第八十一話
自分の家。
こう見えても結構大きな家である。小さな畑が作れるぐらいの広い庭、洒落た玄関……ここら辺じゃあ二階建ての家なんて、クロウリーの豪邸ぐらいだろうか?
ムカつくクソ野郎の顔を思い出し、僕はハッと我に返る。なんであんな奴の家と僕の家を比べなきゃいけないんだ。……くだらない、貴重な金を見せつけるように盛り付けた成金趣味の、ただの大きな家なんて。
「……ただいまー」
気分を切り替えドアノブを回すと光が差し込んできた。母が光の「魔法」を使ったのだろう、家の中と外がまるで別の世界のようだった。
「おかえり、お風呂沸いてるから入っちゃって~」
珍しく母が出迎えに来なかった。声はキッチンの方から聞こえてきたから料理でもしているんだろう。いつもと違う「おかえり」に少し違和感を感じながら、自分の隠れたマザコン度を改めて恥じた。
駆け足で二階に上がり、自分の部屋にそっと荷物を置く。カバンの中にはインク瓶などの割れ物も入っているため、投げるのは禁物である。
続いて「キャメロット大学」の制服を脱ぐ。本来なら脱いで床に置いておきたいところだが、母が制服専用のハンガーを買ってきたためきちんと制服を掛けた。よくよく考えれば三年間(僕の場合は留年するかもしれないが)使う制服なんだ、一人だけ汚なく皺まみれというのは恥ずかしい。
気持ち制服を撫でながら、僕は一階に降りた。
何となくキッチンから漂ってくるこのワイルドな香り……今日はハンバーグのようだ。僕は肺いっぱいに肉臭をため込み、自らの食欲を焦らした。実を言うと僕は、ハンバーグが大好きなのだ。
(さて、出来立てを食べるためにも……)
さっさと風呂に入ろう。僕は暴れ出す唾液を飲み込み、風呂の間のドアを開けた。
服を脱いで水が入った鉄の箱の中に叩き込む。洗うべき服が溜まれば、母が水と風の「魔法」を駆使して汚れを叩き落す、その後火の「魔法」の派生である熱の「魔法」で乾かす。
何故か臭くなるのが難点だが、洗っている本人に聞くと、手で洗うよりはいくらかマシとのこと、「魔法」の存在すら知らなかった時代の人は大変だ。
(……「魔法」の存在を知らない、時代?)
僕は、少しだけ違和感を覚えた。
そう言えば、人類は「魔法」をいつから使うようになって、何時からその概念を見つけたのだろうか? 世界各地に「魔法」の伝承はあるが、「魔法」を見つける前のこの世界の事は何処にも書いていない。
いや、自分は何に違和感を感じている? 人間は生まれた頃から「魔法」が使える。魔力が体を流れているから。
「……」
では、どうやって「魔法」が使えることを知った?
「魔法」を使うには豊富な知識と魔力を返還する魔法式や術式を組まなければいけない。知識もクソもない生きるのに必死な時代に、そんな賢いことを考えられる人間がいたのか? そもそも、「魔法」の存在すら知らず、自らと獣の明日を賭けた奪い合いを繰り返していたのではないか?
「……」
風呂場の鏡を見つめる。相も変わらず僕の表情は歪んでいて、ぼやけたように映っていた。




