第五十六話
「……」
フライ返しと杖を両手に持ち、オロボ先生はそれを睨みつけていた。
黄色いくしぼんだ……それは卵焼きと呼べるものではなかった、油をひき忘れ、フライパンからこそぎ落とした卵の薄い膜のようなものを指でつまみながら、僕らと卵を交互に見ていた。
僕はというと怖くて震えていた、まるで「自分が卵を殺した犯人です」と言わんばかりに卵がへばりついたフライパンを握りしめながら、オロボ先生と卵を同じく交互に見ていたのだ。
(……なぁ、ホーエンハイム)
泡立て器を右手、鉄製のボウルを左手に、まるで剣と盾を構えた騎士のようなソロモンに話しかけられた。
(あの先生、さっきから全然卵食べねぇな、他の奴らの卵食い過ぎて、腹がいっぱいなんじゃないか?)
(味の問題じゃないよ! 料理は見た目が第一だって母さんが言ってた、仮にそうだとしても確実に減点だよ!)
投稿初日からこのザマだ、ココアさんやルナさんのおかげで問題を起こさずに済んだというのに、自己紹介ではいきなり変な奴だと思われる、卵焼きの一つも作れない。
「……調理を担当したのは、誰だ?」
低い口調だった、始めも低かったがなお低い。
フライパンを握る手に恐れが、恐れから迎撃のための構えが取られた、剣のように構えている事に気づいたのは、ソロモンが僕の脇腹を肘でつついてくれたからだ。
一瞬落ち着いたのもつかの間、オロボ先生は卵が置いてある机を迂回し、僕らがいる方へ歩いてきた。恐ろしいほどゆっくり、足音が良く響いた。
思わずフライパンでオロボ先生の顔を隠した、だがオロボ先生はフライパンを掴み、震えがくるほど優しい力で奪い取ってきた。
「……」
終わった。今日だけで、何度この感情を胸に抱いたことだろうか。




