第五話
重い足取りで雪を踏みながら、僕は頭の中にある靄を消し去ろうとしていた。
家を出てから今の今まで、ずっと心の中が重い、せっかくあの大学に受かったというのに……。
こんなんじゃだめだ。そう思った僕は、姿勢だけでも整えようと顔を上げた。
その瞬間、僕の顔面に何かがぶち当たった。
痛いと言うよりは驚きの方が大きかった。投げられたのは、雪玉だった。
雪を振り払い背を向けようとするがそれと同時に体が動かなくなった、次の瞬間には雪玉が追加でもう数発、顔面と腹の辺りにぶつかってきた。
突然の襲撃に対して足元がおろそかになってしまい、雪に滑って僕は転んでしまった。
「あっはっはっ! 無様だなぁホーエンハイム!」
はらわたが煮えくり返るような声とそれ以外の二人の声が聞こえると同時に、僕の体は僕以外の何かによって、強制的に立たされ、そして座らされた。
自由の利かなくなった体の中で唯一動く眼球を動かすと、これはまた頭にくる面が目に入った。
「呑気に買い物か? いいねぇ『無の魔術師』様は、そりゃそうか、「なにもしないこと」を極めた「魔法使い」なんだからな! 僕らみたいに才能ある『超常の魔法使い』みたいに努力する必要も、努力して得られる物も無いんだもんなぁ!」
整った顔、雪にも負けない白い肌、小奇麗で暖かそうな服を着ているこいつは、近所でも有名な「魔法使い」の血筋の子供で、名をクロウリーと言う。
成績優秀、そして狡猾という、恨もうにもどうにも妬みが混ざるような仕組みで出来ているこいつの人格を、僕は父親の事を馬鹿にされる前より憎み続けていたのだ。
『超常の魔法』……それは、いわば災害だ。
火、水、風、大地。自然界の力を操る又は発生させるこの「魔法」は、誰もが「魔法」を使えるこの世界の中でも、使える人間が少ない「魔法」だ。「魔法使い」の力にもよるが、それなりの力を持つ「魔法使い」が使えば、町一個を消し飛ばすことさえ造作も無い。今までクロウリーがこの「魔法」を使ったことは無かったが、「使える」という事実が周囲の人間を遠ざけ、この少年を孤立させたのだ。ここまで性根の腐った人間になるのも頷ける。
「ほら、やり返してみろよ!」
その後も何度も何度も、大量の雪を体にぶつけられ、僕の体が表面から冷えていくのを感じた。
雪が重くて動けなかった、目の前のこいつを殴ろうにも、雪の上からクロウリーの手下に体を押さえられ、蠢くことしかできなかった。
……このまま死んでしまえば、こいつらは『ヘルヘイム』にぶち込まれるだろうか、そう考えると、抵抗するのがバカバカしかった。
(……ごめん、母さん)
たくさん作った料理が冷めるまで、ずっと自分の息子を待つ母の寂しい後ろ姿が、自分の頭の中で安易に想像できてしまった。それだけが、自分にとって心残りだった。
冷たくなった体に妙な温かみが生まれ、それに身を委ねて瞼を閉じた。
「いーけないんだ~いっけないんだ~☆、わーるい~こぅ! ……殺っちゃおう☆」
雪の間を裂くような声が聞こえた。