少し前、少女は……
「ん……う……」
因幡が目を覚ますと、先ほどとは違う空間にいた。
「あれ……」
因幡は起き上がり、周囲を確認する。
少しぼろい家だが、悠斗の家よりも広く見える。
「おー、起きたか」
部屋に誰かが入ってくる。
20代ほどに見える、柳鼠色の長髪の女性が、買い物袋を持ってやってきた。
「……誰?」
「ん? 悠斗の友人。名前は五十嵐祐奈だ。よろしく」
買い物袋から麦茶を取り出し、因幡に渡す。
「どうして、私はここに?」
「覚えてないか? 話に聞くには、Aデバイスの写真見たらガタガタ震えだして、そのまま寝たきりだと」
「……!」
また、あの記憶がフラッシュバックしてくる。
因幡は両手を抑え、その場にうずくまる。
「おいおいおいおい、こりゃ相当だな。大丈夫か?」
「はぁ……はぁ……だい、大丈夫です……大丈夫だから……」
そう言うと、因幡は落ち着きを段々と取り戻していく。
「お前さん不幸な体質だな。ここじゃAデバイスなんて軽自動車くらい出回ってんのに……」
その時、外で何かが動く音が聞こえた。
「ちょっと待っててな」
祐奈は窓を開けて、外を確認する。
そこには、四脚で、腕が作業用マニピュレーターの塊となった、歪な形のAデバイスがいた。
腕部にはかすれた文字で「W-A01」と書かれていた。
「ああ、工事現場の機体か……ごめんな、隣の家が今工事中でさ」
因幡はゆっくり立ち上がり、祐奈の後ろに隠れながら、機体を見る。
重機特有のカラーリングを施され、各部が土や塗装剥がれで汚れた、年季の入った見た目をしている。
武器は持っておらず、唯一の武装であろう部分には、砲口が蓋とテープで塞がれている。
機体は因幡たちを数秒見つめた後、踵を返して、作業に向かう。
職人には少女たちを眺めている時間はないらしい。
「……」
因幡は不思議と、その機体を見ても、震えるようなことはなかった。
敵意を感じなかったからなのか、それとも以前見た機体とはまるでシルエットが違うからなのか。
何故なのかは、彼女にも分からなかった。
「あれも……えっと、えーでばいす?なの?」
「まぁ、そうだな。人型じゃねえし戦闘機形態も戦闘機っていうか、足の生えた箱みたいな形してるけどな」
機体は脚と腕をワシャワシャと動かし、建材を運んでは組み立て、運んでは組み立てを繰り返していた。
その時、下の階で玄関が開く音が聞こえた。
「ただいまー。五十嵐ー食料やらなんやら買って来たぞー」
「おーい。ついてきな。紹介するよ」
祐奈と共に、因幡は一階に降りる。
そこには、花浅葱色の髪の毛を持った女性が、米を持ってリビングに立っていた。
「おー、起きたのか。よかったよかった。顔色もだいぶ良くなって」
「こいつが相田玲。お前を送ってきてくれたのさ」
「あ……ありがとう、ございます」
「気にするな。悠斗のやつには借りがあるからな。借りを作ってもいるが」
相田は肩をすくめ、買い物袋の中からお菓子を取り出す。
「どうだ? チョコレートでも一つ」
「ありがとうございます」
因幡はチョコレートを一つ貰うが、どうやって開ければいいのかわからなかった。
しばらくチョコレートを睨んだ後、7歳の時のことを思い出し、
「確か……」
昔よく似た形状のものを開けたことがあったのが幸いし、一人で開封に成功した。
10年間ゲロみたいなものしか食べていなかったため、こんなものは食べるどころかパッケージングされたものすら見たことが無いのだ。
因幡にとって、チョコレートは10年ぶり、最悪それ以上の年月食べていなかった代物である。
口に入れると、眠たそうだった目を見開き、その場に立ちつくす。
「美味しい……」
「お、おう。そんなに感動するか?」
2人は友人の知り合い程度にしか考えていない。つまり、彼女の過去までは知らないのだ。
因幡はしばらく、あまりの美味しさに動けずにいた。
「そういや五十嵐。今日ガレージ行ったか?」
「いや、今日は行ってないな。でもこんな時間じゃな……」
時計は4時を指していた。段々と空が琥珀色になってくる時間だ。
「送ってくよ。因幡とか言ったか、嬢ちゃんも見てくか?」
「へ?」
祐奈は相田の肩を掴み、耳元で呟く。
「馬鹿! あの子がこっちに送られてきた理由もう忘れたか、この鶏頭!」
「ん? あっ、そういやAデバイス関連だっけ……」
相田は気まずそうな顔をして、因幡に謝罪する。
「悪い、今のはなかったことに……」
「行く」
「は?」
「は?」
2人は驚愕したような表情をして、因幡を見つめる。
「えっと……さっき、あの機体を見たとき、写真を見たときとは違って、怖くなったりしなかったから……実物をもっと見たら、克服できるんじゃないかって、思って……」
「あー……」
「私も、やっぱり、克服できるなら、克服したいから……ここだと、一杯あるんでしょ?」
「まぁ、軽自動車くらいは普及してるな」
「じゃあ、慣れておかないと、不便だから……」
相田と祐奈は顔を見合わせ、もう一度因幡を見る。
「そうか……じゃあ、連れてくか」
「なんかヤバそうになったら車に戻すってことで」
「うん」
三人は相田の車に乗って、ガレージに向かう。
「いつもなら一時とかには行くんだがね、今日は他の用事があってな」
祐奈がそんな世間話をしている間、因幡は後部座席から窓の外を眺めていた。
上では「MOBILE POLICE」とマーキングされた、赤と青のパトランプを点滅させたAデバイスが空中を飛行していた。
「興味津々だな」
相田が呟く。祐奈はそれに答える。
「だんだん慣れてんだろ。この廃墟都市じゃ、そんなこと珍しくないからな」
廃墟都市には、Aデバイスを用いる連合側出身の血を持つ者がいる中、魔法使いたちも少なくない。
最初は移住してきて嫌悪感や恐怖心を抱く者も少なくないが、段々と慣れていく人々がほとんどだ。
因幡も、その一人になろうとしているのだろう。
一部一部整備が行き届いていない高速道路に乗ると、黄色いランプを点滅させた数種類の機体が、瓦礫の撤去を行っていた。
瓦礫を片手でつかみ、付け根をパイルバンカーで粉砕している。
その瓦礫を魔法使いたちが重力操作の魔法で掴み、隣の輸送機のコンテナに詰め込んでいる。
「あの009GP確か前も見なかったか?」
「最近、ボランティアが村正重工のOEM生産品を買ったらしい。仕事仲間から聞いたよ」
「確かに、あの巨体なら瓦礫撤去にゃ最適かもな」
因幡はその会話を聞きながら、外を見ていた。
空を見上げれば、鳩や鴉が空を飛んでいる隣で、Aデバイスや魔法使いたちが空を飛んでいる。
彼女の出身地では考えられない、共存している世界がそこにはあった。
そんな光景を夕日と共に眺めていると、高速道路から降りたため、柱に遮られた。
「すまんねー、もうすぐ着くから待ってくれな」
「は、はい」
そのまましばらく下道を進み、気が付けば、立体駐車場の中にいた。
三人は車から降りて、エレベーターに向かう。
「眼は閉じててくれ」
「え?」
「いいから閉じてろ」
相田に目を隠される因幡。
祐奈は苦笑いしながら、ボタンを押す。
まるでコマンド入力をするように、階のボタンを押し、ドアが閉まる。
それを見届けた相田は、因幡の目を開ける。
「ごめんな。パスワードは見られたくなかったからよ」
「そうだったんですね」
「まぁ、そうだな」
三分ほど、エレベーターの中で待機する三人。
ガラス張りのエレベーターの外に写るのは、緑色の光が燦然と輝く、整備された洞窟のような場所だった。
その下には、人々の居住する街の光が見える。
「ここはAデバイスのプライベートガレージみたいなもんでな。月額制だが、意外と便利なんだ」
祐奈は因幡に振り向き、そう説明する。
「こいつみたいに、仕事で使うようなやつはここを使ってる。ここだけじゃないし、各地に点在してる」
相田はそれに付け足す。
「あの下にある光……あれは?」
「あれは、地下都市の光だな。あんなとこに住み着くのは、ホントに少ないがな」
因幡はそれを聞き終えると、ずっとその下の光を見ていた。
しばらくして、エレベーターは止まり、ドアが開く。
「着いた着いた。ようこそ、アタシのガレージへ」
そう言うと、祐奈は壁にあるレバーを片手で下ろす。
すると、近くのスポットライトが一斉に光始め、因幡と相田は目を覆う。
段々光に慣れてくると、そこには……
「わぁ……!」
一体のAデバイスが、仰々しく、戦闘機形態で鎮座していた。
巨大な砲身を機体底面に配置し、燻されたような銀色の機体が、主人たちを出迎えたのだ。
因幡はそれを見て、怯えるようなことはなかった。
「……この数十分で慣れたみたいだな」
相田は、因幡を見てそう言う。
「……はい」
「よろしい。慣れが速いってのはいいことだ」
祐奈はそう言った。
一方そのころ……
「はぁ……いやー、なんでこんな寒いかなぁ……」
悠斗は空港の待機室で、一人寂しくストーブの前でかがんでいた。
「因幡、大丈夫かな……あの二人、優しくしてくれてるといいんだけど」
因幡のことを心配している、悠斗であった。
こんばんは、軽沢えのきです。
前回の数時間前の話になります。
次回は連合側のお話にでもしようかなと。
それでは、また。
人物紹介
五十嵐祐奈
廃墟都市の住宅地に居を構える女性。年齢は47。
アラフィフであることをネタにされる。
元タイパー連合軍出身であり、任務中に味方部隊とはぐれる。
そのため、連合側ではMIA扱いとなっている。
外見が20代なことには特殊な理由があるらしいが、誰にも話していない。
相田玲
祐奈の同居人。年齢は52。
元々はヘリオス共和国の領土である島国出身であり、幼いころに廃墟都市に家族で移住した。
20代なみの美貌を持っているが、血縁関係者はみんな年老いても若々しいので、多分遺伝だろうとされる。
登場機体
W-A01
「自走式汎用作業機」
開発コードは「ラヴリー・レイバー」。
E-X00(各種限界性能検証機)で入手したデータを基に、TBR-009Aのキャノピーを移植し、コンテナと作業用アームの塊にした機体。
戦闘機形態と人型形態の分別がとても曖昧で、変形機構で残っているのは脚部付け根のスライド機構、並びに頭部収納機構のみである。
腕は作業用の六本腕になり、脚部は四脚になったうえに、前足には作業用アームが取り付けられている。
また、本来は股間部に来るコクピットブロックは、胴体部に接合されている。
主に施設内での運用を視野に入れており、閉所での活動に秀でている。
現在、本機体は廃墟都市にて民間に払い下げられており、建設会社などに優先的に提供されている。
基本武装:ビーム・ガン(劇中に登場したものは蓋がされている)
殲滅砲:ハッピー殲滅砲
サヴェージ:ワーカー・サヴェージ
近接兵装:アーム
S-B02
「小型輸送機推力強化仕様」
開発コードは「グライド・ブースト」。
S-A系列から派生した機体。
従来機は機体の緊急補給などを目的として開発されていたが、本機体は施設間の往来を目的として開発された。
コンテナは増設され、輸送量は格段にアップした。
基本武装:ビーム・ガン
殲滅砲:テレポート殲滅砲
サヴェージ:ノーマル・サヴェージ
近接兵装:なし
TBR-009P
「民間販売用廉価版」
開発コードは「パイソン」。
旧式化し、ある程度のオーバーホールを行って民間に売り払われる機体はこれまでも存在したが、本機体は最初から民間への提供を目的にした機体。
各部を010M以上の低コスト化を行い、ユニット化することで、一般人でも使用できる機体になった。
主に市街地や居住区での運用も視野に入れており、従来機よりも非常にコンパクト、かつ小回りに優れる。
そのほとんどは警察組織や民間警備会社に提供されたが、一部は旧式と共に一般人への提供が行われたという。
基本武装:メガ・レール・マシンキャノン・マイルド
殲滅砲:自動追尾式電磁殲滅砲(オプションで装備可能)
サヴェージ:モンキー・サヴェージ
近接兵装:パルチザン
TBR-009PG
「警察組織用護衛型」
開発コードは「エスコート・リーダー」。
009Pをベースに、販売相手を警察組織等に絞った機体。
護衛用に各種武装、および増加装甲を取り付けた機体で、防御範囲が広いのが特徴。
用心護衛などに用いられたとされる。
人口密集地帯での使用も考えられたため、各種武装は威力が控えめ、または攻撃面積を小さくしている。
基本武装:メガ・レール・マシンキャノン・マイルド
殲滅砲:自動追尾式電磁殲滅砲
サヴェージ:SP・サヴェージ
近接兵装:スタンスティック
TBR-009PT
「警察組織用追跡型」
開発コードは「ウェスト・ライダー」。
逃亡者を追跡するために、小回りと最高速度、旋回性能に重点を置いた機体。
武装も逃亡犯を捕まえるための捕縛用武装を多数装備している。
トップレベルの旋回性を手に入れはしたが、耐G性能が不十分であり、自慢のスペックを存分に活かせない欠点がある。
最も、現場からは「このくらいで十分」と考える人々も少なくないようだ。
基本武装:メガ・レール・マシンキャノン・マイルド
殲滅砲:自動追尾式電磁殲滅砲改
サヴェージ:チェイサー・サヴェージ
近接兵装:ウィップスティック
TBR-009GP
「白兵戦仕様射突特化型」
開発コードは「羅刹」。
みんな大好きパイルバンカーを搭載した機体。
そのまま敵に打ち込むだけでもかなりの威力を期待できるが、腕にエネルギーを収束させて、杭を回転させることで一撃をさらに強力にできる。
一撃の破壊力こそ魅力的だが、他系列(009G系列)と違ってそこまで量産はされなかった。
殲滅砲のエネルギーを収束させることで放つ「射突殲滅砲」が使用可能。
本機体は他機体に比べて巨大であり、各部ダクト前に塵が入らないようにシールドが増設されている。
劇中に登場したものは民間に払い下げられた、OEM生産機であるほか、各種装飾類の増設が行われている。
また、OS面でも民間用に武装のリミッターが設けられている。
基本武装:レール・バルカン
殲滅砲:射突殲滅砲
サヴェージ:パイル・サヴェージ
近接兵装:パイルバンカー
※この武装は装備こそされているが、OSからの制限で劇中に登場した機体は使用できない。
TBR-009?????(祐奈の機体)
<アクセス権限が存在しません>