第百四十二話
「おお、来た来た」
荒い息を吐いていると、お茶が乗ったお盆を持ってココアさんがやってきた。
「廊下を走ってはいけない……そう言ったはずなんだけどねぇ」
「ぜぇ……ぜぇ、貴方が、急げって……言ったから」
「冗談だよ。ほら、お茶でも飲みな」
硝子のコップの中に入った透明な水……肌寒いため氷水はあまり好ましくはないが、折角用意してくれたココアさんの厚意を無下にするのは気が引けた。パーシヴァルさんにつられてコップを掴み、一気に飲み干した。思ったより喉が渇いていた。
「ありがとうございます……それで、何でいきなり?」
「ああ、あれが完成したからね……渡しておこうかと」
背筋が冷たくなぞられたような感じがした。たった一日で……流石はココアさんだ。首を傾げるパーシヴァルさんは時計を眺めているが、僕はココアさんの背中に目線を向けていた。
ココアさんは散らかった部屋の奥から、首輪のようなものを取り出してきた……。
「首元失礼っ」
「うわっ!」
背後を取られた。次の瞬間僕の首に何かが貼りつけられた。
「いきなりなんなんですか!?」
「剥がしちゃだめだ! 理由はおいおい話すから、そいつを剥がさないでくれ」
やけに必死なココアさんの表情。僕はその気迫に押されてしまい、首に貼られた何かを剥がすのを止めた。
「それからこれ、オシャレだろう? 付けてみると良い」
ココアさんの手から首輪のようなものを渡された……アクセサリーのように美しいそれは、似たようなデザインの首飾りと混ざれば、見分けがつかなくなりそうだった……少しばかり重いことを除けば。
本当に、これがあの手袋と同じように「鎧」を作り出す装置なのか? それにしては小さい……手袋のサイズの五分の一……いや、十分の一ほどの大きさしかないのに。
「良く似合ってるよ~」
ココアさんの馬鹿にしたような拍手。やっぱこの人癪に障る。
「さて、もうすぐ授業なんだからさっさと戻りなさいな」
パーシヴァルさんが不満そうな顔をしている……とんでもない発言が出てくる前に、僕はさっさと教室に戻ろうとした。
「パラケルスス」
呼び止められた。声はとても落ち着いていて、いつもの軽快な様子は無かった。
僕は、ココアさんの目を見た。それ以上言葉が返ってくることは無かったし、表情は「早く出て行け」と言いたげだった……でも、目だけは、目だけは。
「……」
……早めに、そしてなるべく深めのお辞儀をして、僕はパーシヴァルさんと「科学部」を後にした。




