遺書
美奈の兄の存在-。彼の人生はどんなものだったのだろう。
山崎 敏夫。1920年、山崎家の長男として生まれる。父が元海軍兵士ということで幼い頃から飛行機乗りを目指していた。彼が3歳のとき、妹である美奈が生まれる。彼は美奈が生まれてからしっかりする様になり、口癖は
「僕がこの国と美奈の未来を守る」
だったそう。15歳の頃、家族には黙って予科練海軍兵学校を受験。倍率が100倍とも言われていた受験に合格。そのことを両親に伝えると、両親は大反対。しかし彼は夢をあきらめず、そのまま家を出て、学校に通っていた。18歳の時に卒業、しかし家には帰って来ず両親は心配していた。
「居候でもしているのだろう。」
まさか彼が海軍兵士になっているとは思わなかったと言う。そしてそれから6年後の1944年、彼は神風特攻隊としてレイテの海に華々しく散った。享年24歳。海軍少尉だった。数日後、家族の元に遺書が届いた。
「オ父サン、オ母サン、美奈、オ元気デスカ。長年ノ無礼、ココデ謝ラセテイタダキマス。コノ度私、敏夫ハ神風特攻隊トシテ出撃スルコトが決マリマシタ。今マデアリガトウゴザイマシタ。笑ッテ散ッテ逝キマス。
1944年 神風特攻隊 大和隊 山崎 敏夫
追伸
美奈、イイ人ト結婚シナサイ。」
その遺書を見た瞬間、彼の命が散ったことが判明した。
「あの時俺が殴ってでも止めておけばよかった。」
お義父さんは目に涙を溜めながら言った。どれだけ怖かっただろう、辛かっただろう。彼は遺体の代わりに送られてきた特攻人形を握っていた。
「きっと彼は靖国にいますよ。戦争が終わったら足を運んでみてください。」
俺がいうと彼は頷いた。
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