光……真っ白な巨人が、巨人が魔法を使って……ああっ! あああっ!!! そ、それをはやく消してくれぇぇぇぇぇ!!!!!)
ある作戦で降伏した兵士たちは、みんな白い光を見る度に、錯乱してそんなことを呟いていたのだ。
最初はただの集団幻覚だと考えられていた。
そんな機体はデータにはないし、白いパーソナルカラーをした部隊の機体は他の作戦行動中だった、或いは基地内におけるアリバイが存在するからだ。
そして、そこへ赴いた部隊は、アロー・ヘッド隊以外に存在しない。
アロー・ヘッド隊内部には、白を含んだ専用カラーの機体はあるが、メインカラーではなく、あくまでも差し色に入っているのみだ。
つまり、当時の連合からすれば、存在しない、しかも魔法を使う機体がいたと証言をされているのだ。
ドナーはため息をついて、エレベーターの前に立つ。
「ああ。あれが、白い閃光……共和国内で奇妙な端末の噂が立っているとは聞いたが……私も、一番最初に見たときは目を疑ったよ」
「っ! 中佐は、過去にあの機体と、戦闘を?」
「あまり良いことではないのだろうが、二回ほどある」
「……」
「そうだな……エレベーターから目的地まで長い。追って話そうか」
2人はエレベーターに乗り込み、ボタンをコマンド入力する。
「……どこから話そうものか」
「えっと……初めて遭遇したのは、いつなのですか?」
「12年前だ」
「結構前からなのですね」
「ああ。確か、雪が降っているときだった」
ドナーの脳内に、その時の景色が浮かび上がる。
索敵機がばらばらにされ、その残骸を踏みつけ、ドナーを見つめる、白い巨人。
ダクトから蒸気を噴き出し、猫背で睨みつけるその姿は、理性を持った人間が乗っているとは、とても思えない姿だった。
さながら獰猛な獣か、ただただ命を奪う殺人鬼のような、そんな雰囲気を醸し出していた。
「あれは本当に、何だったのだろうな……今思い出しても、不思議な機体だった」
「その話を聞く限りだと、今の白い閃光とは、だいぶイメージがかけ離れているように思えます」
「そうだ。今の奴は、かつてと比べて余りにも理性的だ。それには、おそらく理由がある」
ドナーは暗い表情をしながら、自分の足を見つめる。
「……数回、彼と話したことがある」
「えっ?」
「驚くのも無理はない。この話は部隊員と、君にしか話していないことだ」
「……」
「最初は、加工された声だったんだ。だが、二度目に遭遇した時のことだ」
ドナーは手を握りしめ、歯を軋ませる。
「ちゅ、中佐……?」
「私は子供と戦っていたんだ……そして、子供に何人もの部下や戦友を殺されていたんだ……」
「っ!」
ドナーが戦っていた、白い閃光。
それは、二度目の遭遇戦時に、ようやくわかったことだったのだ。
4年前、6年ぶりに邂逅できた白い閃光相手に、連携も何もかも無視して突撃した。
6年の間に、何人もの戦友、部下が、知らぬ間に殺害されていた。
調べれば、全て所属不明機による撃墜判定。
Aデバイスの所属不明機はこれまでも幾つがあったが、生き残った者たちからの証言には、一つの一致する特徴があった。
(白い装甲で、魔法を使う機体)
その瞬間、彼の中で、白い閃光は得体のしれない機体から、復讐の対象へとすり替わっていった。
機体と機体がぶつかり合い、接触回線が開いたとき、ドナーは憎悪にまみれた声で叫んだ。
(今まで殺された戦友たちの仇! ここで討たせてもらうぞ!)
そのとき、ドナーは耳を疑った。
(誰だよ、それ)
その声は、紛れもなく少年の声だった。
(こ、子供……!?)
(悪かったな!)
そこからというもの、ドナーの攻撃は鈍り、防戦一方となってしまった。
結果として、味方の増援が駆け付けたことで、彼は逃げてしまった。
(俺は……子供に……みんなは……あれに、殺されたのか……?)
ドナーは腕を組み、目をつむる。
「そう考えれば、奴の動きから野蛮さが抜け落ちていくことも頷ける」
「そんな……」
「ショックだったよ……そこから数週間は、眠れなかったな……」
ドナーはシアの方を向き、口を開く。
「私が君を助けたのは、そう命令を受けたからという以前に、私情もある」
「と、いうと……」
「君をスカウトしに来たんだ」
「っ!?」
シアは驚いた表情で、ドナーを見る。
彼は優しい笑みをこぼす。
「馬鹿だと思ってくれて構わない。それに……君の上官を助けられなかったことは、とても申し訳ないと思っている」
「……」
「すまなかった」
ドナーは身体をシアに向け、深々と頭を下げる。
「そ、そんな。やめてください、中佐のせいでは……」
「私が……俺がもっと迅速に行動すれば……君の上官を守れたかもしれないんだ」
「……中佐、顔をあげてください」
「……」
ドナーは顔を上げ、シアを見つめる。
「そんな、何もかもをあなたのせいにしないでください……」
「あ…………」
シアの眼から涙が流れる。
「私だって悪いんですよ……? 私が突撃なんてしなければ、大尉は生きていたかもしれないんです……!」
ボロボロと涙がこぼれ、シアは両手でそれを拭う。
拭っても拭っても、新しい涙が出てきて、ついには拭いきれなくなり、頬を伝う。
「少尉……」
「私が、全部私が悪いんです! 私が、あんなことしなきゃ……うあぁぁぁぁぁ!」
シアは大声を出して、その場にしゃがみ、大声で泣きじゃくる。
ドナーはそれを見て、何度か、何かを躊躇う素振りを見せる。
最終的に、ドナーはシアを抱きしめる。
「……中佐?」
「……泣かせてしまってすまない。胸を貸そう」
「中佐……」
「セクハラだと訴えてもらっても構わない。懲罰は、甘んじて受けよう」
シアはそれを聞き、ドナーの背中に腕を回す。
「ぐすっ……中佐は、いきなりすぎます……ひっぐ」
「……こういうやり方しか、知らないんだ」
その時、エレベーターのドアが開く。
「あっ……」
そこには研究者が2人立っていた。
ドナーはそれを見て、真顔で咳払いをする。
「……ゴホッ、んっん……」
「あ、も、申し訳ございません!」
「大丈夫だ……立てるか?」
「えっ……あ、は、はい!立てましゅっ……うえぇ」
シアは立ち上がり、ドナーの胸に擦り寄る。
「君たちは下の階か?」
「は、はい。機体の調整に呼ばれまして……」
「そうか。私たちも下の階に用がある。一緒に行こう」
「は、はぁ……」
研究者二人組はエレベーターに乗り、ドアが閉まると同時に、ひそひそと話を始める。
「あれってジェス・ドナー中佐だよな?」
「女の子が泣いてたけど……何があったっていうんだ……」
「聴こえているぞ」
「ひっ!? 申し訳ございません!」
「構わん……私はな」
「……」
シアは不機嫌そうとも、不安そうともいえる顔で、研究者たちを見つめていた。
しばらくすると、エレベーターのドアが開き、四人はエレベーターから降りる。
「君たちが調整する機体というのは、エクスカリバーのことか?」
「はい。現在、80%の進捗率です。後2日もあれば、ロールアウト可能かと」
「成程。では、我々と目的地は同じということだ」
「えっ?」
「シア少尉。君に見せるものというのは、それのことだ」
四人は格納庫のような場所に入る。
「こ、これは……!」
そこには、人型形態で、各部に装甲が付けられていない、ロールアウト前のAデバイスが置かれていた。
宙吊りの状態で固定され、各部を作業員、研究者たちが協力して建造を行っている。
「紹介しよう。TBR-010A、開発コードはエクスカリバー。君が乗っていた010Nのオリジナルだ」
「これが……エクスカリバー……」
シアはその機体を見て、感嘆の息を漏らす。
「これは新しく、私の部隊に配備される機体ということになっている。しかし、パイロットが不在だ」
「……」
「そこで、君に、我が部隊への編入を要請したい。あとは、君の判断だ」
ドナーはシアを見つめ、エクスカリバーを背に立つ。
シアはそれを見て、考える。
(大尉の仇をとるためなら……私は……)
拳を握り、シアは目を開く。
「答えは、出たか?」
「……タイパー連合、第11航空殲滅部隊、シア・サファイア少尉、ジェス・ドナー中佐の要請を受け、只今より、第一殲滅大隊アロー・ヘッド大隊へ転属します!」
「……わかった」
ドナーは両手を広げ、呟く。
「ようこそ、我らがアロー・ヘッドへ」
こんばんは、軽沢えのきです。
今回は、連合側のお話を書かせていただきました。
シア少尉はかなり唐突に登場しましたからね……
多分、これからは「一日休んで次の日投稿」になると思います。
どうか生暖かい目で見て頂ければ幸いです。
それでは、また。
用語
クレスト州
タイパー連合の治める自治州の一つ。
巨大な河川が特徴的な土地で、小麦の栽培が盛んにおこなわれている。
士官学校があり、この学校は各地の士官学校に比べて、排出される学徒兵や士官の質は上質であると評価されている。
登場人物
シア・サファイア
タイパー連合第11航空殲滅部隊の隊員。階級は少尉、年齢は17。
学徒兵にあたるが、最年少ながら高い成績を叩き出し、飛び級で現在の地位を手に入れた。
白兵戦においては主席すらも上回る実力を持ち、それ故か若干の自信過剰さを持つ。
これが原因で、先の戦いでは自機の左腕を喪失するに至っている。
ジェス・ドナー
タイパー連合軍第一殲滅大隊「アロー・ヘッド」隊の隊長。階級は中佐。32歳。
中佐という高い階級でありながら、部下と共に前線に赴く、珍しい人物。
決して玉座に甘えるのではなく、現場との連携を第一に考え、部隊全体で高い戦果を上げ続ける。
このころには妬まれるようなことは少なくなってきており、皆が認めるエースパイロットとなっている。
一人称は私だが、感情が高ぶると「俺」に戻る。
登場機体
※今回は過去に搭乗していた機体もここに記す。
TBR-009AX
「特殊兵装開発母体」
開発コードは「キッチンナイフ」。
特殊条件下で用いられる各種兵装の試験用に開発されたシャーシ。
実戦に投入されたという記録は残っていない。また、明確な生産台数も不明。
劇中では12年前、並びに4年前に目撃された機体である。
青白い装甲ではなく、真っ白な装甲と青いマーキングが施されている。
殲滅砲:殲滅砲試験型
サヴェージ:ノーマル・サヴェージΔ
近接兵装:なし(状況によって換装)
TBR-009AR
「殲滅砲改良試験機」
開発コードは「カタール」。
人型形態時の腕とはまた別の腕部を取り付け、殲滅砲のコントロール装置として活用した機体。
結果、エネルギーの収束効率が28%上がったというデータを手に入れられた。
その腕部は直接作業も行える優れものであり、W-A系列と共に作業に勤しむ姿も公報で確認されている。
W-A系列の誕生までは、本機体が作業を兼用していた部隊や艦隊もあったようだ。
12年前、ジェス・ドナーが使用した機体。
殲滅砲:外部調節型殲滅砲
サヴェージ:ノーマル・サヴェージ
近接兵装:バイブレーション・トンファー
TBR-009A2
「初期量産型改良試験機」
開発コードは「ダガー」。
大気圏内での機動力の向上並びに小型化を目指した機体。
各技術をダウンサイジングすることに成功し、数々の名機を生み出す。
4年前、ジェス・ドナーが使用した機体。
殲滅砲:ノーマル殲滅砲Ver.2.0
サヴェージ:ノーマル・サヴェージ
近接兵装:片刃式ヒートソード
TBR-009EWaC
「早期警戒管制ユニット搭載型」
開発コードは「セントリー」。
巨大なロートドームユニット、並びに大型カメラユニット、センサーユニットを搭載した機体。
領域内の巡回、敵艦隊の座標特定等のデータ収集を主に行っていた。
殲滅砲は安価なものが搭載されている。
また、推進系は非常に発熱性が低く、熱源探知されにくいという利点がある。
12年前に、009AXに踏みつけられていた残骸が本機体である。
殲滅砲:サブ殲滅砲
サヴェージ:データコレクト・サヴェージ
近接兵装:コンバットナイフ
TBR-010A
「現在、開発中につき詳細公開不可能」
開発コードは「エクスカリバー」。