第百八十一話
「……え?」
唖然とした表情に胸が痛む。でもそれ以上に怒りが、自らを軽んじるだけではなく自分の友人の気持ちを踏みにじったこいつへの怒りが、僕の体と声帯を突き動かした。
「もともと『魔法』が使えない事なんで黙ってた、『魔法』を使えない僕を内心馬鹿にしていたの? なんで見ず知らずの人に、しかもそんなにうさんくさそうな話に乗ってしまった? なんで自分の置かれてしまった境遇に抗わなかった? ココアさんの狙い? 『魔法』を消す? そんなこと知らない。折角仲良くなったのにいきなりそんなこと言われても分からないし、何でそんなに笑って殺してくれなんて言うんだ。全然僕の気持ち考えてないじゃないか。女の子から好きだって言われたのが初めてなのに最悪の気分だよ!」
「落ち着いて……きゃぁっ!」
胸ぐらを掴んで壁に叩きつける。手加減なんてしてないから苦しそうに息を吐いた。
「落ち着くのはお前だろ。痛いだろ? 苦しいだろ? 死んだら何も無くなるんだぞ! 何も感じなくなるんだぞ!」
両手で胸ぐらを掴んで壁に当てまくる。痛いだろう、悲しいだろう。好きな人から暴力を受けることは辛いだろう。
「僕だって辛いんだよ! 何で……何でなんだよ! なんでそんな簡単に受け入れるんだよ! 何でココアさんに怒らなかったんだよ抗わなかったんだよ! それから……死ぬなら勝手に死ねよ! 言いたかったことはそんな事か⁉ しかも殺してくれって何だよ! 何で僕がお前を殺さなきゃいけないんだよ、君だけが、君だけが好きだと思うなよ! こっちの気持ち考えてないじゃん考えてくれてないじゃん身勝手だよ馬鹿野郎!」
「……っ」
「僕は、僕は、僕は! ……僕は……」
もう、掴むほどの力が出せなかった。頭が緩んでさらに溢れ出す……怒りが冷めた瞼を、悔しさと悲しみが濡らして垂れて、鼻からは汚い本音がとめどなく落ちて行った。
「僕、好きな人を殺したくなんて無いよ……」
ああ、最悪だ。本当に最悪の気分だ……言わないようにしてたのに、変な格好つけてるように見られるのが嫌だから黙ってたのに。でも仕方ないじゃないか、こんなこと言われたら、こうでもしなきゃ……。
「君だけなんだ、僕の目を見て話してくれるの。ちゃんと目を見て話せるのも……学校で一人の時、話しかけてくれるのも、帰り道をいっしょに歩いてくれるのも。だから死ぬなんて言わないでよ! パーシヴァルさぁん!」
汚い顔を見せてしまった。必死に抑え込んでいた何かが溢れ出し、お願いだからそばにいてくれという心がさらけ出される。でもよかった、パーシヴァルさんも……殻を破って本音を見せてくれた。
「……死にたくないです、嫌だ、まだやっぱり死にたくないです。ホーエンハイムさんに殺されるなんて嫌だ、もっと遊びたいし、どこか遠くにも行きたいし……嫌だぁ」
ボロボロ泣き出すパーシヴァルさんもまた汚かった。僕に負けず劣らず……何年も、何年も抑え込んでいた物が溢れ出すように、泣いて僕を抱きしめてきた。僕も躊躇ったが、彼女の温かさに溶かされて、ようやく強く抱きしめることができた。
「一緒に、足掻こう。……大丈夫、僕がいる」
僕らは泣きながら、互いを離すまいと力を籠め合った。痛みは鎖に、未練を……制への執着を限りなく絶対のものにするために、僕は彼女を強く離さなかった。そして誓った、何を失おうとも、この人だけは救うと。
正しいかどうかなんてわからないけど、彼女が生きていける世界が血みどろなら……僕はいくらでも血を流そう。
そしていつか僕の血が、「魔法」を全て殺し尽くすまで。




