第百五十八話
「……」
目が覚めると、僕はベッドの上にいた。
カーテンで仕切られた空間に充満している匂いが落ち着く。たぶんここは保健室だ、たぶん僕はまた怪我をして……それでここにいる。
(うわっ……怠い。まるで体が鉛みたいだ)
記憶が飛んでいるだけで僕は何日も寝ていたのかもしれない。固まった筋肉、鈍くなった神経……体力も落ちているだろうから、回復したらすぐにでも運動しなければならない。
と、そんな事を考えながら上半身を起こした。その瞬間にカーテンが開く……びっくりした、アヤマ先生だ。
「……おはようございます」
「嘘だろ⁉ 信じられない……正気だと⁉」
女性特有の高音が響くと同時に、アヤマ先生は僕の肩をゆすぶりまくった。
「自分の名前は言える!?」
「へぇ!? ……パっ、パラケルスス・ホーエンハイムです」
「右左は分かる!?」
「えっと、右、左……あの、大丈夫ですか?」
「おかしいのは君だ! ああ信じられない……あの魔猫キャスパリーグの一撃と呪いを受けて目覚め、尚且つ正気を保っている!」
混乱と同時になだれ込むような感覚がした。頭が痛い……ああ、これは血? 僕の血だ、消し飛ばされた腕、慌てるココアさん……そして、後ろにいるシンさんがココアさんを――。
「……ココアさんは?」
「――――」
アヤマさんは、とても困ったような表情をした。そんな……嫌だ、そんなはずない。あの人が、まさか、まだまだ教えてもらいたいことも、あの人の事も何も知らないのに!
「落ち着いて、大丈夫だ。ココアさんは生きてる……生きては、いる」
「僕を庇って……お腹に穴が開いていたんです! もし可能なら、一言お礼を言わせてください」
吹き飛んだはずの腕を握る。僕がもっと強ければ……想定できる最悪の事態に備えていれば……もっと冷静なら、あんなことにはならなかったはずだ。
過ぎた事は変えられない。だが、これから改善していくことなら……。
「ココアさんは、連れ去られたよ。……主犯格は「獺」と名乗る老人、正体はアーサー王。この学校の元生徒クロウリー。……そして、魔猫キャスパリーグことシン・ディザスターだ」
なだれ込む情報、アーサー王? クロウリー? シンさんが、あのキャスパリーグ? 寝ぼけた頭に冷水を掛けられたかのように、僕の口から吐き出される。
「は?」
・その後
今回連れ去られたシガルレット・ココアの安否については不明、被害は甚大……奇跡的に志望者はいなかったが、これを機に「キャメロット大学」から退学したいという生徒が続出した。
ホーエンハイムが意識を失っていた三日間の間で、生徒の数は激減……絶対安全を売りにしていた「結界」は信用を失い、教師陣の警戒がより一層高まった。




