表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クロス・ザ・ルビコン  作者: 軽沢 えのき
5/9

少し前、少女は……

「ん……う……」


 因幡が目を覚ますと、先ほどとは違う空間にいた。


「あれ……」


 因幡は起き上がり、周囲を確認する。


 少しぼろい家だが、悠斗の家よりも広く見える。


「おー、起きたか」


 部屋に誰かが入ってくる。


 20代ほどに見える、柳鼠色の長髪の女性が、買い物袋を持ってやってきた。


「……誰?」


「ん? 悠斗の友人。名前は五十嵐祐奈だ。よろしく」


買い物袋から麦茶を取り出し、因幡に渡す。


「どうして、私はここに?」


「覚えてないか? 話に聞くには、Aデバイスの写真見たらガタガタ震えだして、そのまま寝たきりだと」


「……!」


 また、あの記憶がフラッシュバックしてくる。


 因幡は両手を抑え、その場にうずくまる。


「おいおいおいおい、こりゃ相当だな。大丈夫か?」


「はぁ……はぁ……だい、大丈夫です……大丈夫だから……」


 そう言うと、因幡は落ち着きを段々と取り戻していく。


「お前さん不幸な体質だな。ここじゃAデバイスなんて軽自動車くらい出回ってんのに……」


 その時、外で何かが動く音が聞こえた。


「ちょっと待っててな」


 祐奈は窓を開けて、外を確認する。


 そこには、四脚で、腕が作業用マニピュレーターの塊となった、歪な形のAデバイスがいた。


 腕部にはかすれた文字で「W-A01」と書かれていた。


「ああ、工事現場の機体か……ごめんな、隣の家が今工事中でさ」


 因幡はゆっくり立ち上がり、祐奈の後ろに隠れながら、機体を見る。


 重機特有のカラーリングを施され、各部が土や塗装剥がれで汚れた、年季の入った見た目をしている。


 武器は持っておらず、唯一の武装であろう部分には、砲口が蓋とテープで塞がれている。


 機体は因幡たちを数秒見つめた後、踵を返して、作業に向かう。


 職人には少女たちを眺めている時間はないらしい。


「……」


 因幡は不思議と、その機体を見ても、震えるようなことはなかった。


 敵意を感じなかったからなのか、それとも以前見た機体とはまるでシルエットが違うからなのか。


 何故なのかは、彼女にも分からなかった。


「あれも……えっと、えーでばいす?なの?」


「まぁ、そうだな。人型じゃねえし戦闘機形態も戦闘機っていうか、足の生えた箱みたいな形してるけどな」


 機体は脚と腕をワシャワシャと動かし、建材を運んでは組み立て、運んでは組み立てを繰り返していた。


 その時、下の階で玄関が開く音が聞こえた。


「ただいまー。五十嵐ー食料やらなんやら買って来たぞー」


「おーい。ついてきな。紹介するよ」


 祐奈と共に、因幡は一階に降りる。


 そこには、花浅葱色の髪の毛を持った女性が、米を持ってリビングに立っていた。


「おー、起きたのか。よかったよかった。顔色もだいぶ良くなって」


「こいつが相田玲。お前を送ってきてくれたのさ」


「あ……ありがとう、ございます」


「気にするな。悠斗のやつには借りがあるからな。借りを作ってもいるが」


 相田は肩をすくめ、買い物袋の中からお菓子を取り出す。


「どうだ? チョコレートでも一つ」


「ありがとうございます」


 因幡はチョコレートを一つ貰うが、どうやって開ければいいのかわからなかった。


 しばらくチョコレートを睨んだ後、7歳の時のことを思い出し、


「確か……」


 昔よく似た形状のものを開けたことがあったのが幸いし、一人で開封に成功した。


 10年間ゲロみたいなものしか食べていなかったため、こんなものは食べるどころかパッケージングされたものすら見たことが無いのだ。


 因幡にとって、チョコレートは10年ぶり、最悪それ以上の年月食べていなかった代物である。


 口に入れると、眠たそうだった目を見開き、その場に立ちつくす。


「美味しい……」


「お、おう。そんなに感動するか?」


 2人は友人の知り合い程度にしか考えていない。つまり、彼女の過去までは知らないのだ。


 因幡はしばらく、あまりの美味しさに動けずにいた。


「そういや五十嵐。今日ガレージ行ったか?」


「いや、今日は行ってないな。でもこんな時間じゃな……」


 時計は4時を指していた。段々と空が琥珀色になってくる時間だ。


「送ってくよ。因幡とか言ったか、嬢ちゃんも見てくか?」


「へ?」


 祐奈は相田の肩を掴み、耳元で呟く。


「馬鹿! あの子がこっちに送られてきた理由もう忘れたか、この鶏頭!」


「ん? あっ、そういやAデバイス関連だっけ……」


 相田は気まずそうな顔をして、因幡に謝罪する。


「悪い、今のはなかったことに……」


「行く」


「は?」


「は?」


 2人は驚愕したような表情をして、因幡を見つめる。


「えっと……さっき、あの機体を見たとき、写真を見たときとは違って、怖くなったりしなかったから……実物をもっと見たら、克服できるんじゃないかって、思って……」


「あー……」


「私も、やっぱり、克服できるなら、克服したいから……ここだと、一杯あるんでしょ?」


「まぁ、軽自動車くらいは普及してるな」


「じゃあ、慣れておかないと、不便だから……」


 相田と祐奈は顔を見合わせ、もう一度因幡を見る。


「そうか……じゃあ、連れてくか」


「なんかヤバそうになったら車に戻すってことで」


「うん」


 三人は相田の車に乗って、ガレージに向かう。


「いつもなら一時とかには行くんだがね、今日は他の用事があってな」


 祐奈がそんな世間話をしている間、因幡は後部座席から窓の外を眺めていた。


 上では「MOBILE POLICE」とマーキングされた、赤と青のパトランプを点滅させたAデバイスが空中を飛行していた。


「興味津々だな」


 相田が呟く。祐奈はそれに答える。


「だんだん慣れてんだろ。この廃墟都市じゃ、そんなこと珍しくないからな」


 廃墟都市には、Aデバイスを用いる連合側出身の血を持つ者がいる中、魔法使いたちも少なくない。


 最初は移住してきて嫌悪感や恐怖心を抱く者も少なくないが、段々と慣れていく人々がほとんどだ。


 因幡も、その一人になろうとしているのだろう。


 一部一部整備が行き届いていない高速道路に乗ると、黄色いランプを点滅させた数種類の機体が、瓦礫の撤去を行っていた。


 瓦礫を片手でつかみ、付け根をパイルバンカーで粉砕している。


 その瓦礫を魔法使いたちが重力操作の魔法で掴み、隣の輸送機のコンテナに詰め込んでいる。


「あの009GP確か前も見なかったか?」


「最近、ボランティアが村正重工のOEM生産品を買ったらしい。仕事仲間から聞いたよ」


「確かに、あの巨体なら瓦礫撤去にゃ最適かもな」


 因幡はその会話を聞きながら、外を見ていた。


 空を見上げれば、鳩や鴉が空を飛んでいる隣で、Aデバイスや魔法使いたちが空を飛んでいる。


 彼女の出身地では考えられない、共存している世界がそこにはあった。


 そんな光景を夕日と共に眺めていると、高速道路から降りたため、柱に遮られた。


「すまんねー、もうすぐ着くから待ってくれな」


「は、はい」


 そのまましばらく下道を進み、気が付けば、立体駐車場の中にいた。


 三人は車から降りて、エレベーターに向かう。


「眼は閉じててくれ」


「え?」


「いいから閉じてろ」


 相田に目を隠される因幡。


 祐奈は苦笑いしながら、ボタンを押す。


 まるでコマンド入力をするように、階のボタンを押し、ドアが閉まる。


 それを見届けた相田は、因幡の目を開ける。


「ごめんな。パスワードは見られたくなかったからよ」


「そうだったんですね」


「まぁ、そうだな」


 三分ほど、エレベーターの中で待機する三人。


 ガラス張りのエレベーターの外に写るのは、緑色の光が燦然と輝く、整備された洞窟のような場所だった。


 その下には、人々の居住する街の光が見える。


「ここはAデバイスのプライベートガレージみたいなもんでな。月額制だが、意外と便利なんだ」


 祐奈は因幡に振り向き、そう説明する。


「こいつみたいに、仕事で使うようなやつはここを使ってる。ここだけじゃないし、各地に点在してる」


 相田はそれに付け足す。


「あの下にある光……あれは?」


「あれは、地下都市の光だな。あんなとこに住み着くのは、ホントに少ないがな」


 因幡はそれを聞き終えると、ずっとその下の光を見ていた。


 しばらくして、エレベーターは止まり、ドアが開く。


「着いた着いた。ようこそ、アタシのガレージへ」


 そう言うと、祐奈は壁にあるレバーを片手で下ろす。


 すると、近くのスポットライトが一斉に光始め、因幡と相田は目を覆う。


 段々光に慣れてくると、そこには……


「わぁ……!」


 一体のAデバイスが、仰々しく、戦闘機形態で鎮座していた。


 巨大な砲身を機体底面に配置し、燻されたような銀色の機体が、主人たちを出迎えたのだ。


 因幡はそれを見て、怯えるようなことはなかった。


「……この数十分で慣れたみたいだな」


 相田は、因幡を見てそう言う。


「……はい」


「よろしい。慣れが速いってのはいいことだ」


 祐奈はそう言った。


 一方そのころ……


「はぁ……いやー、なんでこんな寒いかなぁ……」


 悠斗は空港の待機室で、一人寂しくストーブの前でかがんでいた。


「因幡、大丈夫かな……あの二人、優しくしてくれてるといいんだけど」


 因幡のことを心配している、悠斗であった。


こんばんは、軽沢えのきです。

前回の数時間前の話になります。

次回は連合側のお話にでもしようかなと。

それでは、また。


人物紹介


五十嵐祐奈

廃墟都市の住宅地に居を構える女性。年齢は47。

アラフィフであることをネタにされる。

元タイパー連合軍出身であり、任務中に味方部隊とはぐれる。

そのため、連合側ではMIA扱いとなっている。

外見が20代なことには特殊な理由があるらしいが、誰にも話していない。


相田玲

祐奈の同居人。年齢は52。

元々はヘリオス共和国の領土である島国出身であり、幼いころに廃墟都市に家族で移住した。

20代なみの美貌を持っているが、血縁関係者はみんな年老いても若々しいので、多分遺伝だろうとされる。


登場機体

W-A01

「自走式汎用作業機」

開発コードは「ラヴリー・レイバー」。

E-X00(各種限界性能検証機)で入手したデータを基に、TBR-009Aのキャノピーを移植し、コンテナと作業用アームの塊にした機体。

戦闘機形態と人型形態の分別がとても曖昧で、変形機構で残っているのは脚部付け根のスライド機構、並びに頭部収納機構のみである。

腕は作業用の六本腕になり、脚部は四脚になったうえに、前足には作業用アームが取り付けられている。

また、本来は股間部に来るコクピットブロックは、胴体部に接合されている。

主に施設内での運用を視野に入れており、閉所での活動に秀でている。

現在、本機体は廃墟都市にて民間に払い下げられており、建設会社などに優先的に提供されている。


基本武装:ビーム・ガン(劇中に登場したものは蓋がされている)

殲滅砲:ハッピー殲滅砲

サヴェージ:ワーカー・サヴェージ

近接兵装:アーム



S-B02

「小型輸送機推力強化仕様」

開発コードは「グライド・ブースト」。

S-A系列から派生した機体。

従来機は機体の緊急補給などを目的として開発されていたが、本機体は施設間の往来を目的として開発された。

コンテナは増設され、輸送量は格段にアップした。


基本武装:ビーム・ガン

殲滅砲:テレポート殲滅砲

サヴェージ:ノーマル・サヴェージ

近接兵装:なし



TBR-009P

「民間販売用廉価版」

開発コードは「パイソン」。

旧式化し、ある程度のオーバーホールを行って民間に売り払われる機体はこれまでも存在したが、本機体は最初から民間への提供を目的にした機体。

各部を010M以上の低コスト化を行い、ユニット化することで、一般人でも使用できる機体になった。

主に市街地や居住区での運用も視野に入れており、従来機よりも非常にコンパクト、かつ小回りに優れる。

そのほとんどは警察組織や民間警備会社に提供されたが、一部は旧式と共に一般人への提供が行われたという。


基本武装:メガ・レール・マシンキャノン・マイルド

殲滅砲:自動追尾式電磁殲滅砲(オプションで装備可能)

サヴェージ:モンキー・サヴェージ

近接兵装:パルチザン



TBR-009PG

「警察組織用護衛型」

開発コードは「エスコート・リーダー」。

009Pをベースに、販売相手を警察組織等に絞った機体。

護衛用に各種武装、および増加装甲を取り付けた機体で、防御範囲が広いのが特徴。

用心護衛などに用いられたとされる。

人口密集地帯での使用も考えられたため、各種武装は威力が控えめ、または攻撃面積を小さくしている。


基本武装:メガ・レール・マシンキャノン・マイルド

殲滅砲:自動追尾式電磁殲滅砲

サヴェージ:SP・サヴェージ

近接兵装:スタンスティック



TBR-009PT

「警察組織用追跡型」

開発コードは「ウェスト・ライダー」。

逃亡者を追跡するために、小回りと最高速度、旋回性能に重点を置いた機体。

武装も逃亡犯を捕まえるための捕縛用武装を多数装備している。

トップレベルの旋回性を手に入れはしたが、耐G性能が不十分であり、自慢のスペックを存分に活かせない欠点がある。

最も、現場からは「このくらいで十分」と考える人々も少なくないようだ。


基本武装:メガ・レール・マシンキャノン・マイルド

殲滅砲:自動追尾式電磁殲滅砲改

サヴェージ:チェイサー・サヴェージ

近接兵装:ウィップスティック



TBR-009GP

「白兵戦仕様射突特化型」

開発コードは「羅刹らせつ」。

みんな大好きパイルバンカーを搭載した機体。

そのまま敵に打ち込むだけでもかなりの威力を期待できるが、腕にエネルギーを収束させて、杭を回転させることで一撃をさらに強力にできる。

一撃の破壊力こそ魅力的だが、他系列(009G系列)と違ってそこまで量産はされなかった。

殲滅砲のエネルギーを収束させることで放つ「射突殲滅砲」が使用可能。

本機体は他機体に比べて巨大であり、各部ダクト前に塵が入らないようにシールドが増設されている。

劇中に登場したものは民間に払い下げられた、OEM生産機であるほか、各種装飾類の増設が行われている。

また、OS面でも民間用に武装のリミッターが設けられている。


基本武装:レール・バルカン

殲滅砲:射突殲滅砲

サヴェージ:パイル・サヴェージ

近接兵装:パイルバンカー

※この武装は装備こそされているが、OSからの制限で劇中に登場した機体は使用できない。


TBR-009?????(祐奈の機体)

<アクセス権限が存在しません>

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ