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クロス・ザ・ルビコン  作者: 軽沢 えのき
2/9

邂逅は突然やってくる。

 ある朝のこと、鳴神悠斗は配達員と共に、自宅の玄関前で立ち尽くしていた。


「えっと……これなんです?」


 悠斗はそう言って、段ボールをぺちぺちと叩く。


「さぁ……取扱い要注意とだけ言われていたので、全く分からずで……」


「はぁ……」


「おかげで魔法使いの皆様が、重力操作系で運ぼうと思っても運べずで、トラックで運んできた次第です」


「ありがとうございます……これ誰が送ってきたとか分かります?」


 悠斗は配達員の顔を見て、そんな言葉をつぶやく。


「あー、それが分からないんですよ。村正重工の流通管理局から送られてきたってのは分かるんですが……」


「あー……こんなにでかい代物を年頃のませたガキに渡して何がしたいんだか……」


 悠斗は髪の毛をぼりぼりと搔いて、もう一度段ボールを見る。


 そのあと、無言で配達員と共に部屋の中に入れる。


 中に入れたあと、配達員はそそくさと去っていったため、悠斗は一人段ボールとにらめっこをすることになった。


「どうしよっかな……爆弾とか入ってないよねー」


 悠斗はカッターを取ってきて、封を切る。


「ほんなら中身確認して送り返しても……なんこれ鉄の塊?」


 中に入っていたのは、黄色いテープでガチガチに固定されている巨大なポッドだった。


 のぞき窓のようなものがついているが、そこはテープで覆い隠されていた。


「……とりあえず立ててみるか」


 悠斗はポッドの「UPPER」と書かれている方に両手をかけて、力いっぱい持ち上げる。


「うんしょ……どっっっこい!!!」


 ガタン! という大きな音をたてて、ポッドは縦になった。


 その大きさは180㎝ほどで、人一人がすっぽりと入るような縦横幅だった。


 悠斗は顎に手を当てて、こんな物体何に使うのかと困惑していた。


 オブジェにしては飾り気がなさすぎるし、それにでかい。


 2DKの一人暮らしの家に置くにはちょっと大きすぎる。


 人一人入る飾り気のないオブジェなど、どうやって飾れというのか。


「うーん……お?」


 悠斗はポッドにスイッチがあるのを発見した。


 人間とはこういう奇妙なものがあると、押してしまいたくなる。古今東西変わることのない癖だ。


「うーん……どうせだし押すか」


 もしかしたらヤバいことが起きるかもしれないという可能性は脳の未使用部分に放り投げ、スイッチを押す。


 すると、ポッドからカチカチカチと、ロックが外れていく音が聞こえる。


 そして数秒後、蒸気が噴き出し、観音開きの形でポッドが割れる。


 中から真っ蒼な、若干粘性の液体が溢れだし、悠斗の下半身にかかる。


「うわっ!?」


 悠斗は腰を抜かしてしまい、びちゃびちゃに濡れたズボンを引っ張りながら周囲を確認する。


 真っ蒼な液体は床中に飛び散り、静かに面積を広げていた。


「なんだよ液体入りなら、そう書いとけって……」


 足音がして、ふと、ポッドの方向を見る。


 そこには、白髪(しらが)の赤い瞳の少女が立っていた。


 悠斗とほぼ同年代で、髪の毛は長らく手入れしていないように見える。


 青い液体がしたたり落ちて、ボツボツと重苦しい音を立てる。


「……どちら様?」


「……」


 少女は答えようとしない。


 悠斗も少女も、今の状況に困惑しているのは同じだった。


 悠斗からすれば、ポッドからいきなり出てきたのは、無地の下着一丁の同年代の少女を前に、ただ腰を抜かしているだけ。


 少女からすれば、いきなり外に出たと思えば、誰だか知らない少年が目の前で腰を抜かしている。


 困惑せずに現在の状況を飲み込める方がおかしいというものだ。


「……誰?」


「え、あ、鳴神悠斗、です……いやいやいや! 君こそ誰なんだ! 鉄の塊から下着だけで出てきたと思ったら、誰? じゃないよ! 自己紹介くらいしてよ! 一体全体どっから来たのさ!?」


 悠斗は早口でまくしたてる。


 少女は全く動じず、真顔でその声を聴いている。


「あーもうびっちゃびちゃだよ……タオル持ってくるから待ってて。あと服も」


「……」


「ホントに無口だな……ありがとうくらい言えっての。まったくもう……」


 少女の事情を知らないからとはいえ、そんな愚痴を吐きながら畳の部屋に向かう悠斗であった。


「……ありがとう」


 悠斗には聞こえていなかったが、少女はそう、呟いた。


──


 悠斗は灰色のスウェットとタオル数枚を持ってきて、少女に一枚渡す。


「これで身体拭くと良いよ。寒いでしょ」


「ありがとう」


 悠斗はぎょっとした顔で少女を見て、少女は首をかしげる。


「……言えんじゃん」


「?」


「あぁ、こっちの話だから無視していいのよ。ちゃっちゃと身体拭いてあれ着て」


 スウェットを指さしながら、悠斗は粘液を拭いていた。


「……」


 少女は乱暴に身体を拭く。


 ヌメヌメとした液体がタオルに染みて、自分の表皮が乾いていくのを感じる。


「そういやすっかり忘れてたや。俺ったら最近鶏頭になってきたな……名前は?」


「……」


 少女は数秒硬直し、タオルから手を離す。


「……因幡」


「いなば?」


「因幡……春佳。確か、そんな名前だった」


 少女からすれば、もうずっと"非検体"としか呼ばれていない。


 両親につけられた名前も、忘れかけていた。


 しかし、悠斗に聞かれたことで、しまってそのままどこにしまったのか分からなくなる前に、思い出すことができた。


「因幡ね。オッケー……あのー、女子にこんなこと言うのはちょっとアレだと思うんだけどさ……服を着てくれ頼むから」


 悠斗は見ていられない、とでも言いたげな表情でそう言う。


 因幡は服に手をかけて、すぐにそれを着る。


「悪いね。それしかなくて……」


「いい」


 そっけなく答えて、上下同じ色のスウェットを着る。


 男性ものであり、なおかつ悠斗の身長が因幡より高いこともあってか、袖があまり、全体的にぼてっとしていた。


 悠斗は悔しいことにちょっと可愛いと思ってしまったが、口には出さず、液体をたっぷりしみこませたタオルを、どうしようかと決めあぐねていた。


「ねぇ……この液体、どうしたらいい?」


 悠斗は真っ蒼に染まったタオルを因幡の前に出して、尋ねる。


「……ポッドは上が開くから、一度閉めて、もう一度入れればいいと思う」


「ああ……おけ。じゃちょっと手伝って」


「うん」


(捨てちゃまずそうな液体だし、別に触っても害無かったし……元に戻しておこう)


 悠斗と稲葉は二人がかりでポッドを閉める。


 悠斗は難なく閉めたが、因幡は力を入れても閉まらなかった。


(力ないなあ……俺もない方だけど)


 そう言いつつ、因幡の方に回って、閉める。


「……ごめんなさい」


 因幡はその様子をみて、呟く。


 悠斗は首をふって、そのままポッドに飛び乗る。


「これって取っ手があるんだけど、これ回せばいいのかな?」


「わからない。私が入った時は、上から入ったから」


「ああね。じゃ、時計回しにしてみようか……ふんっ!」


 ギギギと音が鳴り、ポッドが開く。


 悠斗は飛び降りると同時に、脚立をとりに走った。


 数十秒後、取ってきた脚立を立てて、タオルに染みた液体をポッドにぶち込む。


 その作業を数十分続け、気が付けば午前10時になっていた。


「はぁ、洗濯物が増えたや……まぁいいや。因幡は何か食べる?」


「食べる……?」


 因幡は少し顔をゆがめる。


 残飯のような、ゲロのような食事が頭に浮かんだからだ。


「ああ……おかゆみたいなのなら、すぐ用意できるけど……」


「……ありがとう」


 悠斗がキッチンでおかゆを用意している間、因幡はリビングで麦茶を飲んでいた。


 10年ぶりに飲む、まともな味のついた飲料に、因幡は感動していた。


「美味しい……」


 市販の麦茶を美味しく飲めるという幸せが、彼女を包んでいた。


「はいはいお待たせ―。鳥だしと卵しか味付けてないけど……」


 苦笑いしながら悠斗は因幡におかゆを差し出す。


 因幡はスプーンを受け取り、おかゆを口に運ぶ。


「……」


「どうかな……美味しいと思ってくれりゃうれしいんだけど」


 因幡は口におかゆを次々と運び、瞬く間に完食してしまった。


「ごちそうさまでした……」


「お、おう……よかった……?」


 因幡は少しだけ、口角を上げた。


 悠斗はその微笑を見て、ちょっぴりほっとした気分になった。


 その瞬間、インターホンの音が鳴る。


「おーい、悠斗いるかー? 遊びに来たぜー」


「げっ、武弘のやつこんな時に来やがって……ごめんどっかに隠れてて」


 悠斗はそそくさと玄関へ向かう。


 因幡はボーっとしていたが、とりあえず机の下に潜り込んだ。


「は、はいはーい……武弘、こんな時に来るような空気の読めなさだからモテないんだぞ」


 武弘と呼ばれた、黒いくせっ毛の男は、苦笑いをしながら反論する。


「そう言われてマジでそうだからやめてほしいぜ……今もしかして、来ちゃいけない感じだったか? エプロン巻いてるとか珍しい」


「へっ?」


 悠斗はめったにエプロンをしない。エプロンをするときは基本、友人が昼頃に来る時くらいだ。


「い、いやー。恭介が来るからさー、おもてなしでもしようかと思って……」


「恭介のやつなら今日社会科見学で遠くに行ってるぞ。お前忘れたのか?」


「ヤッベすっかり忘れてた……」


「おぉん?」


「おぉうもっとまずい状況に……」


 悠斗のこめかみに、武弘の疑いのまなざしが突き刺さる。


「お前なんか隠してるだろ」


「ヴェッ!? ソ、ソンナコトナイヨー」


 冷や汗をだらだら垂らしながらそう言う。


 正直、男友達に自宅に知らない少女を匿ってるなんて知られたら、いかがわしいことしてると思われてもおかしくない。


 多分何を言っても信用されなくなるだろう。言い訳もなにもかも。


「あと、お前この前貸したゲーム、返してもらってねえからな? 利子付きで返すことになってもいいなら帰る」


「げえぇぇ……」


 悠斗は今月、金銭的に余裕がない。


 彼は生活費を仕送りとバイト代で賄っている状況だ。


 そんな状況で利子なんて渡そうものなら、毎日お白湯とお茶漬け生活まっしぐらなのは目に見えている。


「……わかりました、どうぞお入りください……あとゲームソフトは畳の部屋にあります……」


「あいよー。お邪魔しますー」


 武弘はちょっと不愛想な顔を浮かべながら、家に入る。


 悠斗は心をバクバクさせながらリビングに向かうと、武弘の背中とぶつかった。


「お、おい悠斗……こいつ誰だ?」


「へ?」


 悠斗は武弘が指さした方向を向く。


 因幡が仁王立ちしていた。


 余りにも堂々とした立ち姿に、悠斗も武弘も、その場で呆然としていた。


「……この人、誰?」

こんばんは。軽沢えのきです。

ロボットもの+異能力なのに全然出てこなくてごめんね……

もう少々お待ちくださいませ。

それでは、また。


キャラ・設定紹介


鳴神悠斗

青白磁の髪の毛を持った男。年齢は17歳。

伊達眼鏡をかけている、一人暮らしの学生。両親は既に他界している。

ある夫婦の養子となるが、現在は諸事情で別居している。


因幡春佳

ポッドに詰められていた少女。年齢は17。

プロローグの少女その人。

長らく人と話していないが、ドナーとの会話後、流石に表情筋が動かないのはまずいと思ったのか、発声練習を行っていた。


村正重工

廃墟都市に本社を構える巨大複合企業。

人型機動兵器、AデバイスのOEM生産、ないし設計を生業としている。

魔法使い向けの家電製品や武器などを販売、提供してもいる。

販売している製品は長持ちするうえ頑丈と評判。

廃墟都市の実質的唯一の行政機関でもあり、衛生面での活動や流通も担っている。


流通管理局

村正重工が保有する流通管理局。

本来は軍事施設跡地だったようだが、所有者不在のため勝手に改築して利用している。

作業用のAデバイスが複数配備されており、よく魔法使いたちと共同で作業している姿が見られる。

バイトをよく募集するため、夏休みシーズンは従業員が学生だらけになることもしばしば。

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