第百八十二話
散々泣き喚いていたら、いつの間にか昼になっていた。僕はパーシヴァルさんを送るため、『幽霊車』が来る指定の位置まで一緒に歩いていた。
「顔がむくんじゃった……気のせいか、顔の筋肉が痛いよ」
「はい、帰ったらゆっくりと寝ることにします……」
泣き続けていたせいか、顔中がパンパンに腫れていた。気のせいか心も疲れた、パーシヴァルさんの顔がいつもよりも優れない……こんなだらけ切った表情、今まで見た事が無い。
「ホーエンハイムさん」
「なぁに?」
「さっき、私のこと好きって言ってくれましたよね?」
思わず転びかけた、ってか転んだ。顔面から地面に突っ込み、鈍い痛みが鼻っ柱を叩いた。パーシヴァルさんが屈んで肩を貸してくれた。……ってか、いきなりあんなことを聞いてくるあたり、パーシヴァルさんらしい。
「言いましたよね? 好きな人って、私の事ですよね?」
「い……言ったけど、何? 正直あんまり聞かないでほしいんだけど……」
「……」
とても満足そうな顔をして、パーシヴァルさんは僕の腕を掴み、肩に頭を乗せてきた……恥ずかしくて、周りに誰かいないか心配になったけど。そんなことどうでもよくなってきて、そんな事よりも凄く、言うべきことがあるような気がして。
「殺してなんて言って、ごめんなさい」
先に、謝られてしまった。
「……僕の方こそゴメン。痛い?」
「少し、痛いです」
「そっか……ごめ
「……いいえ、すごく痛いです。痕が残ってしまうかもしれません、私、ホーエンハイムさんにキズモノにされちゃいました」
何処でそんな言葉を覚えたんだ。そんなツッコミをしようとした自分の軽率な思考に嫌気が指して、今度はしっかりと顔を見て謝る事にした。女の子を殴るだなんて、あの時の僕はどうかしていた。
「ごめ――」
「だから、ちゃんと責任を取ってくださいね」
その場で立ち止まったパーシヴァルさんにつられて、僕も立ち止った。急に弱くなっていく腕の力に怖くなって、でもちゃんの目の前に立ってくれていて……安心するような、今すぐ倒れてしまうんじゃないかと思うぐらい、未練なんて無いような顔をしていたから。
「……」
恥ずかしいなんて言ってられない。謝罪の言葉も気休めにしかならない。この人は僕の態度と行動を求めている。これからの……僕が守るべき、取り戻すべき彼女の人生を、僕は証明して保証しなければいけない。
「……うん、約束する。絶対! バカバカしいかもしれないけどさ……僕、パーシヴァルのためなら何でもできる気がするんだ」
「ふふっ……約束、ですよ?」
小指だけが立てられた手に、僕は同じく小指を立てて、互いの指を絡ませた。
彼女がこれからも笑って居られるように、僕自身が彼女に許してもらえるように。
(そのためだったら、俺は何だってするよ)
静かに、彼女に誓った。




