第百七十五話
始まりは、『王』が来る前から。
忠実な『白狼』は敵の根城に見事入り込み、その正体を見破られても尚、肉の形を保ちながら存在していた。数年間待ち続けていたのだ……夜を終わらせ、呪われた人々を『夜明け』へと導く新たなる『王』の存在を。
そして『白狼』は見事『王』を探し当てた。師として、指導者として、『王』が持つ力を最大限に引き出す手引きをした。目的はすべて達成され、ココアと云う偽りを続ける必要もなくなったという訳だ。
「まさしく最悪の状態と言えるな。貴様ら「呪いの子」にとっては蜂起する絶好の機会と言えるだろうが」
――ああ、最高の気分だよ。俺は腕の中の女を撫で回すように見つめた後、目の前の宿敵に笑みを浮かべてやった。
「どうした? そんなに怖い顔して……無理してでも笑うのがお前じゃなかったっけ? なぁ嗤わせてくれよお前の無様を、――今度は、誰を殺したんだ? 誰を救えなかった?」
「……カイトくんが死んだね。名前も知らないあの剣士も……だが、君を殺せばこれ以上の犠牲は防げる。君達『ユダ』には同情の意を示そう、君たちを迫害し続けた事に対する謝罪もしよう。だが……それは間違っている」
今更そんな事を言ってくれるなよ。俺はさ、お前が嫌いだったんだよ。顔も家柄も綺麗なくせに、心だけがゲロみたいに臭くて汚いお前が。大切な一人よりもとりあえず多い大勢を救うお前が。
「誰にだって正義はある。だからお前は俺に聖剣を刺した、俺は多くの『ユダ』を受け入れた……結局同じことの繰り返し、それだけだ」
「そうか、ならその女性をこちらに渡してもらおうか? その人は関係ないだろう?」
「そうでもないんだよ、この体の持ち主との契約でね……ルナが死ねば、俺も死ぬことになっているんだ。――殺す?」
ああ。声が聞こえる頃にはルナに光が迫っていた。……衰えたね、全盛期なら五十九回は切れただろうに、力が戻ってきたばかりの俺ですらすべての攻撃を捌くことができた。
「本当なら俺を此処で殺したかったんだろうけど、盲点だったね。皮肉にもお前にバラバラにされて『アヴァロン』にばら撒かれた俺の体は全て回収した。全盛期の状態に近いな……だがお前はどう? 衰えた体、下がり続ける魔力、死しても尚動かし続ける肉体で、俺を殺すことができると思った?」
「当然、出来る訳が無いだろう? お荷物であるその女性を殺すこともできないのに……、君を殺す? 勘弁してくれ、今すぐにでも隠居したいほど腰が痛いんだ」
なるほど、時間稼ぎか。考えても見ればそうだ……こいつの持つ聖剣が弱すぎる。既に権限は移動している……あれは、膨大な魔力を一気に放出しているだけの偽物だ。
「クロウリーに俺が倒せると思う? 実力だけなら『王』にも匹敵するが……勝てないでしょ、だって俺『血界』も使えるし、『魔法』も使えるし」
「できるさ、彼らならね。さて、そろそろケリを付けようじゃないか……仮にもこれは私の不始末、負の遺産。ここで足掻かなきゃ弟子に顔向けできないからね」
お望み通り、俺は老人の剣を叩き折ってやった。次に脇腹、足、胸や肩を貫いた後に投げ飛ばした……まぁ即死だろうが、ついでに圧縮した魔力を投げる。
「さようならアーサー。『アヴァロン』を拒み、なんだかんだ人類に尽くした天邪鬼さん」
少しだけ悲しさを覚えた。あれだけ互いの命の削り合いをした悪友が、こうも簡単に二度目の死を迎えるだなんて……ああ、これでクロウリーが死んだら彼は本当にむくわれない。
(『王』はキリストの『現身』と行動を共にしている。すぐにでも殺して『王』を奪還したいが……マーリンめ、直接押しとどめに来てやがる)
まぁ、持ち堪えても一か月程度だから別にいい。その程度の期間で何かができる訳ではない、時が来ればあちら側に行き、「現身」を殺して『王』を奪い返すだけだ。
と、そんな事を考えていると、抱きかかえた女が襟首を掴んできた……中々に見込みがありそうだ、あれだけ強く殴ったのにもう目覚めている。
「……こ、こあ。どう、して?」
「……ああ、そうそう俺の名前。ごめんね~彼氏の名前借りっぱなしで。呼ぶ度に嫌だったでしょ? ――本当の名前、教えるね」
優しく、優しく……本当に死んでしまわないように、半永久的に意識を奪える「魔法」を掛けながら、子守唄のように囁いてやった。
「俺はヴォ―ティガーン・ホーエンハイム。全ての『ユダ』を救うために、全世界の人間をぶっ殺したいイカレ野郎の名前さ」
――おやすみ。良い夢、見ろよ☆
本日を持ちまして、「無の魔術師」の第一期が連載終了となります。
ここまで辛抱強く読んでいただき、私についてきてくれた皆様には感謝してもしきれません。
引き続き第二期の制作に取り掛かるべく、しばらく本作品は休載となります。その間、私の他の作品をご覧いただいたり、本作品をもう一度読み直したりして頂けると幸いです。
ホーエンハイム達を巡る世界は、今後どうなっていくのでしょうか?
引き続き、応援していただければ幸いです。
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ある種の節目なのでレビューを貰えたりすると頑張れそうです。




