プロローグ 過去について
幼いうちに、少女は両親を失った。
空爆に巻き込まれ、自分を守るように覆いかぶさり、瓦礫の山に貫かれ、死んでいた。
「パパ……ママ……へんじして?」
ゆさゆさと、両親の血液で真っ赤に染まった手で揺さぶるが、返事はない。
人骨と鉄骨がぶつかって、ギシギシと嫌な音が聞こえるだけである。
「パパ……ママ……ひなんじょにいかないといけないんだよ? こんなとこでじっとしてたら、かぜひいちゃうよ?」
泣きじゃくりながら2人を揺さぶるが、起きるそぶりを見せない。
気が付けば、後ろで兵隊たちが彼女を見つめていた。
まるでうろたえる様な、そんな状態だった。
「ちゅ、中尉……子供を、発見しました……」
「ああ……そうだな」
少女は兵隊たちを見て、唇を震わせる。
中尉と呼ばれた人物が近づき、少女の目の前でしゃがむ。
「お嬢さん。そこのパパとママは、もう死んでいるよ」
「しんでないもん! いきてるもん! おやすみしてるだけだもん!」
涙目でそう訴えかけるが、
「では、どうして君がそんなに呼んでいるのに起きないのかな?」
中尉はそう言う。
少女は言葉に詰まる。
「どうだろう、おじさんたちと一緒に来ないか? パパとママは、ちゃんと後から連れて行ってあげるから」
「………………」
少女はうろたえて、両親の亡骸を見る。
2人はよどんだ目をして地面を見つめて、腕を力なくだらりと下げている。
少女は決心して、中尉の腕をつかむ。
「分かった。おんぶしてあげよう」
「……うん」
少女は、今まで信じたくなかったことが、一気に現実なのだと理解してしまった。
それがただひたすらに、悲しくて仕方がなかった。
少女は涙を伝わせながら、冷たい背中を寝床に眠りにつく。
次に気が付いたときは、薄暗い実験室にいた。
「これが今度の実験体かね?」
「ああ。貴様らの悪趣味な実験のな」
「悪趣味? 冗談は程々にしていただきたいね、ジェス・ドナー中尉」
少女は、いまいち自分の置かれている状況が理解できていなかった。
「これは、我々連合が、あの忌まわしき魔法使いどもを殲滅するための、価値ある行為なのだよ。君とて、その価値が分からんわけではあるまい」
「そうだな。大事なことであることは俺の陳腐な頭でもわかる。しかしながら子供まで実験に使うのはどうなんだと言っているんだよ、オーンスタイン技術顧問」
少女は実験という言葉に反応する。
「じっけんってどういうこと……わたしは、わたしはなにをされるの!?」
怯えた表情で、中尉、もといドナーに近づく。
「黙れ! この薄汚い魔女の幼虫風情が! 近づくんじゃない!」
オーンスタインは少女に平手打ちをかます。
少女は吹き飛び、肩を壁にぶつける。
「貴様!」
「おっと、これは失敬。ロリータ・コンプレックスのドナー中尉には御見苦しい場面を……」
オーンスタインの顔面に、ドナーの拳がクリーンヒットした。
「き、貴様ぁ……!」
有無を言わせず、ドナーはオーンスタインの顔面を踏みつける。
「いくら貴殿が上位の立場であったとしても! 子供を殴ることはなんて非道をしでかしやがる! この成金のビチグソが!」
ドナーの背後から、三名ほどの兵士が駆け寄ってくる。
「ドナー中尉、我々もお気持ちは十分分かります。ですが、ここではどうか我慢なさってください」
オーンスタインは既に気絶しているためか、兵士も気兼ねなくそんな発言をする。
「……すまない」
「……監視カメラの映像には、既に細工をするようにレクサス少佐が手配しています。今日はもうお帰りなさってください」
「ああ……ごめんな」
ドナーは少女に向かって、そんな言葉を吐く。
少女は丸まって、ガタガタと震えていることしかできなかった。
───
いつしか、少女は薬品漬けにされ、脳みそと四肢を機械で弄られる毎日を過ごしていた。
日々の食事は豚の餌のようなものしか与えられず、どんな味なのか判別することもできなくなっていた。
寝る前には青い薬品を飲まされ、吐こうものなら押し戻され、髪の毛はろくに切ってもらえない。
四肢には毎日のように端末のコードが二つ以上挿され、脳髄を針で弄られる。
ある日は四肢をメスで切除される夢を見たが、それが現実になることはなかった。
数日後、机の上に置いてある資料に、四肢を切断するプランがあったが、担当者が交通事故で亡くなったため行わない、と書かれている資料を目にした。
もう、どうでもよかった。
なにもかもがどうでもよくなったある日、彼女に面会を求める人物がやってきたという。
その相手はは、彼女をここへと連れてきたドナー中尉だった。
「あ、ああ……」
ドナーは酷く困惑した様子で、彼女を見た。
「……俺のことが分かるか?」
「……あ」
少女は、久しぶりに声を出してみようと頑張ってみた。
「あ、うお……うぇ……ら」
「大丈夫か? 無理に話さなくても……」
「へい……き、です、ので……でしゅから……」
少女は、固まった表情筋を、必死になって動かした。
ドナーは席に座り、彼女と数秒対面する。
「……る」
ドナーは首を傾げ、その声をよく聞く。
「……してやる」
「……」
「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる……」
先ほどからずっと何かを呟いていると思えば、そんなことをブツブツと言い続けていた。
そう思われても当然のことをやったのだ。ドナーはうつむきながらも、声をかける。
「ここで俺を殺すか?」
少女はハッとした顔で、ドナーを見つめる。
「……ごめんなさい……ぼっと、してました……」
「いいんだ……いいんだ。それでいいんだ」
ドナーは首を横に振りながらそう言って、片手で頭を抱える。
「許してくれとは言わない。許してほしくてここに来たわけではない」
「……」
「ただ謝りたかったんだ……ここに連れてきてしまったことを」
「そう」
「俺は腐っても軍人だ。やれと言われたことは鉄の心でやらなければならない。だから君のような子供を何人も、ここに連れてきた。みんな、死んでしまったが」
「ああ、プレート、いくつもあったのはそういう……」
少女はずっと真顔で、そっけなく答える。
正直なところ、ドナーにはもう帰ってほしいと思っていた。
彼女は懺悔されたいわけではないし、弁明を聞いて何か変わるというわけでもない。
強いて言うなら殺してやりたいという気持ちがあるが、殺しても何も変わらないのは、勉強をしていなくても自然に気づくことだ。
「……生きていることが分かっただけ良かった」
「そうですか」
「……どうか、長生きしてくれ。俺が言える立場ではないが」
「はい」
ドナーは去っていった。
その日も相変わらず、青い薬品を飲んで、シーツが交換されたベッドで寝た。
そんな日々を、10年続けた。
17歳になった彼女は、首の付け根と四肢にコードを括りつけて、培養液の満たされたポッドに入れられる。
「オーンスタイン技術顧問。いよいよやってきたのですね」
「ああ、7年続けた甲斐があったというものだ。こんな熱心な被験体だったとはね」
(被験体は私しかいないのに……)
少女は心の中でそう思いながら、培養液に浸かる。
「しかし、この生体コンピュータの理論が間違っていなければ、我々の戦力は一気に跳ね上がりますな」
「ああもちろんだとも。あの忌まわしき魔女どもを駆逐できる日が近づくわけだ。心躍らずにはいられんよ」
培養液の中で、くぐもった会話音を聞きながら、瞼を閉じる。
次に開けたときには、0と1が無数に広がる空間に、一人漂っていた。
「私は、何をすればいい」
誰もいない空間に、一人話しかける。
「私は、何を飲んで、何を挿されて、何を弄られればいい」
その言葉に、恐怖はなかった。
羞恥も、悲しみも、怒りも、殺意も、憎しみも、絶望も、何もない。
ただ、聞くだけだった。
「誰か答えて」
0と1が消えていく。
真っ暗な世界に、彼女は取り残される。
「助けて」
その瞬間、彼女は何かに叩きつけられたような感覚に襲われる。
目を開けると、培養液越しに凍った窓が見えた。
氷が誰かの手によって払われると、そこには人間が一人立っていた。
少し瘦せこけたような、男性とも女性とも言い難い顔の人物だ。
「これだ。連中が人体実験を続けてたってのは本当だったらしいな」
男の声を出した。男らしい。
「あらそう。じゃ、これを強奪すればいいのね」
遠くから女性の声が聞こえる。
「誰……?」
彼らには聞こえていないようだ。
金属製の壁に液体なので仕方ないといえば仕方ないが。
「よし、じゃあ手伝ってくれ」
「オーケー。ついでにこの残骸持ってっていいかしら? このパーツとか、市場でも出回ってない特注品みたいだし、結構な値段つくんじゃないかしら」
「おーどんどん持ってけ持ってけ。売れるもんは売らなきゃ損だもんな」
彼女は再び、目を閉じる。
次の瞬間、陽の光が彼女に射し、培養液がなだれ落ちる音が聞こえる。
「うわっ!? なんだよ液体入りならそう書いとけって……」
太陽の光を手で遮りながら、一歩前へと足を踏み出す。
コード類がブチブチと、彼女の身体から剥がれ落ち、血痕を床に作る。
床に腰を抜かしている人物に、その真っ赤な瞳をむける。
そこにいるのは……
「…………」
「…………」
青白磁の髪の毛を持った、少年だった。
こんにちは。軽沢えのきです。
ひっさしぶりに投稿いたしました。
スランプもスランプだったのですが、これで抜け出したと考えたいです。
どんな世界観にしようか、とか色々考えているうちにこんな作品ができてしまいましたが、生暖かい目を向けていただければ幸いです。
それでは、また。
キャラ紹介
・ジェス・ドナー
タイパー連合軍第一殲滅大隊「アロー・ヘッド」隊の隊長。階級は中尉。当時22歳。
12歳から少年兵として連合軍に志願。当時こそ歩兵として細々と活動していたが、人型機動兵器Aデバイスの臨時パイロットとなった際、素晴らしい戦績を上げたことから飛び級を重ねる。
若くしてエース部隊の隊長を務めることから、一部から妬まれることも多い。
しかしながら、彼のカリスマ性に惹かれて部隊に志願するパイロットたちも多く、新兵からベテランまで、幅広いパイロットたちを部隊に引き入れている。
基本は冷静沈着だが、女子供や非暴力的な男性に対して一方的に暴力を振るうことを良しとしない。
一方で、非人道的行為の手助けをすることが多くなってしまった現状に、心を痛めている。
・オーンスタイン技術顧問
フルネームはマクシム・オーンスタイン。当時40歳。
かつて魔法使いたちに両親と義父を殺害された過去を持ち、対魔法使い用の研究を行っている人物。
慇懃無礼な態度が目立ち、研究者たちの間でも評価は散々。
非人道的な行いを躊躇わないが、彼によってもたらされた技術が、時として多くのパイロットを救ったこともまた事実である。